文・画像=末永幸歩
「アート思考」で見つける現代社会を生きるヒント
こんにちは、美術教師の末永幸歩です。私は中高生や大人に向けて「アート思考」と題した美術の授業を展開しています。
「アート思考」とは、アーティストたちが作品を生み出す過程で行っている、自分の興味や疑問を起点にした思考法。論理的な課題解決ではたどり着くことができないような、新たな価値を生み出す可能性を秘めています。
20世紀の6人のアーティストたちが作品を生み出すまでの思考過程を辿る『13歳からのアート思考』は、変化の激しい現代社会において、「正解を探し出す」こと限界を感じたビジネスパーソンをはじめ、幅広い職業と年齢の方々から共感の声をいただいています。
今回の記事では、前回「手を使って思考する―アート思考の探究方法とは_01」に引き続き、高校生に向けて行ったアート思考の授業をご紹介します。
「アート」という枠組みを超えて、答えのない現代社会を生きるヒントがきっと見えてくるはずです!
手を使って考えるアート思考の授業
さて、なにかものを考える場合、一般的には「頭」をつかうわけですが、アート思考の授業においては「手を使って考える」ということを大切にしています。
これは、頭で考えたことを具現化するための手段として手を使うということではありません。頭で考えるよりも先に手を動かしてみることで、頭だけであれこれ考えるだけでは思いつかなかったような考えに辿り着いたり、事前には決して思い浮かばなかったようなものが生まれたりするものです。
上記のような想いから、ある授業では「油絵実験」を行いました(「手を使って思考する―アート思考の探究方法とは_01」)。
普通、絵を描くとなれば「どのような絵を描こうか?」とはじめに考え、ある程度イメージがまとまったところで制作に取り掛かるわけですが、この授業では「実験」と題して手を動かすところからはじめました。
既存の使用方法や技法からあえて離れ、まるで小さな子どものように、油絵の具や様々な素材に触れたり実験したりします。
すると、「素材に触れる体験」や「実験するという行為」がある種の触発剤のような役割を果たし、「自分が表現したいこと(=自分の興味)」が、事後的に見えてくる・・・ということが起こりました。
ここからは、「手を使って思考した」2人の高校生の探究をご紹介します。
高校生が潜在的に抱いていた疑問とは?
「アートについての疑問を掘り下げる」ことをテーマに、媒体を問わず表現する授業を行ったときのこと。
ある男子生徒は、用意された画材や素材だけではもの足りなかったのか、美術室の棚を物色し、使っても良さそうな廃材をかき集めています。集まったのは木材の端材や、粘土、針金など。
彼はそれらを使って、思いつくままに手を動かしはじめました。
木材に針金をつけ、そこに細い針金をぐるぐる巻にする。絵の具チューブがら直接絵の具をたらす・・・。
彼の中でスイッチが入ったようで、そこからは毎週あの手この手で表現していきます。ある時はバケツに様々な色の絵の具と油を混ぜ、そこに作品をまるごとボチャンと浸してみたり、ある日は他の生徒たちより早く美術室にやってくると、持参したライターで作品を焦がしてみたり。
最終日に彼が提出したのがこちら。手のひらサイズの小さな作品ですが、彼の探究の過程がギュッと詰まっているようでした。
作品の見栄えだけの話しをすれば、授業初日には大体これと同じような状態のものが出来上がっていました。
しかし、毎週夢中になって作品に手を加えていたこの男子生徒は、作品を仕上げるために作業していたのではなく、この小さな世界に没入して探究を繰り広げていたように思います。
彼に尋ねてみると、この作品は、制作過程でいつのまにか「戦争」のイメージになっていったとのこと。その世界観に入り込んで、「思い切りやりたいようにやった!」というのがこの作品でした。「これまでこういう表現はできなかった」と話す彼は、とても充実した表情をしていました。
数週間に渡った授業の後、彼は「アートについての疑問」というテーマについて書きました。
「戦争や死ということを表現してはいけないような気がしていた。どうしてそう感じていたんだろう? もしいけないとすればなぜだろう?」
手を動かして考えたことで、潜在的に抱いていた疑問が顕在化した典型的な例です。
表現された不穏な空気感
続いて、別の男子生徒の場合。こちらは、「自分の興味を掘り下げる」というテーマで絵を描く授業を行ったときのことでした。
油絵実験の延長で、彼はほとんどためらいなく自分のキャンバスに向かうと、キャンバスにたっぷりと絵の具をのせ、棒でひっかき回していました。彼の姿を見ていると、なにかを描こうとしているというよりは、そこで生まれる質感を楽しんでいるようでした。
ひっかくことで生まれる色の混ざり具合に夢中になっているうちに、画面中央には、不思議な色の塊が現れていました。それに呼応させるように、その左右に形を描いていきます。
最終日近く、中央の色の塊の中に1つの人影が描き込まれていました。
この絵から醸し出された少し不気味で、不穏な空気。それが、この男子生徒の興味だったようです。「不気味な感じに惹かれます」と言葉で表現するのでは決して伝わりきらないものが、この絵に表現されているように思いました。
手を動かすことで生み出されたこの作品には、頭だけでは決して辿り着けなかった彼の興味が詰まっているようです。
今回は、手を使って思考したことによって自分の興味や疑問を見つめ直した2人の高校生の探究をご紹介しました。
美術の授業で行われたことではありますが、ほんの少し見方を変えれば、アートに限らず様々な場面で応用できるヒントがあるのではないでしょうか。
水の波紋は、たった1つではなく、あちこちある方が大きく広がるといいます。なにかものごとを生み出そうとするとき、頭での思考に加え、手を動かして考えることを取り入れてみてはいかがでしょうか。