写真・文=橋口麻紀

コロナ禍で改めて思うファミッリア

 イタリアのヴァカンツァ(休暇)も終盤を迎えました。

 多くのイタリア人が仕事に戻り、それぞれがヴァカンツァの報告をしあいながら徐々に仕事モードのスイッチをオンにしつつ、夏の余韻をまだ楽しみたいといった、8月末のイタリアの景色です。

 コロナウイルスとの共存でのヴァカンツァという、それぞれが初体験だったイタリアの夏は、ロックダウン中には会えなかったファミッリア(家族)との再会を果たし、歓喜に酔いしれたイタリア人も多かったことは言うまでもありません。ファミッリアを何よりも大切に思うイタリア人なのですから。

 ミオ・マリート(私のだんなさま)も、ヴァカンツァの締めくくりをファミッリアとともに、北西部に位置するピエモンテ州の自然にかこまれた湖畔で過ごしました。そして、このマンマと過ごす時間があったことでパワーチャージができ、心身を整えることができたのでした。

 ミオ・マリートも、すべてのイタリア人にとっても、マンマの存在は最強なのです。それは、日々生活している些細なコトからも窺い知ることができます。良い時も悪い時も咄嗟に出るコトバとして「マンマ・ミーア」が存在しているイタリアなのですから。

 イタリア人は世界でも屈指のマンマ好きといわれています。たしかにその通りなのです。さもすると、イタリア男子はマンモーネ(マザコン)と、あまりよいニュアンスではなく片づけられてしまうこともあるのですが、コロナ禍で新たな価値観や生活スタイルがうまれる今、ミオ・マリートがマンマと過ごす何気ない日常の景色から、本当の意味でのマンモーネを知っていただきたいのです。で、フツーに真面目なイタリア男の物語第6回目です。

 

マンマとは家族の接着剤

 ファミッリアとの集いは、たとえば日曜日ごとのランチといったように頻度は高いものでしたから、まさか「会えない」ということになろうとは思いもしなかったのです。ミオ・マリートは、ロックダウン中に会えなかった分を取り戻そうとするかのように、ヴァカンツァの締めくくり以外でも、今夏は、多くの時間をマンマと過ごしました。

 庭のメンテナンスをしたり、ランチに食す野菜を収穫したり、特別なことではない日常の時間を共有するのがミオ・マリートとマンマのスタイルです。

 イタリア人はマンマとのつながりがとても強いのは知ってはいたものの、やはり結婚した当初は、ミオ・マリートとマンマとのマンモーネ感に少し驚いたのをおぼえています。どんな些細な出来事でもコトでも毎日共有しているのですから。もちろん今となっては心地がよいことですが。

 なにしろ、たくさんのおしゃべりをするのです。日々の何気ないことがトピックなので、話題につきることはないのです。些細な出来事を、時系列に詳細な描写で共有するのです。

 この日のランチにはフォルマッジョ(チーズ)がならんでいました。すると、「今朝メルカート(市場)に行って、この前も覗いたフォルマッジョ・ブティックでこのフォルマッジョを買ったよ。36カ月熟成で、店員さんと5分くらい話をして、いちばんおいしいとすすめられて買ってきたのだけれどね。今までのフォルマッジョと比べてどんな違いがあるのだろう?」とミオ・マリート。

 すべてにおいて、このような会話をするのがイタリアの風景。アタクシが同じ描写を共有するとなると、ほんの1行で終了です。なので、イタリア人のおしゃべりが長いのも納得ですよね。感情表現が豊かともいえますが。

 連載の第1回目でも書かせていただいたのですが、こちらはマンマの教えですべてがまわっているといっても過言ではないのです。生活する上での判断基準がマンマ。それがマンモーネです。

 そして、もちろんテーブルを囲んでいるときは、マンマの食育パワーが発揮されます。

 マンマは、朝ごはんのときにファミッリアからその日の気分を聴き取り調査します。そして、お天気や前日に食したメニューを思いだしながら、プランツォ(ランチ)とチェーナ(ディナー)を決めるのです。

 とある日のメニューはミントが良い香りで、ズッキーニも収穫ができたのでと、ズッキーニとミントのフリッタータ(イタリア版オムレツ)でした。暑い日だったので、ミントを効かせるのがマンマふう。ちなみに、ミオ・マリートもフリッタータは得意料理です。

 パーネ(パン)は、ソーレ(太陽)のパワーで少しあたためて食すのがマンマのアイデア。このスタイル、とうぜんミオ・マリートも倣っています。

 家族を思いやり、食育を発揮するのはイタリアのマンマだけではなく、全世界共通だとは思うのですが。さて今回のテーマは、「なぜイタリア人にとってマンマは最強であり、生活をする上での基準なのか」です。

 ミオ・マリートは、マンマからの教えは日常のあたりまえのことなので、なぜといわれても……と考え込むも、ふと一言「マンマは接着剤。ファミッリアをいつでもどんなときでも、くっつけてくれる」。またもや、独特な表現なのです。さまざまな場面でファミッリアが集うのがイタリアですが、その中心には接着剤であるマンマがいて、ファミッリアをくっつけている、というようなイメージなのですね。

 

マンモーネとは最高のコミュニケーション

 イタリア人を知っていただきたい思いから、壮大なテーマである「マンマの存在」をかかげました。そして、今更ながら簡単には語りつくせないことだと痛感しましたが、改めて思ったこともあります。

 ミオ・マリートとマンマの日常をみていて解ったのは、そこにはシンプルに相手への想いやりと優しさと、マンモーネからなる確かなコミュニケーションがベースにあるということです──と同時に、思い出したコトがあります。イタリア人との最初の出会いは仕事のボスだったのですが、その時から思い続けている、イタリア人の素晴らしい習慣があるコトを。

 イタリア人との会話は、まず「Come stai?(元気ですか?)」からはじまり、次に「Tutto bene la familia?(家族は元気にしていますか?)」と続きます。たとえ仕事上で緊張している状況の相手であっても。

 このコトバがあることで、和み、距離が近くなり、そこに信頼感がうまれます。長きにわたりイタリア人とともに過ごしてきたのですが、変わることがないイタリア人のマインドです。その優しさや思いやりはどこからくるのだろうと、折にふれ思っていました。イタリア人と生活をするなかではフツーのことだったのですが、今回の連載で改めて、この魔法のコトバは、マンモーネにより、マンマから自然に伝授されているのだろうという思いに至りました。

 コロナ禍でファミッリアと過ごせる時間が多くなった今だからこそ、優しさをもって過ごしたいと、マンマとミオ・マリートの日常をみていて思ったこの夏です。ミオ・マリートは、そんなマンマと今日も一日の出来事を共有し、そして着実にマンモーネからなる「イタリアのマインド」も受け継いでいるのでした。

 そんななかイタリア政府の指示により、10月15日までリモートワークが続くことになりました。が、これまでとは違う生活スタイルになってもマンモーネは変わることなく、マンマは最強でありつづけるのです。さて、パワーアップしたミオ・マリートの新しい秋がスタートします。