井戸川氏は何を成し遂げようとしているのか?

日野:そうです。デマを言ったつもりがないどころか、井戸川さんの言葉をそのまま引用すると、「なんで、人の身体のことを見てもいないやつに言われなければならないのだ」ということです。

 ところが、安倍首相(当時)まで「非科学的なことを言わないでください」と、井戸川さんを批判しました。こうしたことがあり、英雄から一気に咎人扱いになり、井戸川さんはマスメディアに登場しなくなります。本人が出たくなくなったのではなく、「取扱注意」の人物になり、お声がかからなくなったのです。

 加須に町民を連れて行って英雄扱いされた時も、美味しんぼ騒動の時も、井戸川さんの姿勢や意見は変わっていません。世間が180°変わっただけで、彼のやっていることは全くブレていません。

──井戸川さんは、最終的に何を成し遂げようとしているのでしょうか?

日野:自分の正義を貫き通そうとしているのだと思います。放射能の長い時間軸を考えると、あそこを完全に除染して、町民がみんな戻るということは現実的ではないと思います。だけど、「俺は戻らないなんて言ってないぞ」というのが井戸川さんの主張です。

 国の帰還政策は名ばかりで、実際には「どこへなりとも行け」という棄民政策です。でも、そうではないだろう。避難指示を出したのだから「ちゃんと責任を取り、この政策は誤りだったと認めろ」と戦い続けているのです。

 一つ分からないのは、井戸川さんがなぜ、まわりにいる双葉町の人々を見捨てないのかということです。自分の戦いを完遂することだけを目的にしているのなら、勉強会をする時間は無駄です。勉強会をしたからといって、町民たちが立ち上がって闘おうとしているかというと、そんなことはありませんから。

 井戸川さんは、双葉町の長(おさ)であることもやめられず、1人の闘士であることもやめられない。矛盾した2つの存在意義を呑み込んでいる怪物なのだと思います。

 2012年に最初に井戸川さんと知り合ってから、「この人はどう定義したらいいのか分からない」という感想をずっと抱いてきました。だから、10年間も取材を続けることになったのだと思います。

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長野光(ながの・ひかる)
ビデオジャーナリスト
高校卒業後に渡米、米ラトガーズ大学卒業(専攻は美術)。芸術家のアシスタント、テレビ番組制作会社、日経BPニューヨーク支局記者、市場調査会社などを経て独立。JBpressの動画シリーズ「Straight Talk」リポーター。YouTubeチャンネル「著者が語る」を運営し、本の著者にインタビューしている。