INDITEXはコスパよりタイパを重視する経営思想ゆえロットをまとめるコンテナ船の利用は例外的で、遠隔地はチャーターの航空便、近隣地はチャーターのトラック便を使い、物流が混乱したコロナ以降は遠隔のアジア生産を縮小して近隣の北アフリカやトルコへ生産地をシフトしている。写真:ロイター/アフロ
シリーズ「流通ストラテジスト 小島健輔の直言」
小島健輔が解説「アパレル業界のDXはなぜ、分断と混迷を抜け出せない?」
小島健輔が喝破、「Amazon GoとAmazon Styleの問題はここにあり
物流業界の「逼迫危機問題」、依存している小売業界側から見てみたら
イトーヨーカ堂はなぜ直営アパレル事業から撤退せねばならなかったのか
市場の縮小が続く日本のアパレル業界、その理由は「非効率な衣料品流通」だ
「高まり続けるEC化率」を喜べないアパレル業界の不合理な因習

ルルレモンとギャップの明暗を分けたアスレジャーの奔流と機能素材革命
年収水準に見るアパレル小売の課題とインフレ政策という突破口
矛盾を抱えるSC業界にテナントチェーンはどう付き合うべきか
購買慣習が変わった今こそ見直したい、チェーンストアにとってのVMDの役割
過渡期の今こそ検証したい「店舗DXは業績向上に寄与しているのか
小島健輔が問う、「インフレ時代に求められる経営哲学と革命条件は何か」
■小島健輔が考える「チェーンストアとアパレルの集中戦略と分散戦術」(本稿)

<著者フォロー機能のご案内>
●無料会員に登録すれば、本記事の下部にある著者プロフィール欄から著者フォローできます。
●フォローした著者の記事は、マイページから簡単に確認できるようになります。
会員登録(無料)はこちらから

 1970年代から今日に至る日米小売業の変遷を見ると、チェーンストアの基本的な強さは「調達の集中と店舗運営の標準化による規模の利益の追求」と「運用の分散と個店・個客対応による市場密着」という相反する戦略と運用の組み合わせ次第ということが分かる。これをオムニチャネル化してOMO(注1)が定着した今日に当てはめると、「戦略は集中してプラットフォーム化」と「運用は分散してローカライズ/パーソナライズ」と言えば良いのだろうか。アパレルと食品を比較しながら考察してみたい。

(注1)Online Merges with Offlineの略称。ネットと店舗の垣根を越えた連携を意味し、ショールーミング(店舗からネット)による情報取得で店舗やネットの購入を促進したり、ウェブルーミング(ネットから店舗)による店取り置きや店渡し、店出荷で顧客利便と在庫効率を高め、物流コストを抑制するリテール戦略。

集中と分散をつなぐディストリビューションのケーススタディ

 調達・生産も物流もロットをまとめるほどコスパが良くなるから(トレード・オフでタイパは悪くなる)場所もタイミングも集中したいが、販売は個別消費者のニーズに基づくから場所もタイミングも顧客に寄り添った分散が必定で、在庫の配備・配分・補給・移動のディストリビューションで相反する両者をつなぐ必要がある。

 そのため、ディストリビューションは集中運用システムと分散運用スキルの両輪で、ジャスト・イン・タイムにもジャスト・イン・ケースにも対応しなければならない。販売が計画と大きくずれることなく補給が継続される間は本部集中管理でジャスト・イン・タイムのアルゴリズムによって淡々と運用されるが、計画と大きく乖離したり補給在庫が途絶えればローカル分散管理でジャスト・イン・ケースの属人的運用に移管する必要が生じる。どのタイミングでどう移管するかは商品特性や店舗網の地勢的広がり、ロジスティクス体系や組織運用思想によって異なるが、必ずしも事業規模には左右されないようだ。

 アパレルの初期配分はナショナルチェーンでは商品部と連携するDB.(注2)セクション、ローカルチェーンでは商品部のアシスタントバイヤー、支店経営チェーンではストアの部門マネージャーが担い、補給はチェーン規模にかかわらず店舗間の振替も含めてEOS(エレクトロニック・オーダリング・システム)で自動化されているが、シーズン末のエリア内移動・集約はナショナルチェーンでもエリアマネージャーやスーパーバイザー主導に移行するのが一般的だ。

 SPAの元祖とされるギャップはセオリー通り、大ロットにまとめたリードタイムの長いオフショア(海外)生産品をDC(注3)に積んで、初期配分・補給からシーズン末の店間移動・集約・売価変更まで本部のDB.セクションが担っていたが、数字データとアルゴリズムだけではエリアや個店の営業事情や在庫バランス(コーディネイトするアイテム間のサイズバランスやカラーバランス)まではつかみきれず、SKU(ストック・キーピング・ユニット)別消化管理・売価変更を駆使してもアイテム個別最適に陥って店舗の販売消化力を引き出せず、値引き販売の常態化から抜け出せなくなって業績が落ち込んでいった(12年間、売上が停滞し、2023年1月期は営業赤字に転落)。

 米国のジーンズカジュアルチェーンでもバックル(2023年1月期末で441店舗)はギャップと真反対で、リージョナル/エリアマネージャーの権限が大きい。初期配分への関与は分からないが、在庫の偏りによるリージョナル/エリア内の店間移動や売価変更、シーズン末の売り切り集約を担っており、全店一斉セールはせず在庫を再配置・集約して値引きする店舗を限定している。57%を占めるセレクト仕入れとJB、PB(注4)を組み合わせて2023年1月期は59.4%の粗利益率と5.9回の在庫回転で24.4%の営業利益率(全米アパレルチェーン首位)を確保している。

 1000店超スケール(2023年9月20日で1412店)の「ファッションセンターしまむら」はTCのみで補給在庫を抱えないから店舗在庫のリージョナル内自動振替で欠品補充し、初期配分からシーズン末の売り切り集約・売価変更まで、商品部のカテゴリー別バイヤーと連帯責任ペアを組むDB.が担う。売上規模が大きい分、カテゴリーは細分化されコンピューターアルゴリズムも活用しているが、ローカルチェーンのアシスタントバイヤーと役割は大差ない。SKU在庫をミニマムに抑えた「横売り」(注5)と相まって2023年2月期の値下げ率は6.1%とアパレルチェーンとしては異例に低く抑制され、仕入れ型ゆえ40%弱と低い値入れでも33.2%の粗利益率を得て8.7%の営業利益率を確保している。

 94カ国に1885店(2023年1月期末)を展開する「ZARA」(INDITEX)は調達ロットを1型平均5万点(デザインアウターなどは2万〜3万点)に抑制し、裁断パーツと副資材供給、あるいは素資材とマーキング(注6)CADデータ供給で短納期調達し、どこにも補給在庫を抱えず、ひとまき無補給に徹している。売上規模も利益規模も世界最大のSPAでありながら調達ロットはH&Mに比べれば1桁少なく、ユニクロの定番アイテムに比べれば2桁少ないから、各店舗の部門マネージャーによる毎週のオンライン発注入札で短時間に全量、配分が決まる。

 INDITEXでは世界のどこで生産した商品も本国TCに集約して物流加工・自動仕分けして世界中の店舗に出荷しており、RFIDインレイを内装した防犯タグもTCで装着される。コスパよりタイパ(タイムパフォーマンス)を重視する経営思想ゆえロットをまとめるコンテナ船の利用は例外的で、遠隔地はチャーターの航空便、近隣地はチャーターのトラック便を使っており、物流が混乱したコロナ以降は遠隔のアジア生産を縮小して近隣の北アフリカやトルコへ生産地をシフトしている。

 INDITEXでは数入れ発注した各店の部門マネージャーが消化責任を担うから原則、期中の店間移動は行われないが、店舗で消化しきれずシーズン末に在庫が偏在するようなら、本部のカントリーマネージャー(スーパーバイザー兼コントローラー)が介入して店間移動が行われるようだ。その分は各店舗部門マネージャーのペナルティになり、インセンティブから差し引かれるのだろう(年俸の70%は固定給で残りはインセンティブで上下する)。

 INDITEXは2023年1月期、前期から17.5%も売上を伸ばし(2019年比も15.1%増)、67.0%の粗利益率と4.50回の在庫回転で16.9%の営業利益率を稼ぎ、SPAとしては極めて例外的に1兆円近い回転差資金も得ているから、タイパもコスパも両立できている。

(注2)Distribution(在庫の配分・移動などの運用)、あるいはDistributor(在庫運用責任者)。
(注3)DC(Distribution Center)とTC(Transfer Center)とPC(Process Center):入荷した商品を棚入れしてからピッキングして出荷する保管型のDCに対し、棚入れせず自動仕分けして送り出す通過型の物流施設がTCで、FC(Fulfillment Center)は通販の出荷用DC。PCは食品小売業において生鮮品や惣菜の仕入れと加工、包装、出荷を一括する地域拠点。
(注4)JB(Joint Private Brand)とPB(Private Brand):小売業が仕様書発注して一括調達するPBに対してJBはサプライヤーが企画と補給を分担する協業開発。
(注5)縦売りと横売り:同一品を補給して大量継続販売するのが「縦売り」、バラエテイをそろえて少量を売り切っていくのが「横売り」。
(注6)デザインを縫いしろも確保した工業パターンに落として縫製パーツに分解し、柄の合わせや織地の方向に違和感がないよう無駄なく使えるよう一定幅の生地にパーツをレイアウトする工程。