姫路城を築いた池田輝政によって近世城郭に整えられた吉田城、一見地味でも何かと面白い要衝の地にある城
吉田城 撮影/西股 総生(以下同)
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本丸背後の枡形虎口。ここから豊川の川岸に下るようになっている
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鉄櫓の最上階から北を見る。城が豊川の曲流部に占地していることがよくわかる
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本丸北面の石垣。画面手前・中ほど・奥と積み方が異なっており、江戸時代に積み直しが繰り返されたことがわかる
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鉄櫓直下の池田期石垣。算木積の技法が未完成で岡崎城の天守台とよく似ている
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二ノ丸東面に残る土塁。画面左手が本丸方向で、左側の道は堀跡である
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城地東方に残る惣構の土塁。なかなか大きな土塁で、現在は刑務所の警備に役立っている
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城をひとわたり歩いて、もう一度本丸にご挨拶に戻ったら陽がすっかり西に傾いていた
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姫路城を築いた池田輝政によって近世城郭に整えられた吉田城、一見地味でも何かと面白い要衝の地にある城
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