
AIの急速な進化や量子コンピュータ技術の進展などテクノロジーが激動期に突入する中、企業は新たな価値創造の機会を手に入れると同時に、予期せぬリスクに直面している。こうした現状を受け、NRIセキュアテクノロジーズは、設立25周年を記念し『価値創造経営の未来~激動のテクノロジー革新時代に描く、セキュアな社会』と題したカンファレンスを2025年11月13日に開催した。本カンファレンスでは、早稲田大学の入山章栄教授による基調講演をはじめ、AIエージェント、耐量子計算機暗号(PQC)への移行、そしてSF思考を用いた発想法に至るまで多角的な視点の講演によって企業のとるべき姿勢が示された。本稿では、各講演の概要をレポートする。
信頼のないところでイノベーションは続かない
カンファレンスに先立ち、NRIセキュアテクノロジーズ代表取締役社長の建脇俊一氏が、開会の挨拶を行った。
NRIセキュアテクノロジーズ 代表取締役社長 建脇 俊一氏
建脇社長は、「革新的なテクノロジーが経営の前提を変える時代には、信頼が価値創造の起点となる。信頼のないところでイノベーションは続かない。セキュリティは価値創造経営を持続可能にするためのインフラである」と述べ、価値を作る力としての信頼を強調した。
その上で「弊社のパーパスは“心おきなく、挑戦を”。誰もが安心して新しい挑戦ができるよう、信頼という土台を提供することが、セキュリティ企業としての使命だ」とNRIセキュアテクノロジーズを紹介した。
「After AI企業」に「Before AI企業」は太刀打ちできない
続いて基調講演を行ったのは、経営戦略、グローバル経営を専門とする早稲田大学ビジネススクール教授の入山章栄氏だ。講演のタイトルは「世界の経営学からみるAI時代の価値創造」。
早稲田大学大学院 早稲田大学ビジネススクール 教授 入山 章栄氏
入山氏はまず、AIが企業経営にもたらすインパクトは甚大で、AI登場以前の企業(Before AI企業)は、最初からAI活用を前提に設計された企業(After AI企業)に対抗できなくなると指摘した。
「国内のある化粧品通販会社は、昨年は70億円だった売上を今年170億円にまで伸ばし、来年には300億円に到達すると見られています。この企業の従業員はたった27名。AI活用を前提に組織設計された“After AI企業”の典型であり、“Before AI企業”は太刀打ちできません」
こうした時代に企業に競争優位性をもたらすのは、企業の固有の強み(特に現場力)とAIのかけ合わせだという。入山氏は、経営学者のジェイ・バーニー氏の「AIを導入するだけでは企業の競争優位の源泉にはならない」という指摘を紹介しながら、AIは現場力などの各企業固有の技術や強みといかに組み合わせるかにかかっているとし、「バーニー教授は現場力が強い日本企業に大きな期待を寄せている」とした。
さらに、AIに代替されない人間の仕事として、責任を持って意思決定し、現場で人との信頼関係を築き、感情をもって接する「感情労働」を挙げた。
「丸亀製麺を展開するトリドールホールディングスはDXに率先して取り組んでおり、AIの活用も盛んだ。ルーティンワークをAIが代替したことで店舗の従業員は顧客対応に集中できるようになり、その結果、顧客満足度が上がっている。人間に残された感情労働が企業価値を高めている象徴的な事例だといえます」
今後は、AIに代替される中間管理職やバックオフィスから、価値の高まる経営層や現場への人材シフトを進めることが、AI時代を勝ち抜くための鍵となると語った。
AIエージェントがサイバーセキュリティを根本から変える
続いて、NRIセキュアテクノロジーズ マネジメントコンサルティング事業本部 グローバルリサーチコンサルティング部 エキスパートセキュリティコンサルタントの入澤康紀氏が「セキュリティの『透明性』が企業価値を決める時代 セキュリティ評価制度の現在と未来」と題して講演を行った。
NRIセキュアテクノロジーズ マネジメントコンサルティング事業本部 グローバルリサーチコンサルティング部 エキスパートセキュリティコンサルタント 入澤 康紀氏
講演では同社の示すセキュリティロードマップをもとに、最近のテクノロジーやリスク、制度のトレンドが整理された。
その上で入澤氏は、サイバー脅威の拡大に伴い、セキュリティ対策の透明性が企業価値を決めるようになったこと、製品や組織管理面に起因するインシデント事例が増加していることに触れた。これに対応し、サプライチェーンリスク対応の組織評価制度などが創設・検討されている現状を紹介。「今後はソフトウエア開発、サービス事業者評価の新制度、複数の評価タイプを組み合わせたスキームの増加が見込まれる」として、「組織は周辺情勢を見極め、適合・利用すべき制度を選択することが求められる」と締めくくった。
次に、NRIセキュアテクノロジーズ 北米支社 研究主幹の田篭 照博氏が「AIエージェントが書き換えるセキュリティの未来」をテーマに、自律的に行動するAIエージェントの登場がサイバーセキュリティの攻防両面を根本から変えつつある現状を解説した。
NRIセキュアテクノロジーズ 北米支社 研究主幹 田篭 照博氏
田篭氏は新たな脅威を具体的に挙げながら「セキュリティは3つの転換点を迎えている」と話す。1つ目は、プロンプトインジェクションなどAIエージェント自体の脆弱性への対策として、アーキテクチャレベルでの防御設計が不可欠となっている点だ。2つ目は、シャドウAIやAI生成コードによる新たなリスクへの対応として、AIガバナンスと通常のセキュリティプロセスの徹底が必要となる点。そして3つ目が、攻撃者によるAI悪用が進む一方で、防御側も防御の自動化を進めているという点だ。「このような変化は、セキュリティ人材の役割を定型作業から戦略的判断を行うオーケストレーターへと質的に変化させる」と語る。
続いて、NRIセキュアテクノロジーズ マネジメントコンサルティング事業本部 決済セキュリティコンサルティング部 エキスパートセキュリティコンサルタントの高木裕紀氏が「PQC移行に向けた最新動向と今からできる備え」と題する講演を行った。
NRIセキュアテクノロジーズ マネジメントコンサルティング事業本部 決済セキュリティコンサルティング部 エキスパートセキュリティコンサルタント 高木 裕紀氏
高木氏は、量子コンピュータの登場により従来の暗号方式が破られるリスクが高まっているという背景、それに対応するための暗号技術であるPQC(Post-Quantum Cryptography:耐量子計算機暗号)の概要について紹介した。さらに、「量子コンピュータ実用化の時期は不透明だが、それを利用したハーベスト攻撃などの脅威に対抗するため、PQCへの速やかな移行が重要だ」と指摘した。
また、アメリカや欧州のロードマップを紹介し、国内では2030年代半ばまでに対応時期が設定される可能性があるとし、速やかな移行の成功の鍵として、経営層がリスクと期限を認識すること、計画的なリソース確保と外部連携を進めることを挙げた。
SF的な発想が“斜め上のイノベーション”を生む
最後の登壇者は、虚構学者や応用小説家、SF戦略コンサルタントといった肩書を持つ宮本道人氏で、『SF思考の活用法:斜め上のイノベーションを生み出し、想定外のリスクに備える』と題して特別講演を行った。
虚構学者、応用小説家、SF戦略コンサルタント 宮本 道人氏
宮本氏は、「SF思考とはSFプロトタイピングとも呼ばれる、未来の多様な可能性を“みんなでSFを作りながら”考える手法である」とし、すでに複数の企業で、事業や研究の開発、マーケティング、人材研修など多様なシーンで活用されていることを紹介した。
また、ニール・スティーヴンスンが1992年に発表したSF小説『スノウ・クラッシュ』でメタバースという概念を確立したこと、アイザック・アシモフが1956年に執筆したSF小説『裸の太陽』では、感染症が広がり、人間同士の接触が極度に抑えられた社会が舞台となっており、コロナ禍で人々が経験したような社会が描かれていたことに触れ、SF由来の概念が現実社会に浸透している例を示した。
最後に宮本氏は「フィクションであることを前提に進むSFプロトタイピングは、先の読めない時代に想定外のリスクに備えたり、既存の思い込みから脱却して“斜め上のイノベーション”を生み出したりするのに有効だ」と結論付けた。
タイムリーなテーマが並んだこのカンファレンスでは、これからの時代の価値創造経営の在り方が、セキュリティの透明性、AIエージェント、PQC移行、SF思考といった多角的な視点から示された。また、企業にはAIの活用や人間らしい発想力を生かした競争優位性の確立と、計画的で包括的なリスク対策が求められることが確認された。
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