(左から)サイボウズ カスタマー本部本部長 河合真知子氏、サイボウズ DX推進部コンサルタント 新島泰久也氏、立教大学 経営学部教授 中原淳氏

「DXをリードする人材がいない」──。中小企業の半数以上が、DX推進の最大の障壁として「人材」を挙げている。IPA(独立行政法人情報処理推進機構)の最新調査によれば、従業員100名以下の企業では2社に1社しかDXに取り組めておらず、その理由は「スキル不足」や「推進者の不在」が大半を占める。

限られたリソースの中で、中小企業はいかにDX人材を育成すべきか。立教大学 経営学部教授の中原淳氏、サイボウズ カスタマー本部本部長の河合真知子氏、同社DX推進部コンサルタントの新島泰久也氏が「Cybozu Days 2025」で語った実践的な5ステップの育成戦略を紹介する。

頭打ちのDX推進──中小企業の現在地

 河合氏はまず、中小企業におけるDXの現状について、IPAの調査結果を基に以下の3つのポイントを指摘した。

・2022年から2024年までの3年間で、DXに取り組む企業の割合は大きく増加しておらず、頭打ちの傾向が見られる。

・従業員規模100名以下の企業では、2社に1社しかDXに取り組んでいない。

・DXに取り組めない理由として「DXに取り組むメリットが分からない」と回答する企業が半数以上。加えて、スキル不足や戦略立案者・統括者・推進者の不在など「人(ピープル)」に関連する回答が大半を占める。

 この現状を打破するために中原氏が提唱するのが、「DXを推進するための重要な5ステップ」だ。このフレームワークを軸に、3人の専門家が具体的な育成戦略を展開した。

ステップ1:DXで何を変えるのかを決める

 中原氏は、DX推進において最も重要なのは「目的の明確化」だと強調する。具体的には、「誰の、どんな行動を変えて、どんなインパクトを生むのか」を定義することだ。

「DXは手段です。目的がなければ意味がありません。最も危険なのは、社長が『何かできないか検討してみてくれ』と丸投げするケースです。他社がやっているからと曖昧な動機で始めると、『何を目指しているのか』が分からなくなります」

 この失敗を避けるため、中原氏が推奨するのは「ハードルを低く設定すること」だ。例えば、半径5メートルの現場の困りごとを改善するなど、すぐに成果と感謝を得られる取り組みから始める。

「多くの企業を見てきましたが、大きなイノベーションを狙って意気込んでも、目的が大きすぎて前に進めず、やる気を失うケースが少なくありません。まずは小さな成功をつかむことが大切です」(中原氏)

 さらに重要なのが、「社長のコミット」だ。中原氏は25年間の組織変革研究から、この点を強調する。

「社長がコミットしない変革はありません。社長が共に取り組む姿勢を見せ、難しければ応援するスタンスを示すことが不可欠です。何かを変えようとすれば現場で必ず抵抗が生まれます。だからこそ、社長のコミットメントが非常に重要なのです」

 新島氏も、「実際の現場では、『とにかくDXを推進してほしい』と検討を丸投げされている人が多い」と指摘する。では、どうすれば社長のコミットを引き出せるのか。

 中原氏のアドバイスは明快だ。「現場で何に困っているのかを調べ、『これを変えると、このようなインパクトが生まれる』と具体的な効果を、少しでも示すことです。組織を変えるには、上司を動かす『マネージングアップ』が非常に重要です。現場の情報を上へと伝えながら、少しでも変革の兆しを見せていくとよいでしょう」。

ステップ2:学んだことを「実践」に落とし込む

 2つ目のステップは、オンデマンドビデオなどのコンテンツを通じて、DXに必要な知識やノウハウを学ぶことだ。しかし、中原氏は「学んだだけでは意味がない」と警鐘を鳴らす。

「用意された演習課題を解いただけでは、実際に自ら何かを変えようとしても、できないケースが多いのです。だからこそ、レクチャーと演習課題を終えた後に、必ず『自分で課題を設定し、自分で演習する』ことが大切です。スキルは自分で課題を見つけ、それをやり遂げた時にこそ身に付くものです」

 新島氏も、コンサルタントとしての経験からこれに賛同する。「ケーススタディーを通じて『できそうだ』と高揚感を得ても、それを現場の課題に落とし込み、実践に移せない方が多いと感じています。学んだことをいかに実務に結び付けるかを促すことの重要性を強く実感しています」。

 中原氏は、「学んだことを現場の実践に生かすには、『何を変えるのか』という目的を定めることがやはり大切です」と、ステップ1の重要性に再び言及する。「企業は学校ではありません。学んで終わりではなく、学びによって行動が変わり、成果につながらなければ、やる意味がないのです」。

ステップ3、4:プロジェクト実践とコミュニティ活用で成長を加速

 3つ目のステップは「プロジェクトでまず事を成す」ことだ。中原氏は、人を育てる方法には「経験軸」と「ピープル軸」の2つの原理があると説明する。

 経験軸とは、経験を通じて人を育てるという考え方だ。「小さなことでも構いません。現場の困りごとを改善するプロジェクトを立ち上げ、取り組むことが大切です。組織には日々課題が存在します。その中からDXで改善できるものを見つけ、まずは1つ成し遂げる。成果を出すことで人は育つのです」(中原氏)。

 4つ目のステップは「コミュニティを活用する」、つまりピープル軸だ。人が人を育てる仕組みとして、フィードバックやメンタリングを通じて成長を促す。

 プログラミングでは、コンマの打ち忘れといった些細なミスでつまずくことがある。周囲に詳しい人がいればすぐに解決できるが、相談できる人がいない環境では丸一日を無駄にすることもある。しかし、中小企業では頼れる人が社内にいないケースも少なくない。そこで有効なのが、社外のコミュニティへの参加だ。

 新島氏は、「中小企業では、いわゆる『研修』であれば認められやすいものの、イベントやコミュニティだと、『遊びに行っているのではないか』とみられることもある」と指摘。こうした場を『学び』と認識できれば、経営者のコミットにもつながると提案する。

 中原氏は、まず小さな成果を出して現場で感謝され、信頼を得ることの重要性を説く。「信頼があれば、コミュニティへの参加も学びとして認められやすくなります。『アプリができました』と言われても、経営者は『そうか』で終わってしまいます。何が良くなったのかを具体的に伝えることが大切です。例えば、どの業務がどう効率化されたのか、数字で示すなど、成果を可視化することで信頼を得られるのではないかと思います」。

ステップ5:「17%の壁」を超えて組織を変える

 最後のステップは、「小さな成功を育てて、17%を超えること」だ。17%とは、イノベーション普及理論における「新しいことを広める鍵は、イノベーターとアーリーアダプターを合わせた16%に受け入れられることである」という考え方に基づく。

「まずは小さな成功を作り、早く成果を実感しましょう。自分のモチベーションを保つため、そして経営者や現場から結果をせかされることもあるので、小さく早く成果を出すことが大切です」と中原氏は語る。

「組織に100人いれば、新しいことに賛同するメンバーが17人を超えた時に、一気にスケールアップします。一人で取り組んでいても、なかなか広がらず継続も難しい。だからこそ、17%の壁を超えるまで、仲間を増やすことが大事です」

 中小企業では、DX推進に協力的な17%以外の残り8割に、社内的に影響力のあるベテラン層が多く含まれる場合も少なくない。こうした抵抗をどう乗り越えるか。中原氏は2つの戦略を提示する。

「1つは、『放っておく』という方法です。一方で実績を積み重ね、社内の仲間を17%、20%、30%と広げていく。そうなると周囲も文句が言えなくなり、やらざるを得ない状況になります。

 もう1つは、成果が出たものを持って、反対している人に相談に行く方法です。組織変革論や開発論の観点では、抵抗する人は、実は無関心な人より仲間になりやすい。激しく抵抗するということは、現状に強い思いがあるということです。『思い』のある人は、100%ではありませんが、説得次第で味方になってくれる可能性があります。

 変革を進める自分たちの理想と、変革を止めたい相手の理想が交わった時、つまり『実は目指しているものは同じなのでは?』と気づいた瞬間に、反対していた人が味方になってくれるのです。そうして仲間になった人は、力強く反対勢力を巻き込んでくれることも、現場ではよくあります」

 中原氏は、DXを推進する人、組織を変えていく人、ビジネスを変革する人は、独りにならず必ず仲間を見つけることが大切だと説く。

 中小企業の場合、社内にDX人材がそれほど多くないケースもある。そのような場合でも、例えばkintone(キントーン)のキントーン ユーザーコミュニティ「キンコミ」のように、ユーザー同士が助け合える場を活用し、越境して成長していく手段がある。

 セッションの締めくくりに、河合氏はこう語りかけた。「DXをリードする人材を育てるためにも、本日学んだことを学びで終わらせず、ぜひ今日や明日から現場で生かしていただきたいと思います」。

 限られたリソースの中でDX人材を育てる──。その答えは、大きな投資ではなく、小さな一歩を踏み出す勇気と、仲間を増やし続ける粘り強さにあるのかもしれない。

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