一橋大学名誉教授 神岡太郎氏
ビジネスを取り巻く環境が、予測できない形で劇的に変化する時代。こうした中で競争優位性を築くには、デジタル変革(DX)を着実かつ継続的に進められる組織や人が重要になる。「全社員がDX人材として、デジタル変革を起こし続けることが理想」と話す一橋大学名誉教授・神岡太郎氏に、DXと組織変革の関係、組織文化醸成の重要性、そしてノーコードツールによるデジタルの民主化がもたらす効果について聞いた。
<トピック>
1.DXを起こし続ける組織や人こそが競争力の源泉に
2.「DXの本丸」は組織文化の変革、その鍵となるグロースマインドセットとは
3.「デジタルの民主化」の流れに乗ればチャンスをつかめる
DXを起こし続ける組織や人こそが競争力の源泉に
不確実性の高いこの時代には、ひとたびDXを成し遂げて競争優位性を築いたとしても、いつまでもその状態を保つことができるわけではない。短期間で新たなテクノロジーが次々に生まれ、市場環境もビジネス環境も予測不能に激しく変化していくからだ。
こうした中で企業が生き残っていくために、「継続してDXを実行可能にするケイパビリティー(組織全体に根差した能力)が求められている」と一橋大学名誉教授・神岡太郎氏は指摘する。
「今は、ビジネスを変え続けていかなければ、競争優位性を維持できない時代です。変化に合わせて、新たなテクノロジーを駆使してビジネスを変革するDXは、何も特別なことではなく、当たり前に全社で取り組むべきことになりつつあります。ビジネスの中でDXを推進することは前提であるため、そこで他社と差をつけることはできません。競争力や差別化の源泉はビジネス自体ではなく、ビジネスをつくる人間や組織に移っているのです。DXの推進と同時に、組織変革を進めるべき理由がここにあります」
では、DXを推進し、同時にDXを続けられる組織へと変革するためには、どのようなアクションを起こすべきなのか。神岡氏は「ベストプラクティスのような答えはない」とした上で、「あえて言えば、まず経営トップが本気になることです」と示唆する。
「経営トップが本気になって会社を変えようとすること」、そして「社員がその本気を受け取り、腹落ちして行動すること」が、DXと組織変革推進の最低条件になる。その上で、変革のプロフェッショナルであるCDO(Chief Digital Officer)やCDXO(Chief Digital Transformation Officer)のような変革リーダー、DX専門の組織のような推進体制を明確にすることが望ましい。
「リソースの少ない中堅・中小企業では、CDOや専門組織の設置は難しいかもしれません。そういった企業では、社長が自らCDOになるというくらいの覚悟を持って全社をけん引すべきでしょう。外部人材を活用するなどして適切なアドバイザーを近くに置き、常に意思決定を反映できるチームを用意すれば、変化に合わせたデジタル活用を常に考え、ビジネスのアクションに落とし込む体制になるはずです」(神岡氏)

では、そうしてつくった組織は、どうすればDXを続けていけるのか。そこで必要になるのが、組織に根付く考え方や価値観、つまり組織文化の変革だ。
「DXの本丸」は組織文化の変革、その鍵となるグロースマインドセットとは
神岡氏は著書『デジタル変革とそのリーダーCDO』の中で、デジタル変革のための組織変革には、方法や仕組み、組織体制を変える「表層レベル」と、社員の行動様式やマインドセット、組織文化を変える「深層レベル」の2つがあると述べている。
前項で述べたDX推進のための体制づくりは、表層レベルに当たる。しかし、ここをいくら変えても、深層レベルの組織文化が変わらなければDXはうまく機能しない。組織文化は無意識に人を動かすものだ。
「組織文化はコミュニケーション効率、ひいては施策の実行力に大きく影響します。例えば、従来型の企業でDXを全社的に進めるには、なぜデジタルの活用が必要なのか、そのためになぜ組織のサイロ化を解消する必要があるのか、といったことから一つ一つ社員に腹落ちさせる必要が出てきます。一方で、デジタルネイティブな組織文化のある企業であれば、その問題はスキップしてトップが方針を表明するだけでスッと伝わって物事が進むでしょう」(神岡氏)
また、組織文化は目に見えないからこそ、他社には真似できない価値、持続的な競争優位性につながる。そして何よりも、変化の激しい時代だからこそ、組織で共有する「変わらない価値観や信条」が社員のよりどころになる。しかし、深層レベルの変革はより難しく時間がかかるため、「表層の変革と同時進行か、あるいは先んじて着手すべき」だと神岡氏は指摘する。
それでは、DXを持続的に推進することができる組織文化を作るためには、どのようなアプローチが必要になるのだろうか。神岡氏は「この組織文化を変えるには複雑で時間がかかるのですが、それに関係するものとして個々の社員が持つマインドセットからアプローチすることが有益かもしれません」と説明する。
「例えば、学習し成長することを重視する組織文化を醸成するために個々の社員が持つべきものとして、『グロースマインドセット』が挙げられます。これは学術研究で一定の効果が実証されており、DXにもプラスの相関があることが分かっています」
グロースマインドセットとは、才能や能力は努力や経験によって伸ばすことができるとする心構えや考え方であり、グロースマインドセットを持つ人は積極的に新しいことに挑戦し、失敗や困難を成長のチャンスと捉える。マイクロソフトが「フィックスマインドセットからグロースマインドセットへの転換」を掲げ、これをキードライバーとして成長を遂げたことはよく知られている。
「分かりやすく言うと、社員が個人として持つ心構えが組み合わさったものがマインドセット、そして組織で共有されるマインドセットが組織文化です。企業においては、これらに一貫性があることが重要です。社員がグロースマインドセットを持っていても、失敗をポジティブに捉える組織文化がなければ、チャレンジして成果につなげることは難しいでしょう。経営トップがロールモデルとなって実践し、経営層から現場の上司に至るまで価値観や考え方を浸透させていく必要があります」(神岡氏)

マイクロソフトの事例のように、欧米では経営トップが変わると同時に強いリーダーシップを持ってマインドセットと組織文化の変革を打ち出すケースが多い。また、グロースマインドセットを持つ人材ほど「自分が成長できる企業」を選ぶため、優秀な人材を獲得するためにも企業側が育成プログラムを充実させることは当然のことと考えられている。
日本企業でも、マインドセットと組織文化の重要性が広く認知されるようになり、これを意識する経営トップは増えている。だが、戦略的にアプローチできている企業はほとんどない。「だからこそ、DXの本丸として、マインドセットと組織文化の変革に取り組んでいただきたいと思います」と神岡氏は訴える。
「デジタルの民主化」の流れに乗ればチャンスをつかめる
もう一つ、DXと関連して組織文化を挙げるとすると、誰もがデジタルを使えるような「民主化文化」の基礎となる組織文化の醸成があるだろう。テクノロジー活用から、「民主化文化」にアプローチするのであれば、「ノーコードツールの活用」もその1つだ。神岡氏は、「ノーコードツールで開発が現場に開放されることで、これまでIT部門と事業部門の間にあった壁を取り払うことができるでしょう」と期待を寄せる。
ノーコードツールを活用すると、ビジネスを担う事業部門が必要なアプリケーションを自分たちで作ることが可能になる。これによって、IT部門の負荷軽減、開発コストやコミュニケーションコストの削減、現場の業務効率の向上など、さまざまな効果が期待できる。そして組織文化の観点では、これまでIT部門など専門部署に依頼してきた開発が現場で「自分ごと」になり、好影響を及ぼすと神岡氏は指摘する。
「ノーコードツールを活用した開発に伴うアジャイルな手法や考え方が根付き、『それぞれの現場が自分たちの力で状況を変えられる』というマインドへ変化していくことが考えられます。これらをうまく使えば、DXを起こし続ける組織および組織文化をつくるための強力な武器になるでしょう」
かつてコンピューターは、研究職のような限られた人たちが使用するものだった。その後、PC、インターネット、モバイルと、新たな技術が一般に普及してきた流れは、いわば「デジタルの民主化の歴史」だ。神岡氏は、「日本企業はこの流れに乗ることができず、世界に後れを取ってきた」と見ている。そして、ノーコードツール、さらにはAIが、この流れを変える一手になるという。
「AI活用をドライバーに企業を変革するとすれば、中堅・中小企業にこそチャンスがあります」と神岡氏は断言する。今後、人間が担ってきた仕事のかなりの部分をAIが代替するようになり、求められる人材、組織の在り方も大きく変わる。そうなれば、従業員を多く抱える大企業ほど大規模な配置転換、組織改造が必要になる。だからこそ、少ないリソースでビジネスを回してきた中堅・中小企業にアドバンテージがある。
「潜在的に中堅・中小企業には、大企業に比べてスピーディーに意思決定を反映できるという強みがあります。今、DX推進とともにAI活用を進めていけば、一足飛びに大きな競争優位性を獲得することも可能です。もちろん、リスクにしっかり対処する必要はありますが、このタイミングでAIファーストの組織文化を醸成することは、チャンスをつかむための大きな一歩になるかもしれません」(神岡氏)
これまで立ちふさがっていたテクノロジーのハードルを取り払い、デジタルを民主化することが、「全社員がDX人材」というデジタル変革を起こし続ける組織づくりへの強力な推進力になるということだ。

サイボウズの提供するノーコードツール「kintone(キントーン)」では、ゼロからコードを書いてシステムを作る必要がなく、特別な知識なしでも業務アプリを開発できる。webブラウザで閲覧できるクラウドサービスであり、インターネット上であればどこからでもアクセスすることが可能だ。
また、AIの専門知識がなくても、AIを活用した業務改善・業務効率化を実現できる。キントーンの活用が、神岡氏が話す持続的DX推進のための組織文化醸成への第一歩になるかもしれない。
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