(写真左)FLUX 代表取締役CEO 永井 元治氏
(写真右)JTB 取締役常務執行役員CSO・CDXO 藤井 大輔氏
※どちらも肩書は2025年取材時点

 企業にとって今やAIの活用は、業務効率化や生産性の向上、そして新たな価値創造の鍵となっている。しかし、目覚ましい進化を遂げたAIを最大限に活用するためには、戦略的な視点と適切な取り組みが不可欠だ。

 企業はAIの活用に当たって、どのような組織をつくり、人材をどう育てるべきか。また、ビジネスパーソンはどのような心構えやスキルを持つべきか。意欲的に観光DXに取り組むJTB取締役常務執行役員CSO・CDXOの藤井大輔氏と、企業のAI活用を支援するFLUX代表取締役CEOの永井元治氏が語り合い、未来のAI活用や人材育成の方向性を探った。

観光業界全体のDX・AI活用を推進するJTBの観光DX 

永井元治氏(以下、敬称略) JTBでは、観光DXをはじめとして先進的にDXを進められていますが、特にAIを活用したDXについては、どういった取り組みをされているのでしょうか。

藤井大輔氏(以下、敬称略) AI活用を含めたDXについて、われわれがやるべきことは3つあると考えています。1つ目は、社内の生産性を上げるためのAI活用です。例えば、商談などの記録を取るのにAIを活用する他、旅行商品の価格設定については、これまで人の経験と勘に基づき最適価格を付けてきましたが、目下、人による判断とAIによる価格算出のどちらが適正な価格を導き出せるかを検証する実証実験にも取り組んでいます。

 2つ目は、ソリューション分野でのAI活用です。当社は旅行事業だけでなく、企業向けのイベントやMICEの運営、観光事業者や行政・DMOのデジタル化支援などといった幅広いソリューションを提供しているのですが、ここにAIを実装することでサービス品質の向上と高度化を図っています。

*:企業などが行うMeeting(会議)、Incentive Travel(報奨・研修旅行)、Convention(国際会議)、Exhibition/Event(展示会・イベント)の頭文字を組み合わせた造語であり、これらのビジネスイベントの総称

 3つ目は、観光業界全体における課題解決に向けたAI活用です。JTBでは、観光業全体におけるDX推進に取り組んでいます。その核となるのは、各地域のさまざまな観光事業者と旅行者をつなぐ「プラットフォーム」の構築です。このプラットフォームは、宿泊施設や交通機関、体験コンテンツなど、これまで散在する観光情報を一元的に集約し、旅行者に対して予約から宿泊、現地体験まで一貫したサービスをシームレスに提供するためのデジタル基盤です。さらに、このプラットフォームで蓄積されるデータを各観光事業者にフィードバックすることで、新たな商品企画や誘客施策に活用できるようにもしています。このような取り組みにおいてもAIを活用し、観光事業者が抱える課題解決や旅行者の体験価値の向上を図っています。

永井 各地域の観光業を活性化させるDXの取り組みについて、特に興味深く感じました。JTBほどの会社規模となると、自社のみのDXではなく、プラットフォーマーとして、観光業界のエコシステム全体に対してDXやAI活用を浸透させていく考えをお持ちなんですね。

藤井 そうですね。われわれ観光業界はコロナ禍で大変厳しい状況に陥りました。現在は段階的な回復基調にあり、インバウンド需要も堅調に推移しています。一方で、各地の宿泊施設や交通事業者においては人手不足が課題となっており、業界全体での対応が急務となっています。

 例えば、海外では、自動運転技術を活用した無人タクシーの実用化が進んでいる地域もありますが、日本の観光業界においても同様にAIやDXを用いた課題解決を図る必要があると考えています。

 特定地域の一旅館や事業社が単独でDX化を進めたり、AI導入を進めたりすることには限界があります。そこで当社がデジタルプラットフォームを提供し、地域の観光事業者の皆さまに活用いただくことで、地域全体の活性化を実現したいと考えています。

AI活用を進める組織づくりの鍵はAI人材の内製化

永井 JTBは観光業界の中でも積極的にAI活用を進められています。どのような組織体制でAI活用を進めていらっしゃるのでしょうか。

藤井 2023年4月に、DX担当役員の下にデータインテリジェンスチームを新設いたしました。このチームを中心にグループ全体のDX推進およびAI活用を展開しています。新設当初は社内の人財でしたが、社内にAI領域に長けた専門人財が数多くいるわけではありませんでした。そのため、積極的に外部から豊富な知見のある方に中途入社としてジョインしていただいたり、あるいはわれわれとパートナー企業との合弁により設立したグループ会社からメンバーに入っていただいたりしています。もちろん、外部のパートナーに業務委託としていただくこともあります。このように、多種多様なメンバーが知恵を結集させ、会社の変革に取り組んでいます。

永井 そうした体制づくりにおいて、特に意識されていることはありますか。

藤井 いかに社内に知見を残すかを意識しています。旅行業界のビジネスモデルは、自社でもの(設備)を持つのではなく、ホテルやバス、飛行機などの外部リソースを組み合わせてサービスを提供する形態が基本となっています。そのため、AI活用に関しても、外部の技術を持つ人にソリューション提供を委ねがちです。しかしそれでは、社内に知見が残りません。また、特定の担当者だけが知識を身に付けて、組織全体の資産として体系化されていない課題もあります。個人の暗黙知を組織の形式知として定着させることを意識して取り組みたいと考えています。

 体制づくりについては、まず組織のコア部分に適切な技術選択や推進体制を判断できる一定程度知見のある専門人財を内製化することを基本方針としています。そのような人財をデータインテリジェンスチーム内に配置し、社内の各部門から寄せられる課題に対応したいと考えています。

 ただし、全てを内製化するのは難しいので、共創パートナーとの連携も重要なポイントだと捉えています。

永井 私も、まさに内製化が一番のキーだと思っています。私たちは企業のAI支援とは別に、人材紹介サービスも提供しているのですが、これをAI支援と人材紹介をセットで提案することがよくあります。その際は、プロジェクトに入りながら、「ここは内製化できるので、それに適した人材を紹介する」といったことをしています。外注に頼っていると、自社にノウハウが溜まらないことが長期的に見るとリスクとなるので、内製化は必要ですね。

企業のAI活用における4つのステージ

藤井 FLUXでは、企業のAI戦略の立案から実行までを支援されているとのことで、ぜひお伺いしたいのですが、多くの企業ではどのようにAI活用を進めているのでしょうか。

永井 大きく分けると4つのステージがあると考えています。おそらく皆さまが取り組んでおられる最も初期のものが、例えばMicrosoft Azureが提供する「Azure ChatGPT」などを使って、社内版ChatGPTを作るといったことです。

 2つ目は、一部の事業部でAIを試験的に導入してみること。一番リスクが少ないため、新規事業で試してみるパターンが多く見られます。

 3つ目が、基幹システムやコアの事業にAIを活用する、あるいは、省力化やコスト削減といった観点から本格的にAI活用に取り組んでいこうという段階です。

 4つ目は、ケースとしては少ないのですが、既存の事業部門を丸々AIに置き換えようと試みる企業もあります。

 業種や業態によって進め方がかなり左右されるので、進んでいる・進んでいないといった議論は意味がないと思いますが、大きく分けると4つのステージがあると思います。

藤井 われわれも、まず社内向けChatGPTシステムの構築から着手し、その後、新規事業での活用も試みました。JTBでは、ハッカソンといった形で社内公募を実施し、選ばれたアイデアに対して支援パートナーを配置、3~4カ月間の実証期間を設けて事業化の可能性を検証しています。現在までに約100件もの事業のタネができている状態です。

 今後の課題はこれらの成果を、先ほどおっしゃっていた3つ目のコア業務に適用したり、4つ目の部門丸ごとAI活用したりするといった段階に持っていくのが、今後のわれわれのテーマでもあると思います。

  一方で、経営的な観点で考えなければならないことが、従来の「人の業務の一部をAIで代替する」という発想でいくと、当社のような歴史ある企業では「人9割、AI1割」といった限定的な変革にとどまる可能性があります。それを、先ほどの4つ目の「全てAIに置き換える」ことを想定した場合、どのようなリスクが生じるのか、また実現できた際の収益性や生産性の指標がどう変わるのかといったことを積極的に見るべきかもしれませんね。こうした検証を踏まえて判断していけば、将来的に「AI9割、人1割」といった形にしていくことも可能になる気がします。

経営陣のAIの受け止め方次第で、5年後、10年後の明暗を分ける

藤井 今までのBtoB、BtoCといったものに対して、これからはAtoA(Agent to Agent)、要は一人一人がAIエージェントを持って、AIエージェント同士が会話をして、いろいろなものが進んでいくような世の中になっていくという話があります。

 そうした世界が、10年後などではなくもっと近い未来に来るということで、そうしたことを意識して動かなければならないとは思いつつも、具体的にどういったプロセスで進めていけば良いのか悩ましく思っています。こうした点については、どう思われますか?

永井  海外をベンチマークにされている企業は多いですね。特にベンチマークするとしたら、中国、アメリカ、ヨーロッパの3つからということになるのですが、完全にAIエージェントが旅行プランを作るといったケースも既にあります。いくらの予算で、飛行機を決めて、ロジスティクスを手配するといったところまで、AIエージェントがやる。さらに将来的には無人タクシーもつながって送迎をやり、タクシーに話すと食事も届けてくれるといった、進んだケースも想定されています。

藤井 本当に中国やアメリカは、すごいスピードで進化していますよね。やはり経営陣がいかにAIを真剣に受け止めるかが、非常に重要なことに思えてきますね。

永井 まさにそうだと思います。経営陣の皆さまの感度に会社のAI浸透度は比例します。ですから、経営陣がAIにそれほど興味がなかったり、積極的に捉えていなかったりすると、5年後、10年後にはそうでない会社との差が大きく出て、会社の将来の明暗を分けることも考えられます。

ビジネスの理解が重要 AI時代に求められる人材とは

永井 AI活用を推進していく上での人材育成や採用については、どういった方針や考えで取り組まれていますか。

藤井 人財については、単にテクノロジーだけを理解している人では、難しいのかなと感じています。例えば、先ほどの中国の事例のように、当社が提供するサービスの領域において、世界でどのような技術革新や事業展開が進んでいるかを的確に把握し、かつビジネスの本質を深く理解していることが重要だと考えています。その上で、急速に進歩するテクノロジーの動向にも対応できる、DX、AI活用のコアとなる人財を、いかに社内で育成・確保するかが最重要課題だと考えています。まずは、この点に経営資源を集中して取り組みたいと考えています。

永井 同感です。よく聞かれる質問に、「ビジネスの理解がある方にAIやテクノロジーの知識を付けるのと、テクノロジーのスキルがある人にビジネスの知識を付けるのと、どちらが良いか」というのがあります。われわれは前者の方が良いと考えています。

 理由は2つあって、1つは、ビジネスの上流工程、そもそもの課題を認識できていないと、AIなどの知識があっても意味がないからです。もう1つは、AIで開発ができる時代においては、いわゆるエンジニアと非エンジニア、理系と文系の壁がどんどんなくなっていきます。おそらく誰でもAIエージェントを使えば、簡単なものは作れますし、これがさらに進むと、極論、エンジニアは要らなくなるかもしれません。ですから、やはりビジネスの理解がある方に、AIやテクノロジーの知見をつけていただくのが重要だと思います。

藤井 おっしゃる通りです。弊社の生成AIハッカソンでも、チャレンジする人たちは、元々AIに詳しいわけではなく、日頃から「この課題をなんとか解消できないか」と考え、「AIはやったことはないけれど、やってみよう」と挑戦して、結果として「できた」という事例が多い印象です。

 自分の構想や思いがあれば、テクノロジーも使えるようになったり、それを応援してくれるパートナーも見つかったりして、実現できていくと感じています。

永井 そうだと思います。最近、「AI時代を生き抜くために、ビジネスパーソンに必要なスキルとはどういったものか」といったことを聞かれることも多いのですが、スキルは決めの問題だと思っています。

 世の中はこうなっていくと予期して、主体的に学習を進めるということに尽きるのかなと。昔のように、プログラミング言語を学ばなければいけないといったことはなく、やろうと思えば誰でも簡単に一定の理解が得られる状況になってきています。

 社会人のお作法としてExcelやPowerPointを習得するといった状況から脱して、これからはAIエージェントをどう使いこなすかが重要なので、その感度を高めることが大切だと思います。

日本の観光の魅力とAIをかけ合わせ、新たな価値の創出を

藤井 今後については、AIといった新しいものだけで何か進化を遂げるというよりは、日本が旧来持っている「いいもの(優れた文化や資産)」と、AIのようなテクノロジーを掛け合わせることで、本当に新しいジャパンブランドの価値を創出していけたらと考えています。

 そして、このような取り組みを海外に発信することにより、訪日観光客の増加を促進し、ひいては日本各地の観光地の活性化し元気になる、経済効果の向上につながる好循環が実現できるのではないかと考えています。

永井 私も、実は今は日本にとってチャンスなのかなと思っています。人口が減っていくという課題は変わらないのですが、AIでホワイトカラー、またおそらくブルーカラーの業務も代替できるようになってくると思います。

 そうすると、人口減少は問題でなくなり、投資を呼び込む力が大事になります。そこで、日本の観光資源や日本の魅力が注目ポイントになります。人口が減っていて、中長期的に日本は危ないのではないかという論争から、例えば、治安が良くて観光資源もあって、労働力もAIで補えるとなってくると、非常に見通しは明るいのかなと思います。

藤井 われわれは、交流創造事業というのを事業ドメインにしているのですが、やはり交流という形でいけば、これからどんどんグローバル・ボーダーレス化が進み、パーソナライズ化やマイクロコミュニティー化も進んでいくと考えられます。

 今までのマスのサービスから、本当に一人一人が求めるものへと変わっていくところに、AIを使って、期待通りではなく、期待を少し上回るものとマッチングをして提供できると、より高い価値が生まれるのではないかと思います。われわれにはその役割がありますし、事業としてやらなければいけないと考えています。

※JTBグループでは、"人材"は「企業や組織の成長を支える財産となる大切なリソース」であるという意思を込め、"人財"と表記しています。

【プロフィール】

藤井 大輔氏
JTB 取締役常務執行役員(CSO・CDXO)。1998年JTB入社。法人営業に従事後、グループ本社の経営企画担当として訪日インバウンド事業におけるインバウンド人流拡大の仕組み作りに向けた戦略を企画・立案。その後Fun Japan Communicationsの代表として、アジアでのデジタルとリアルを融合した新たなマーケティングモデルの構築を推進。2024年よりCSOとして経営戦略策定・推進を担い、2025年2月よりCDXOを兼務しグループ経営におけるDXの実装をリードしている。

永井 元治氏
ベイン・アンド・カンパニーに入社し、大手通信キャリアの戦略立案・投資ファンドのデューデリジェンス・商社のM&A案件などに従事。2020年「Forbes 30 Under 30 Asia、Media, Marketing & Advertising部門」選出。2018年5月に株式会社FLUXを創業、代表取締役就任。

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