(写真右)味の素 特別顧問 元代表取締役副社長・CDO 福士 博司氏
(写真左)日本電気 執行役 Corporate Senior EVP 兼 CDO デジタルプラットフォームユニット長 吉崎 敏文氏
※どちらも2024年取材当時

 食品事業拡大という経営戦略を大転換させ、V字回復で経営変革を遂げた味の素。巨大な電機メーカー、SIer(システムインテグレーター)としての自らを変革し、価値創造モデルを進化させてきたNEC。両社に共通する変革の推進力の1つがデジタルであったのは間違いないが、同時にデジタルは決して万能ではない。日本企業のDXを成功に導く道筋について、味の素元代表取締役副社長であり味の素初のCDOとして全社DXを成功させた福士 博司氏、NEC執行役Corporate Senior EVP 兼 CDOの吉崎 敏文氏に聞いた。

企業が時代に合わせて変わるために必要なものは何か

――福士さんは味の素時代、副社長として事業モデル変革をリードしました。変革をどのように進めたのですか。

福士 博司氏(以下敬称略) 日本企業には、事業の縦軸、機能の横軸など、組織や個人に依存した結びつきが強く、全体を見通した抜本的な統合戦略が立てにくい、という特徴があると思います。かつての味の素もそうでした。

 2010年代の味の素は、4~5年にわたり業績不振が続いていました。当時の景気のけん引役だった新興国の経済成長の鈍化のあおりを受け、立て続けにM&Aに失敗していたのです。失敗を繰り返した主な原因は、「海外食品事業の拡大でグローバルトップ10を目指す」という成長戦略に固執したことでした。戦略を転換できなかった背景には、予定調和的な日本企業の文化と、それに起因する硬直した組織構造がありました。

吉崎 敏文氏(以下敬称略) 味の素では、その状況をどのように克服したのでしょうか。

福士 危機感を抱いた当時の西井孝明社長と私でタッグを組み、2019年から経営改革に着手しました。「食と健康の課題解決企業」をパーパスに掲げた、経営戦略の大転換でした。結果的に改革の節目となる3年後には、株価が3倍になるなど、大きな成果を上げています。

 成功の要因は、トップ自らが覚悟を持って変革を社内に浸透させたこと、経営の全てを数字で見える化して、お客さまとの双方向のコミュニケーションを活性化させたことにあると考えています。

――B2B企業であるNECの顧客の多くも、変革に取り組んでいます。現状をどう見ていますか。

吉崎 失われた30年と言われますが、私は、日本企業で働く人たちの個々の能力は非常に高いと思っています。ただ、多くの企業の中に、変化する時代に対応し、成長するためのフレームワークが明確に実装されていませんでした。

 逆に言えば、その環境下でここまで踏ん張ってこられたわけですから、「伸びしろ」は非常に大きいはずです。日本企業は、実践力が付けば、社会の変革をリードする存在になれると考えています。そして、NECもその1社となるべく変革を進めています。

福士 NECはとても大きな組織ですから、挑戦的な取り組みであると思います。どういう考え方で進めているのですか。

吉崎 当社は、安全・安心・公平・効率という社会価値を創造することを企業のパーパスに掲げています。

 しかし、当社の製品、サービスによって生まれる価値は、当社だけで完成できるものではなく、お客さまと一緒に創り上げるものです。

 そのため、従来型SIerとしてシステムを受注して納品する形態のビジネスモデルを変え、上流からお客さまの価値創造を支える存在である「Value Driver」になることを目指して、事業モデルの変革を進めてきました。

 お客さまのValue Driverに変わるためのフレームワークとして、「ビジネスモデル」「テクノロジー」「人材」の3つの要素を掲げています。これらは言い方を変えれば、「売り方を変え、売るものを変え、売る人のスキルを変える」ということになります。

NECが挑む事業モデル変革の狙い

――NECの3つの変革は、どんな形で進められたのですか。

吉崎 ビジネスモデル変革は、これまで当社が蓄積してきたノウハウ、知見を結集し、製品やサービスに至る前のお客さまの課題を抽出するコンサルティングから、サービスの開発、稼働後の運用保守まで、支援することを目指しています。

 そのために必要なのが、お客さまのビジネスをエンドトゥエンドで支える共通基盤であるデジタルプラットフォーム、そこに乗せる標準化したテクノロジー群、そして専門人材によるお客さまの支援です。

 NECではこの事業モデルの全体像を、お客さまを未来に導く星の光になるという意味を込めて「BluStellar (ブルーステラ)」という名前で発表しました。

 BluStellarには、NEC自身の変革を含めた企業課題を解決する成功シナリオが用意されています。このシナリオをもとに、それぞれのお客さまが描くDX構想を進めることで、変革の確実性を高めることができます。

 また、当社には研究員、エンジニア、データサイエンティスト、コンサルタントなど多岐にわたる専門家が在席しています。BluStellarでは、そうしたメンバーの知見を、必要に応じてプロジェクトの初期段階からフルに活用できます。

 お客様の価値創造はNEC1社だけでは実現できません。パートナー企業にも参加していただき、変革のためのプラットフォームとして活用していただくことを目指しています。

デジタルを手段として 生かし切る組織を構築する

――福士さんは、企業の変革におけるデジタルテクノロジー、データの活用について、どうお考えでしょうか。

福士 先ほど、経営情報の見える化が必要と話しましたが、単にデジタルで情報を共有すれば、すぐに企業変革が動き出すというのは誤解です。さまざまな企業のデジタルリーダーの方々と対話をしてきましたが、多くの方が、テクノロジーに合わせた組織に変えていくことが課題だと言われます。

 過去を振り返ると、デジタル化には3つの段階がありました。第1段階は30年前、工場を自動化するRPAや業務を統合するERPなど、現在のレガシーシステムの導入期です。日本企業は標準化を嫌い、外付け機能を開発していきました。全体のデザインが十分に検討されないまま現場で担当者の好みに合わせたシステムが何百と作られた結果、初期投資やメンテナンスコストが高くなっていきました。

 第2段階は10年ほど前、日本でもDXの必要性が認識され始めた時期です。データを見える化するために、事業ごと、ツールごとにバラバラに存在していたデータを集めて、ビッグデータにしようとすると、現場部門の賛同が得られませんでした。自分たちしかできない仕事で積み上げてきたデータは自分たちの価値であり、他の組織に渡すことを拒む傾向にあったと思います。システムだけを導入しても、硬直した組織や仕事のやり方は容易に変わりませんでした。

 そして、第3段階が近年のAIです。ここでも「AIの導入で自分たちの仕事がなくなる」という間違った認識が一部にあります。日本企業においては、自分たちの価値を担保しようとする組織の力学が、デジタルのメリットを希薄にしているのではないかと考えています。

吉崎 結局のところ「デジタル化は手段であり目的ではない」という理解が必要だということですね。かつての日本では、事業部制の下、個別最適でパフォーマンスを積み上げれば、全体のパフォーマンスも向上する時代がありました。しかしこのモデルは、最近の日本市場の環境には適合していない。では、根本的にどこをどう見直すべきなのか、という段階なのです。

福士 新しい価値を生み出すためには、先ほど吉崎さんが言われたように、上流のデザインから見直す必要があると思います。事業ポートフォリオから大胆に変えていかなければ、デジタル化しても収益性は変わらないのです。

吉崎 ただ、デジタルは手段だと言っても、常に最新のものを安全に利用できるようにしなければいけません。

 当社は顔認証、AIなどの技術を研究開発する部署を持っていることが強みですが、進化した技術の価値を、よりスピーディにお客さまに届けるために、今回、AIの研究開発のチームと製品の企画・マーケティング・開発・プリセールスのチームが一緒になり、「AI テクノロジーサービス事業部門」として1つの組織になりました。

 また当社では、新技術をグループ11万人の社員が使うシステムに導入することで、実用性の高いサービスをお客様に提供しています。

自社のビジネスを理解した デジタル人材の重要性

――企業がデジタルの力を生かすためには、社員のデジタルスキル向上も重要です。人手不足の状況下、どう人材を獲得、育成すればいいのでしょうか。

吉崎 NECでは、国内の200社の企業に向けてDXの現状を聞くアンケートを継続的に行っているのですが、DXに取り組む企業の割合は、2023年の6割から2024 年は8割以上と、欧米企業に追いついてきたことが分かっています。

 一方で、デジタル化による成果が出ている企業は3割程度で、7割の企業は成果につながっていない。その原因として挙げられているのが、人材の課題です。

 ビジネスモデルを変えるなら、上流の構想策定ができる人材が重要になります。NECでは、全社的なDX人材の育成の中でも、お客さまの情報や業種別の知見を持つ戦略コンサルタントの育成に注力してきました。

 データエンジニアやデータサイエンティストの育成・強化にも力を入れています。社外の知見を取り入れた独自のメソッドを作り、リスキリングプログラムを整備して育てたNECならではのテクノロジーに強いコンサルタントです。外部から採用した人材も含め、2024年時点で700人の部隊になっています。すでに約100人いるAIエンジニア・コンサルタントも今後増員予定です。

福士 味の素のようなユーザー企業では、トップレベルの技術者を自前で抱える必要はないと考えています。事業会社にとって必要なのは、「ビジネスパーソンでデジタルリテラシーがある人材」です。味の素では、全社員がこのレベルになるように取り組みました。ただし、人材の育成はこれで終わりということはありません。常に新しいテクノロジーに目を配り、どこが足りないか、どんな能力が必要か、手を入れ続ける必要があります。

吉崎 おっしゃるとおり、お客さま自身が変革を進めるためには、社内にデジタル人材が必要です。しかし、これまで日本は、ユーザー企業に在籍するIT技術者が少ないことが課題でした。米国ではIT技術者の7割がユーザー企業に在籍しているのに対し、日本ではわずか3割にとどまっています。

 社内のデジタル人材を増やすに際して、自社の独自性、強みを生かすためにも、社外から登用するだけでなく、自社のビジネスを知る社内人材のリスキングが求められます。NECではデジタル人材の教育プログラム「BluStellar Academy for DX」をお客さまに提供していますが、デジタル人材ニースの拡大を受けて、広く導入いただいています。

経営者のリーダーシップの下 全社一体で進めるべき

――経営を変革し、新たな価値を生み出すために奮闘する経営者、リーダーにエールを送るとしたら、何を話しますか。

福士 私は、経営改革を成功させるために最も重要なのは、経営者自身の「変革する覚悟」だと改めて述べたいと思います。今、社会全体にデジタル化の大波が押し寄せています。波に乗れなければ、飲み込まれて沈んでしまう。波に乗るだけでなく、波に乗って目指す場所も明確でなければなりません。企業の変革者はパーパス、目指すべき輝く星を示しながら社員をリードしていってほしいと考えています。

吉崎 その目指すべき方向を照らす光として、私たちNECはお客さまと共に歩んでいきたいと思っています。企業の変革は、一部の人だけの力で実現できるものではありません。社員全員がやらなければ成し遂げられない。全員が変革に向かえるような風土が必要です。

 NECではBluStellarの下、これまでと同様、不変の3 つの軸(ビジネスモデル、テクノロジー、組織/人材) で変革を進めていきます。新たな価値を生み出せる企業になるには、自社に合った共通でシンボリックなフレームワークの下、トップがリーダーシップを発揮して、それに社員が共感し、呼応することで変革は成し遂げられると思います。

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