(写真右)東日本旅客鉄道株式会社 JR東日本研究開発センター フロンティアサービス研究所 イノベーションデザインユニット 主幹研究員(マネージャー)小西 勇介氏
(写真左)日本電気株式会社 AIテクノロジーサービス事業部門 生成AI事業開発統括部長 Generative AI Chief Navigator 千葉 雄樹氏
※どちらも2024年取材時点

 ビジネスの現場で生成AIの活用が進んでいる。生成AIの基盤技術となるLLM(大規模言語モデル)の開発競争も激しくなってきた。一方、JR東日本でデータ活用に関する研究に携わる小西 勇介氏は、LLMの精度だけでなく、企業の文化やパーパスを理解する生成AIが必要だと説く。どんな取り組みが進められているのか。小西氏と、NECで生成AIの事業開発に携わる千葉 雄樹氏に話を聞いた。

データの宝庫JR東日本でイノベーションを起こす

――お二人が所属されている部署や現在の役割などについてご紹介ください。

小西 勇介氏(以下敬称略) 私は現在、JR東日本研究開発センターのフロンティアサービス研究所で、各種データとAIやシミュレーション技術を活用した課題解決・価値創出に関する研究開発を行っています。また2023年10月に発足した本社イノベーション戦略本部Digital & Dataイノベーションセンターを兼務し、JR東日本グループにおけるDX推進にも携わっています。

千葉 雄樹氏(以下敬称略) 私が所属するNECの生成AI事業開発統括部は、生成AIを使った事業の企画戦略や事業開発を行う部署です。2023年7月に組織が発足したときにはNEC Generative AI Hubという名称で、研究所と全社のAI事業をつなぐハブ機能を担う役割でした。その後、製品やソリューションの形が見えてきたため、生成AIを中心とした製品を主管する組織と技術開発を担っていた研究所の組織と一緒になり、AIテクノロジーサービス事業部門として組織を立ち上げました。

――JR東日本は、鉄道事業者の中でも早くからデータ活用に積極的に取り組んでいますね。

小西 JR東日本グループは、「すべての人の心豊かな生活」の実現に向けて、輸送、流通サービス、不動産やホテルなどのさまざまな事業を展開しています。これらの事業運営を通じて日々生まれ続ける多様で膨大なデータは、さらなる安全の追及や、より快適で便利な商品・サービスの開発などに活用できます。例えば私のチームでも、自動改札などで得られるお客さまの流動データに基づいて、より安全で快適な駅空間の設計や、より便利で効率的な輸送計画などを実現するための技術開発を進めています。 

 私は以前、NECの研究開発部門で、カメラなどのセンサーを使って人の行動を計測・分析する研究に携わっていました。他にはない技術を作り出して、顧客企業の事業課題と結びつけ新たな価値を生み出すという仕事は、とてもやりがいがありました。ただ、研究を進める中で、確かな価値につながる課題解決を実践するためには、顧客企業の中に入り込み、より現場に近いところで試行錯誤をし続ける必要があると感じるようになり、JR東日本に転職しました。実際に入社してみて、それぞれの事業における課題や、多様で膨大なデータの理解が進むにつれて、課題解決・価値創出のチャンスが無限にあることが分かり、転職してきてから5年以上が経ちますが今でもわくわくしています。

データに基づき「ヒト起点」でサービス価値を向上させる

――NECはAIやIoTを活用した業務変革(鉄道DX)も支援していますね。鉄道事業者にDXが求められる背景にはどのような事情があるのでしょうか。

千葉 これは鉄道事業者に限らず日本全体の課題でもありますが、人口減少・少子高齢化という社会構造の変化が起きています。人の移動が少なくなるという市場の縮小のみならず、労働人口の減少が大きな問題になっています。

 限られたリソースで、安全かつ安定的な輸送サービスを提供するために何をすべきなのか。安全・安心なサービスを実践するための仕組みづくりに、AIやIoTを活用したソリューションがお役に立てると考えて、私たちも提案を行っています。

――JR東日本グループでは、既にデジタルプラットフォーム変革に取り組んでいるそうですね。

小西 はい、私が兼務している本社イノベーション戦略本部Digital &Dataイノベーションセンターでも、グループ全体のDX推進に向けた取り組みを今まさに進めているところです。具体的には、大きく2つのことに取り組んでいます。

 1つ目は、データやAIの利活用を推進するために必要不可欠なルール・体制・基盤のグループ全体での整備です。データやAIに関するガバナンス体制の確立と、データやAIの安全かつ効率的な活用の推進を目指しています。2つ目は、データやAIを活用した課題解決・価値創出の実践です。システムやアプリの内製化開発を推進するためのアジャイル開発体制を整え、各事業部門と連携しながら、課題解決・価値創出に取り組んでいます。

千葉 小西さんがお話しされたように、JR東日本は、鉄道インフラの構築や維持、再開発や新たな商品・サービス創出などの意思決定に当たって、データに基づく分析を緻密に行っており、当社もその精度向上を目指す支援をしてきました。

 例えばデータを使った予測では、明日どうなるかといった短期から、5年後、10年後といった中長期までを予測し、意思決定に活用できる技術を共同で開発した実績もあります。データの分析結果を可視化したり、意思決定を行ったりする際に、どこから手をつければいいか分からないような課題への対応、さらには全社的な視点での最適化などまで、幅広く支援できるのが当社の特色だと自負しています。

内製化を進める一方でパートナー企業にも期待

――生成AIなどの活用に関心を持つ企業が増えている一方で、人材の採用や育成に苦労している企業も少なくありません。JR東日本では採用や育成をどのように行っていますか。

小西 中途採用では外部から経験豊富な専門人材を積極的に採用しています。私以外にもJR東日本が持っているデータに関心を持って応募して来た人もいるようです。

 また、JR東日本はインフラ企業で堅いイメージがあるかもしれませんが、実はチャレンジ精神に富んでいて、あらゆる職場に業務改善や価値創出に積極的に取り組んでいる社員がいます。デジタルの領域で活躍できるポテンシャルを持つ人材はたくさんいると感じています。

 デジタル人材の育成についてもさまざまな取り組みをしていますが、私たちのチームでは、特に内製化に注力しています。研究開発の初期の仮説検証を自分たち自身で実践し研究開発の方向性を定めた上で、NECをはじめとするパートナー企業とプロジェクトを大きくしていく、という進め方をしています。自ら課題解決・価値創出を実践しながら、パートナー企業も巻き込んで大きなプロジェクトを推進できる人材を育てたいと思っています。

千葉 私もJR東日本のプロジェクトにいくつか参加させていただいていますが、「究極の安全」を追求する文化が根付いていることに感銘を受けます。私たちの使命は、その思いを大切にしながら新たなチャレンジをしようとするお客さまを支援することです。NECの最新のテクノロジーやソリューションを活用してどんな支援ができるのか。常にそれを考えながら、情報提供やコンサルティングを行っています。

――JR東日本グループは2024年10月、鉄道業界固有の知識を学習した「鉄道版生成AI」の開発に本格着手すると発表しました。どのような狙いがあるのでしょうか。

小西 当社ではこれまでもデジタルツールの導入により、業務のDXを進めてきました。生成AIの活用もその1つです。ただ、実際に生成AIの活用を進めている中で、鉄道に関するドメイン知識(固有の知識)を備えた生成AIが必要であることが分かってきました。

 そこで、鉄道版生成AIには、鉄道事業を担う社員に求められる鉄道業界固有の知識を学習させることで、社員の日常的な業務遂行を生成AIがサポートできるような環境を構築したいと考えています。並行して、業務での生成AIの活用を全社的に進めながら、どのような業務でどのような活用ができるかというユースケースの検討にも取り組んでいるところです。

ソリューションとして価値ある生成AIであることが重要

――NECもJR東日本の鉄道版生成AIの開発にパートナーとして参加していますね。

千葉 当社には、高い日本語性能を有する軽量なLLMの「cotomi(コトミ)」というソリューションがあります。JR東日本の鉄道版生成AIの実現を目指す上でも、cotomiが貢献できることは多くあります。

 ただし、テクノロジーの進化は日進月歩です。ユーザーのある問いに対して正しく答えているかの精度だけを比較するとしたら、cotomiよりも優れたLLMはあるでしょう。しかし、重要なのは何のために生成AIを使うのかという点です。検索エンジンに引っかかるような知識を大量に覚えさせるというのではなく、社員に価値を出してもらうために「何をどう伝えるべきか」といったことまで踏まえた生成AIであるべきです。

小西 誤解されがちなのですが、生成AIは決して、人を減らすためのツールではありません。生成AIによる業務サポートで生み出された時間を活用して、社員が人ならではの創造的な役割に注力できるようにする、ということを私たちは目指しています。

 また、鉄道版生成AIの開発においては、ひたすら精緻なモデルを追求することが目的なわけではありません。「そもそも鉄道とは何なのか」「JR東日本の社員に必要な情報は何なのか」といったものを形式知化し、きちんと整理されている状態にしたいですね。そのためには、強いソリューションや技術と、豊富なノウハウをバックグラウンドにした課題解決につながるコンサルティング力が重要です。NECをはじめとするパートナー企業の力を借りて進めていきたいと考えています。

千葉 その点では、生成AIも「良いLLMができました。ぜひ使ってください」とお客さまに委ねるものではないと思います。

 小西さんがおっしゃるように、お客さまの事業の背景にある考え方や哲学・文化なども大事にした上で、システム、ソリューションとして生成AIを提供するところが成り立っていないと、なかなか世の中に広まっていかないと思います。

 当社は、「BluStellar(ブルーステラ)」というモデルのもと、お客さまの価値創造につながる戦略策定から実装までを支援しています。JR東日本の生成AI活用についても、ぜひ一緒に作り上げるお手伝いをしたいですね。

小西 JR東日本グループは、鉄道を軸に幅広い事業を多様な人材で行っているという点で特徴的です。このような特徴を強みとしながら、人口減少や少子高齢化などの環境変化の中でも、健全な危機感をもって新たな価値を生み出すことに挑戦しています。社会を変える面白い仕事がこれからもたくさんあるはずなので、引き続き、NECにはパートナーとして力を貸してほしいと期待しています。

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