企業は女性活躍を推進しているが、そもそも女性側の昇進意欲が上がらない――。こうした課題が浮き彫りになりつつある。女性活躍の機運が高まる中、多くの企業が女性管理職比率の向上などに力を入れている。しかし、当事者である女性の昇進意欲が高まっていない現状がさまざまなデータで見えているという。「この課題を解決するには、企業が若手女性の“代理経験”を増やす取り組みを行うのが有効」。こう話すのは、ベネッセコーポレーション 女性キャリア支援事業部部長の白井あれい氏だ。代理経験とはどのようなものか。企業は何をすれば良いのか。白井氏に詳しく聞いた。
「管理職にはなれない」と女性が考えてしまう構造的な理由
女性の昇進意欲が上がらないという実情は、ベネッセコーポレーション(以下、ベネッセ)の調査から見てとれる。500人の若手女性社会人に「現在の会社で将来管理職になりたいか」を尋ねたところ、「全くなりたくない」「あまりなりたくない」と答えた人は全体の63%に及んだ。
また、企業側も女性の昇進意欲が低いことを感じ取っている。企業の経営層に女性活躍の課題を尋ねた別調査(注1)では、42%が「女性側の昇進意欲がない」と答えた。さまざまな回答の中でもっとも多かったという。
人手不足を背景に、政府は女性活躍推進を企業に求めてきた。2023年に金融庁が有価証券報告書における人的資本の情報開示を義務化し、「女性管理職比率」や「男女の賃金格差」を必須項目にしたのはその一例だ。「企業、特に上場企業には強いプレッシャーがかかっている状況です」と白井氏は口にする。
こうした中、女性の管理職や役員を増やそうと力を入れる企業は多い。しかし、前述のように「そもそも女性の昇進意欲が上がらない」という課題が生まれている。
「昇進意欲が低いのは女性に限った話ではないと考える方も多いかもしれません。確かに男性からも『管理職になりたくない』という声は聞かれます。しかし大きな違いは、男性の場合、『やれと言われればやれなくはない』と考える傾向があるのに対し、女性は『管理職になりたくないし、自分がやれる気もしていない』という思考が強いことです。やり遂げられる自己効力が弱いのです。ここに大きな違いがあると考えています」
女性がこうした心理になる理由として、白井氏は「女性リーダーのサンプル数の少なさ」を挙げる。「多くの若手女性にインタビューすると、“ロールモデル”となる女性リーダーが身近に少ないため、将来像を描きにくかったり、相談できる同性の先輩がいなかったりという声が聞かれます」。
たとえ社内に女性リーダーがいたとしても、その数は少なく、多様な生き方やキャリア観まで知るのは難しい。ほんの一部の女性リーダーだけを見て「私はあの人のようにはなれない(なりたくない)」と意欲をなくすことも多いという。
男性上司が女性社員の相談に乗って昇進意欲を高められればよいが、「女性のキャリアはライフイベント抜きで話すのは難しく、また昨今のハラスメントの問題などから、男性上司が女性の部下にキャリアの希望についての質問をしづらい実情があります」とのこと。こうして若手女性のキャリアに対する不安や孤立感が強まっていく。それが「昇進意欲が高まらない」という課題の背景にある。
企業が「代理経験」を得られる機会を提供することで状況を変えていく
この課題を解決するには「企業が女性の“両立支援”と“活躍支援”を分けて考え、両輪を回すことが大切です」と白井氏。両立支援とは、育休制度や時短制度など、女性が家庭と両立して仕事ができる環境を支援すること。一方の活躍支援とは、女性向けのキャリア支援研修やリーダーシップ研修など、女性社員が意欲的に昇進するための支援となる。
「両立支援を手厚くしている企業は多いものの、活躍支援については十分でないケースが少なくありません。両立支援は環境を整える意味で欠かせないものですが、さらにそこから女性の昇進意欲を高めるには活躍支援が重要となります。とはいえ、具体的な効果のある活躍支援施策は今のところあまりないのが実情です」
この話の理解を深めるために、白井氏は「まず自社の女性活躍推進がどのフェーズにあるかを見極めることが大切です」という。
「私たちは企業の女性活躍推進のフェーズを大きく5段階で考えています(下図参照)。
現在多いのは、第2フェーズ『黎明期』と第3フェーズ『成長期』にいる企業ではないでしょうか。黎明期はまだ女性が両立して働き続けることが困難な状態、成長期は両立できる環境はあるけれどその先の女性の昇進意欲を醸成できていない状態です。大切なのは、黎明期と成長期で分けて考えること。なぜなら必要な企業の打ち手が異なるためです。黎明期では両立支援、成長期では活躍支援が求められるのです。しかしこの2つのフェーズが混同されていることも多く、成長期にいながらいまだに両立支援に力を入れている企業も見られます。両立支援だけを充実させて、女性の昇進意欲が上がらないと『やはり女性は意欲が低い』となる企業も。いくら制度を手厚くしても、女性自身の昇進意欲が上がるかは別問題なのです」
これらを踏まえると、女性の昇進意欲を高めるには「活躍支援」の充実が大切になる。では何をすれば良いのか。白井氏は「自己効力」を高める施策が必要だという。自己効力とは、何か新しいことに挑戦する際に「自分にもできるかもしれない」と思えること。心理学者のアルバート・バンデューラが提唱した。
先ほど、「管理職になりたくないし、自分がやれる気もしていない」という若手女性の心理を述べた。その心理を乗り越えるため、自己効力を高める施策を用意するという狙いだ。
「具体的な施策として、女性にとって身近で環境や置かれている状況などの近い女性リーダーの経験を数多く、直接聞かせることが有効だと考えています。バンデューラは、自己効力を高める方法の一つに『代理経験』を挙げています。これは、自分と似たような環境・状況にいた他者の経験を見たり聞いたりする中で、『自分にもできる』と思えることです。であれば、企業が活躍支援の施策としてさまざまな女性リーダーと接する機会を丁寧に作ること、それもたくさん作ることが大切です」
どのように数多くのロールモデルと出会う機会を作るか
こうした目的を実現する一つとして、ベネッセでは「withbatons」 というサービスを企業向けに提供している。AIを活用して企業の若手女性社員(メンティー)と他社の先輩女性社員(メンター)をマッチングし、一対一のメンタリングを行う。半年のパッケージサービスとなっており、期間内に45分間のメンタリングを合計6回、毎回異なる相手と実施する。人事施策・研修の一つとして企業がサービスを利用する形だ。事前にキャリア研修もしっかり行い、「自分のキャリアアンカー・どうしてもこだわりたいキャリアの軸を探す旅をしておいで」と送り出す。
メンターは35歳以上64歳までの、組織で正社員として働く現役女性リーダー達。ベネッセとは業務委託契約を結び、副業として稼働する。管理職・リーダーの経験があり、直近5年で300名以上の組織に勤務している人に限定している。後輩女性のキャリア形成に役立ちたいという思いの持ち主が、書類審査、面接試験、そして綿密な講習を経て登録しているとのこと。「面接試験では様々なチェック項目を用意していますが、何より重要なのは自らのキャリアストーリーを成功・失敗含めて語れるだけの経験を持っている、そしてこれからの人生でやりたいことを生き生きと話してくださること。そうした方のみをメンターに採用しています」と白井氏は話す。
これからやりたいことを語れる人を採用する理由について、白井氏は「管理職候補である女性にとって、自分より年上の人、特に40、50代、60代でも目標を持っていきいきと人生を楽しんでいる姿を見ると、自分のキャリアを見つめ直し意欲が高まる傾向にある」と説明する。若い人の中には、今こそ伸び盛りで「もっとも楽しい時期」と捉えていることもある。しかし、ずっと年が上であっても楽しくライフまで含めたキャリアを積み上げている人たちのリアルをぜひ見てもらいたいという。実際に「あの人のように楽しく生きるために、じゃあ今から自分がどのようなキャリアを歩んでいこうか、と逆算して考えなくてはと思うようになった」という声も多いようだ。
サービスは2024年6月に提供を開始し、すでに400名以上のメンターが登録している。大企業の女性リーダーが大半だという。
AIのマッチングについては、最初にメンター、メンティーとも「話したい・話せるテーマ」の登録や、働くことへの価値観、性格特性などのアセスメントテストを行う。また自由記述で現在のキャリア状況などを記し、自然言語処理で情報を読み込む。それらの内容を基に、ベネッセが開発した独自アルゴリズムを用いたAIがマッチ度の高い3人のメンターをピックアップする。その中からメンティーが話したいメンター一人を毎回選択することになる。マッチングは、単なる相性を見るのではなく、メンタリングの満足度、そしてキャリア展望の広がりなどへの寄与度が高い項目を、これまでの膨大なトライアル結果の分析から抽出しているのが大きな特徴だ。
社外の人が相手となるため、メンター、メンティーとも守秘義務に同意する必要がある。また、ベネッセを含め第三者が実際のメンタリングに入ることは一切なく、個人情報の提供も一切ない。サービス依頼企業にも会話の内容は共有されない。「競合指定でマッチングしない企業を指定することも出来ます。メンター、メンティーのこれまでの転職情報も反映されており、過去の所属組織の人とも出会わないようにしています」。
半年間のプログラム終了後には、メンタリングで得た自分のキャリア観を棚卸し・言語化するためのフォローアップ研修を実施。その後、メンティーの変化や組織課題などについての分析レポートも企業に提供される。それを基に次の活躍支援につなげていくのが理想だ。
すでに帝人株式会社やセイコーエプソン株式会社、京セラ株式会社、株式会社神戸製鋼所などが導入済みとのこと。製造業をはじめ、女性の管理職が少ない企業の導入が目立つという。
このサービスを発案した白井氏も、子育てと仕事を両立する中で「どこかにいる、似たような状況の先輩に相談したいだけなのにとずっと思っていました」と笑顔を見せる。
たとえ自分の近くに目指したい女性リーダーは少なくても、世の中全体で見ればたくさんのサンプルがいる。そうした人との出会いを、会社の枠を超えて創出できるか。自己効力を高めるための代理経験を生み出せるか。今後、企業が女性活躍を進める上で大切になるだろう。
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