2024年問題や、カーボンニュートラルに向けた輸送時のCO2削減など、物流やサプライチェーンの大きな改革が求められている。こうした状況下において、物流事業者や自社のサプライチェーンを管轄する担当者は何をすれば良いのだろうか。そんな中で行われたのが、物流業界カンファレンス「Logistics DX SUMMIT 2024(以下、LDS)」である。本記事ではその内容をレポートする。
企業が悩む、物流担当役員の「役割」とは何か
今年で2回目の開催となったLDSは、貿易業務を可視化・効率化するクラウドサービスを提供するスタートアップ企業、Shippioが主催するイベント。オープニングとともにステージに上がった同社代表取締役CEOの佐藤孝徳氏は、今回の主旨として、物流やサプライチェーンのDXにとどまらず、「産業そのものを大きく転換するIX(インダストリアルトランスフォーメーション)を考えたい」と口にした。実際、この日のテーマには「インダストリアルトランスフォーメーションへの道筋」という言葉が掲げられていた。
開会に際して、経済産業副大臣 兼 内閣府副大臣の岩田和親氏からもビデオメッセージが寄せられた。「物流の2024年問題に立ち向かうため、経済産業省ではトラックの荷待ち・荷役作業時間の短縮や積載率の向上といった物流効率化に資する取り組みを融資に義務付ける法案を国交省とともに提出し、可決成立しました。これらを実現するには、DXを推し進めることが重要です。官民省庁と連携して取り組みを進めていきたいと思います」と述べた。
最初のセッションでは、『DXの思考法 日本経済復活への最強戦略』(文藝春秋)の著者であり、東京大学未来ビジョン研究センター 客員教授や経営共創基盤のシニア・エグゼクティブ・フェローを務める西山圭太氏から、DXの本質や、それによるサプライチェーンの進化について語られた。
西山氏は、AIを含め、多くのデジタル技術の本質は、さまざまな課題の「解き方を解いている」ことであり、だからこそ「業種や領域を超えてさまざまな企業が同じ技術を使える」と指摘する。そしてこれらを最大限活用するには、旧来の縦割りではなく横割りで業務を行うことが重要だと話す。
特に物流やサプライチェーンは「縦割りでの業務が難しくなっている」 とのこと。理由として、「ある地点から別の地点に時間通りモノを運ぶことに加え、CO2排出量の低減や効率的なルート探索など、今までにない多様な要素を勘案して対応しなければならなくなりました。すると、特定の業務に特化した縦割りでは難しくなります」と言う。デジタル技術を使って横割りで幅広く課題を解く必要があり、それこそが物流DXの意義だと口にする。その上で、組織も縦ではなく横につながる組織に変換する必要性があると述べた。
続いて行われたパネルディスカッションでは、CSCO(最高サプライチェーン責任者)やCLO(最高ロジスティクス責任者)といった「物流担当役員」が務める“役割”について議論がなされた。
政府は、2023年に発表した「物流革新に向けた政策パッケージ」にて、物流担当役員の配置義務に言及している。一方で、「物流担当役員がどのような役割を担えば良いのかわからないという声も多い」と話すのは、本企画のファシリテーターを務めた野村総合研究所 未来創発センター シニアチーフストラテジストの藤野直明氏だ。そこで、各業界からゲストが登壇して意見を交わした。
丸井グループの元副社長 執行役員であり、物流部門の責任者を務めた経歴もある佐藤元彦氏は、物流担当役員の役割について、「対外的にはビジネスモデルを変えることが挙げられます」という。「例えば多くの百貨店は、各アパレルの在庫状況を把握する仕組みがありません。それをリアルで捉えられればビジネスモデルが変わります」。大切なのは、物流をコストではなく戦略に引き上げることだと話す。
「物流クライシスの中で、サプライチェーンに存在する各社の部分最適ではなく、全体最適に持っていくことが重要です。ここに物流担当役員の役割があると思います」。そう話すのは、日清食品 常務取締役 サプライチェーン本部長 兼 Well-being推進部長の深井雅裕氏。社内においても「データ標準化などによって各部門を横串でつなぐ必要があり、この作業には経営の視点が必要になるでしょう」という。
DXとともに物流の「商慣行を変えること」が重要であり、そこに物流担当役員の意義があると語ったのは、YKK AP 執行役員CLO 兼 ロジスティクス部長の岩﨑稔氏。サプライチェーン全体で輸送方式などを改善していくには「組織の垣根を超えて行う必要があります。それは役員の立場でないと提案しにくいでしょう」と話す。
増える物流業界のM&A、やり方次第では「落とし穴」も
物流業界のトレンドとも言える「大企業とスタートアップの協業・M&A」に関するパネルディスカッションも行われた。M&Aの仲介業を行うストライク 代表取締役社長の荒井邦彦氏は、同社集計データをもとに、直近5年の物流関連のM&A件数が伸長していることを紹介した。特に2023年は全業界でM&Aが盛んに起きたが「その中でも物流業界の伸びは顕著です」と話す。
理由は人手不足で、「人材を採用できる、育てられる、(離職させず)グリップできる企業がM&Aの買い手に回り、できないところは売り手に回っている状況」だと分析する。両社合意の上ではない“同意なき買収”も物流業界で増えている。これらはリスクも伴うが、それでも企業が行うほど「なりふり構わない状況になっているのでは」と指摘する。
当日は、大企業とスタートアップのジョイントベンチャーで生まれたハコベルの代表取締役社長CEO、狭間健志氏も登壇した。ハコベルは、もともとスタートアップ企業、ラクスルの一事業だったが、2022年にセイノーホールディングスとのジョイントベンチャーで新会社が設立された。
狭間氏は、M&Aには「足し算と掛け算の二種類がある」と口にする。足し算のM&Aとは、他社と組むことで設備や人員を増やし、規模の論理で生産原価やコストを下げて利益率を上げる製造業に多い手法。掛け算は、自社にない技術やファンクションをM&Aで補完するものと自身で定義する。
その上で、物流・運送業は掛け算のM&Aが向いていると指摘する。なぜなら、足し算のM&Aでトラックなどを増やし規模を大きくしても、この業界は人の流動性が高く、M&Aを機に人が離れてしまうなど「人材がついてこないという落とし穴があるのでは」と話す。
これに対して、荒井氏も「機能を補完する掛け算のM&Aなら、働く人も自分の能力で相手(買収先)の会社に貢献できるので、人材のグリップ力も高いのではないでしょうか」と話す。
次のセッションとして、経済産業省 産業技術環境局 環境政策課長の大貫繁樹氏が登壇し、日本政府が目指すGX(グリーントランスフォーメーション)やカーボンニュートラル実現に向けた、政府と産業界のシナジーについて語られた。
脱炭素は急務だが、「あくまで経済成長や産業競争力の強化とともに行わなければなりません」と大貫氏。その実現を目指すのがGXだと述べた。「物流業界は2024年問題に直面しています。その解決策として行う共同配送や運送の効率化は、CO2排出量の削減をはじめ、GXにも寄与するものです」。
政府は大規模な金融支援を行う方針だが、一方で、企業や業界からもいろいろな取り組みのアイデアを「積極的にご提案いただきたい」と伝える。脱炭素化やカーボンニュートラルも世界競争であり、先に実績を作った国が世界のルールを決める可能性もある。日本が先行するためにも、産業界からの意見を求めているという。
各社が行う物流DX、「落ちている金を拾う」事例とは
イベント後半では「儲かる物流DXの先進事例」と題したパネルディスカッションも行われ、さまざまな企業の取り組みが語られた。
「荷物を運ぶコンテナにIoTセンサーをつけ、温度・湿度管理の高度化や、普段と違う状況を検知した際にアラートを出してクイックに対応するなどの取り組みを行っています」。自社の行っているDXをこう紹介したのは、コンテナ船事業を展開するOcean Network ExpressのDigital Yield Management Senior Vice President である道田賢一氏。こうした仕組みで顧客に新しい価値を提供しているという。
荷主企業の観点で自社の物流DXを紹介したのは、三菱食品 取締役常務執行役員 SCM統括の田村幸士氏。DXの中身は大きく物流の「可視化」と「最適化」があり、前者では「このたびの法改正により、荷主企業も自社の荷物の配送ルートや積載率、CO2排出量などを見る必要が出てきました。そこで可視化を進めています」と話す。
後者については、三菱食品ではトラック輸送の空きスペースをシェアする物流サービス「trucXing(トラクシング)」をローンチし、トラックなどに空きスペースがあった際、他のメーカーの荷物を載せることを可能にした。「メーカーさまにとっても、荷物を運ぶ運送業者さまにとってもwin-winのシステムです」と話す。
同じく「スペースの有効活用」を実現する取り組みを紹介したのは、SAPジャパン コーポレート・トランスフォーメーション ディレクターの村田聡一郎氏だ。村田氏は、愛知県にある運送会社、尾張陸運の伊藤光彦氏と「合い積みネット」という仕組みを構築した。名前の通り、複数の荷主の荷物を同じトラックで運ぶ“合い積み”を行うという。
この仕組みの利点として、まずは運送会社が「今日から始められること」を挙げる。複数の荷主の荷物をまとめて運ぶだけであり、大掛かりな準備は必要ない。さらにもう一つの利点として、「基本コストはもともとの荷主が支払っているため、合い積み分はそのまま利益になります」とのこと。これまでの実証実験では、合い積みにした場合、通常より約3〜4倍の利益になったという。
このセッションの後半では、物流のDX、特にX(トランスフォーメーション)を進めるために必要なことを話し合う展開に。道田氏はデータ活用をポイントとし、そのために「データの標準化が必要です」と話す。あらゆる情報を標準化すると、次の利益を生む源泉になると考える。
村田氏は「落ちているお金を拾うことが大切」だと口にする。「新しい事業を考えるのは大変ですが、落ちているお金を拾うのはハードルがそこまで高くありません。合い積みネットもその一つです」。とりわけ余地があるのは人にまつわる業務であり、それらを一つ一つ見直して改善できるものはどんどん行うことが大切だと述べた。
DXを進める上で、「人の考え方を変えるだけで無駄は減るはずです」と語気を強めたのは田村氏だ。「これまでのサプライチェーンは、閉じた世界で部分最適の積み重ねをしてきた部分が多々あります。隣の部門、さらには他社と話すことがありませんでした。しかし今の状況を見たら、これまで通りでいこうとは言っていられません。開いたサプライチェーンへと転換する追い風が吹いています」。その上で、「もっとテクノロジーを信じましょう」という。
本セッションのファシリテーターを務めたローランド・ベルガー パートナーの小野塚 征志氏は、DXの一歩目として「この作業は人でなければ出来ないといった“人間の思い込み”をやめることから始めるのがポイントかもしれません」と感想を述べた。
この後、最後のセッションとして福岡ソフトバンクホークス 元監督の工藤公康氏が登壇した。「組織を動かす信念と覚悟~未来を見る・創る・ひらくために~」と題し、監督としての経験を踏まえながら、組織を動かすリーダーの信念や覚悟について触れた他、一軍から三軍まで連携しながら選手を成長させた方法論について語られた。
Shippioの佐藤CEOは「AIやプラットフォームといった技術は、指数・関数的な進化を起こすのが特徴です」と話していた。最新の技術を取り入れて物流DXを進めることで、飛躍的な進化を起こす可能性もあるだろう。それにより、産業自体の転換、インダストリアルフォーメーションに発展するのかもしれない。是非この機会に一度、当たり前になってしまっている現在の流通フローを、新たな視点で見直してみることをおすすめしたい。
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