2023年末には中村勘九郎ファミリーの人気ドキュメンタリー『密着!中村屋ファミリー』のシリーズ最新作がテレビ放映。また、年明けには池波正太郎原作の時代劇ドラマ『鬼平犯科帳』が松本幸四郎と市川染五郎で復活し、5月には劇場版も公開されます。歌舞伎界ならではの親子関係や縁者、一門、屋号とは? 同じ姓や兄弟でも屋号が違うのは? 歌舞伎ならではの家族の物語をご紹介。
文=新田由紀子
中村屋を継ぐものたちの「毛振り」
1月13日、ホテルオークラでは「中村勘三郎十三回忌追善偲ぶ会」に、1140人にも及ぶ献花者が集まり、その顔ぶれの豪華さが話題となった。この後、1年かけて全国で追善公演が行われる。
皮切りとなるのが、2月の歌舞伎座「十八世中村勘三郎十三回忌追善 猿若祭二月大歌舞伎」(2月2日~26日、※休演・貸切日あり)。夜の部の「連獅子」は、獅子が谷底に落として上がってこられた子だけを育てるという伝説をベースとした舞踊だ。
親獅子が子獅子を千尋の谷へ蹴落とし、気がかりで谷底をのぞきこんでいると、子獅子がみごとに試練に打ち勝って岩を駆け上がって来る。後半は揃って激しい「毛振り」(獅子に扮した役者がたてがみに見立てたかつらの長い毛を振り回す様子)を見せるもので、実際の親子で演じられることが多い。代々演じてきた中村屋一門にとって、縁の深い出し物である。
「十七代目中村勘三郎(1909~1988)はかなり高齢になっても、亡くなった息子の十八代目勘三郎(1955~2012)と踊っていました。十七代目は体力的に衰えていたのに、それでも父獅子の風格を感じさせる名舞台だったといいます」と語るのは、月に1回は劇場に足を運ぶという田中正二さん。田中さんは歌舞伎好きの妻と結婚してから20年、お供で見始めた歌舞伎にすっかりはまってしまったという50代だ。
2007年、十八代目勘三郎が子獅子役と二人ではなく、勘九郎と七之助という息子二人を子獅子として従えて三人で踊った映像は「シネマ歌舞伎」としても残っている。2022年には、今度は勘九郎が親獅子役、そして長男の勘太郎が史上最年少の9歳で子獅子に挑戦した。
「小さな体で数キロもある獅子の毛を何十回も振り回す『毛振り』がうまくいかず、勘九郎に叱られて泣きながら稽古する様子もテレビで放映されていました。そして今回、中村屋は、弟の長三郎(10歳)にも、兄の勘太郎と同じチャレンジの機会を与えたいと考えているのでしょう。
十七代・十八代勘三郎はいずれも、その時代の観客に圧倒的に愛された名優で、踊りも上手かった。勘九郎(42歳)も若い頃から飛びぬけて上手い。中村屋を継ぐものたちは、高いハードルに挑まなくてはならないんです」
今回は、小さな長三郎の子獅子が、勘九郎の親獅子に合わせて必死に踊るのが見どころ。将来は息子二人が成長し、親子三人が同じぐらいの背になっての勇壮な「連獅子」を見られるだろう。さらに年月が流れ、息子たちが年を取った勘九郎をいたわりながら踊る日も来ることだろう。
「今回の連獅子は、そうしてつむがれていく中村屋の歴史のひとつとして残る舞台となるんです」
父が子を厳しく育てるドラマ「連獅子」
歌舞伎では「家の芸」ということがよく言われる。古典歌舞伎の稽古期間は、1週間程度と他の演劇に比べて極端に短い。特に御曹司たちは、それぞれの家に代々伝わる「家の芸」が身体に入っているはずだからだ。セリフや所作を覚えるためにみんなで稽古するなんていうことは必要ないのが前提。その背景には、親たちと一門の必死の継承努力がある。
「梨園の父と子は、親子であると同時に、芸を受け継がせていく師匠と弟子の厳しい関係でもあります。私も初めは驚きましたが、歌舞伎の家の御曹司たちは、小さい頃から、日舞、長唄、三味線、義太夫、お茶や謡などなどたくさんの芸事を身に付けなくてはならないんですよね。
遊びたい盛りの男の子を、小さいときからお稽古に通わせるのは、親たちにとってもさぞ大変なことでしょう。5歳や6歳の初舞台から、観客の前で行儀よく座ってそれなりの芸を見せられるように育て上げる。厳しく叱りすぎたらイヤになられてしまうけれど、子どもかわいさに甘い顔を見せるわけにはいかない。役者たちは、妻やお弟子さんたちと一緒になって歌舞伎の名門を次代につなげていくという大きな課題に取り組むわけです」
歌舞伎に限らず、どこの世界でもそうだが、父親に反発する時期もあるし、かなわないと感じてすねてしまう時期もある。
「私もそうでしたが、たいがいの男は高校生にもなったら父親とはなるべく話したくないですよね。歌舞伎ではそんな父と子が芸を継承する定めを負って、息子を谷底に蹴落とす獅子の物語を演じる。そこに実生活も重ねて見えてくるのが、この演目の面白いところです」
元になっている能でも親子で演じられることが多く、歌舞伎では、十二代目市川團十郎(1946 ~2013)と当代團十郎(46歳)、松本白鸚(まつもとはくおう・九代目松本幸四郎81歳)と当代幸四郎(51歳)、片岡仁左衛門(79歳)と孝太郎(55歳)など、多くの父子が踊ってきた。歌舞伎ビギナーもぜひ観ておきたい演目の一つだ。