複数税率に対応した消費税の仕入税額控除の方式として、2023年10月1日から、適格請求書等保存方式(インボイス制度)が開始される。企業はその対応に追われているが、果たして、どの程度まで準備を進めておけばいいのか。税務の専門家であるデロイト トーマツ税理士法人 Tax Technology Consulting パートナー 春日 誠 氏とシステムの専門家である ウイングアーク1st株式会社 新井 明 氏が、受領側の取るべき対策と、国際的な標準仕様『Peppol』とその日本版『JP-PINT』について語る。

企業のインボイス対応は運用開始後に本格化する

新井 明 氏(以下敬称略) 適格請求書保存方式(インボイス制度)の導入が今年10月に迫っています。税務の専門家のお立場から、企業の対応状況をどのようにご覧になっていますか。

春日 誠 氏(以下敬称略) 各企業、最終的な対応を進める段階に来ていますが、すべてに完璧な状態で制度開始を迎えられる企業は多くはなく、どの企業も一定の不安を抱えているのではないかと思います。インボイスには発行側と受領側とがありますが、特に受領側では経費精算などで全従業員の実務に影響を及ぼすという特徴を持っています。取引先などから請求書や領収書を受け取ったら、その取引先が適格請求書発行事業者なのか、その書類がインボイスの記載事項を満たしているかどうかの確認がプロセスに加わるからです。

消費税インボイス制度適応前後の主な変更点
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新井 発行側は、発行する書類に適格請求書発行事業者番号が記載されるようにシステムを改修すればいいのですが、受領側はそれだけでは不十分ですね。

デロイト トーマツ税理士法人
Tax Technology Consulting パートナー
春日 誠 氏

春日 はい、社内周知やトレーニングが不可欠です。ただ、現時点で、そこまで十分な対応ができている企業はごく僅かでしょう。各企業が今の時点で抱えている不安は、運用が始まってからでないと解消されないのではないかと思います。

新井 ベンダーの立場から見ても同意見です。正解がないなか、受領側のお客様は手探りで自社に最も適した効率的な方法を探られているという印象で、私たちもその点を含めた提案が求められていると実感しています。

春日 請求書を受領する側は発行側をコントロールすることはできないので、日々、取引先から郵送やメールで送られてくる様々なフォーマットの請求書一つひとつが、適格請求書としての記載事項を満たしているか確認しなくてはなりません。さらに、請求書とひとことで言っても、そこには返品による売上返還や前月・前週の修正などが含まれていることもあります。

新井 おっしゃる通りです。適格かどうかはシステムでもチェックをするのですが、本当にヌケモレがないかどうか、最終的には人手によるチェックも必要だと感じています。

標準仕様『Peppol』は世界約30カ国で導入済み

新井 請求書や発注書など、請求に関して企業間でやり取りされる電子文書については国際的な標準規格がすでに存在していますね。

春日 「文書仕様」、「ネットワーク」と「運用ルール」について定められたグローバルな仕様に『Peppol』があり、欧州を中心に30カ国以上で利用が進んでいます。売り手も買い手もPeppol上のアクセスポイントを通じてインボイスを送受でき、そのデータはPeppolに対応した社内システムに自動的に取り込めるため、業務が効率化されます。

新井 手入力したり、OCRを利用したりせず、データをそのまま取り込めるのがポイントですね。

春日 そうです。データをそのまま取り込める同じような仕組みにEDIがありますが、EDIの場合は、同じEDIシステムを導入した企業同士でしか、効率化が実現していませんでした。しかしPeppolの場合は、各社で異なるシステムを使っていても、そのシステムがPeppolに準拠していれば相互にやりとりできます。

ウイングアーク1st株式会社
Business Document事業部 副事業部長
新井 明 氏

新井 日本でもPeppolが標準仕様となり、インボイスもこのPeppolに準拠した電子書類になれば、さきほど申し上げたような人手による最終チェックが必要なくなるので、効率化に非常に有効だと思います。そのメリットを享受するには、春日様もご指摘の通り、発行側も受領側もPeppolに対応している必要があります。弊社が今年の春に実施したアンケート調査でPeppolを意識したサービス選定を検討している企業さまは2割程度という結果が出ましたが、私の体感としては2割という結果も高い印象があり、実際に企業の皆様とお話しをさせていただくと認知度はまだそれほど高くないというのが私の実感です。おそらく10月1日以降、各社が様々な請求書への対応をしていくなかで、標準化が必要だと実感された方々が、具体的にPeppolの採用を検討し始めるのだろうと思います。

Q|Peppol(ペポル)を用いた商取引に対応する予定ですか。
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春日 私もそう思います。多くの企業にとっては、実務を進める上でさらなる効率化を求めた時、Peppolが選択肢に挙がることになるのでしょう。

新井 日本では、そのPeppolに準拠した日本標準仕様として『JP PINT』がありますね。

春日 日本の法令などを考慮したもので、2023年6月末時点では適格請求書の標準仕様と、仕入明細書、区分記載請求書の標準仕様案が公開されています。

新井 ただ、あまり細かくは規定されていないため判断に迷うところもあります。

春日 税法上の観点については、法令に則った記載ができているかどうかを税務専門家や当局に確認しそれを反映させるという手段を取ることになるでしょうね。

大企業の率先した対応がPeppolを日本でも根付かせる

新井 システムをJP PINTに対応するように改修した後は、そこで受け取れる請求書の数を増やし比率を高めることが、さらなる効率化のためのステップになると思います。

春日 そうですね。インボイス制度の導入と並行して、電子帳簿保存法による電子取引情報の電子保存義務化が行われています。現在は一定の要件のもと紙出力だけの保存を認める宥恕措置期間中ではありますが、2024年1月1日以降は電子データとしての保存が必須となってきます。この電子帳簿保存法への対応として、多くの企業ではまずは義務化される電子取引情報の電子保存だけを対応し、紙で受領する書類は引き続き紙保存での対応としているケース、さらには電子取引情報の電子保存もローカルサーバーのフォルダ内でのマニュアル対応とされているケースも多く見受けられ、業務フローの複雑化、マニュアル作業の増加により、本来電子化により得られるメリットを十分に享受できていない企業もあるかと思います。
JP PINTに対応して受領した情報を自動で取り込み電子帳簿保存法対応も可能なシステムを導入した場合、取引をそのフローに寄せることにより効率化が進むことが考えられます。法改正を契機に業務オペレーション全体を見直し、スキャナ保存やPeppolなどの導入よる業務フローの統一・最適化に取り組み、単なる制度対応のためのペーパレス化ではなくDX化を推進して頂くのが望ましいものと考えられますが、今後実務が進んでいく中でそのような検討がされることになるでしょう。

電子取引の取引情報に係る電磁的記録の保存に係る宥恕措置、猶予措置
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新井 私たちもこれまで多くのお客様の電子帳簿保存法対応をお手伝いしてきました。その結果、使わなければならないツールが増えたというお客様も多くいらっしゃいます。取引先の指定するツールを使わざるを得ないからです。こうした経験をされているお客様ほど、Peppol、JP-PINTといった標準仕様に大きな期待を寄せられているのではないかと思います。ただ、こうした標準仕様は、1社だけが導入したとしても、その効率化のメリットはなかなか得られません。利用する企業が増えれば増えるほど効率化していくものだからです。その意味では、大企業が受領側の立場で、発行側に呼びかけることで、社会全体での利用率が上がっていき、効率化が進んでいくのではないかと思っています。

春日 私も、大企業の導入をきっかけに広がっていく形を想定しています。標準化されたシステムの採用は効率化を進めるのですが、その導入に当たっては負担も生じるので、そこを乗り越えるには、社会全体の標準化の流れが必要です。

新井 10月1日以降、実際のオペレーションをしながら生じた問題に対処し、周囲と歩調を合わせながら標準化を検討する、が主流の流れになるでしょう。本日はありがとうございました。

【イベント情報】
updataNOW23
会場:ザ・プリンス パークタワー東京
住所:〒105-8563 東京都港区芝公園4-8-1
日時:10月31日(火)15:10~15:40 (オンライン配信:11/1(水)・11/2(木))

「invoiceAgentユーザーに聞く!Peppol対応のデジタルインボイスの可能性」
2023年10月からのインボイス制度開始により、請求関連業務における書類の仕分けや適格請求書発行事業者登録番号の照合といった各種の作業負担の増加が想定されています。このような業務負担を軽減し、より早く正確な処理を実現する1つの方法として、標準規格である「Peppol」に対応したデジタルインボイスの活用があります。現在Peppolを利用したデジタルインボイスの送受信を検討しているユーザー企業をお招きし、実証内容や課題、今後の期待する効果についてお話しいただきます。

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