社会環境の複雑さは増し、テクノロジーの進歩が世の中を大きく変えようとしている。これからVUCAの時代で成長し続けるためには、市場の変化に素早く柔軟に対応し続けられる「デジタル組織」への変革が必要だ。日本最大級のSIerとして大規模アジャイル開発を推進するNTTデータは「100年に一度の変革期」ともいわれている自動車業界の顧客接点変革に取り組む中で「企業がぶつかりやすい2つの障壁」に気づいたという。大規模アジャイルフレームワーク「SAFe」を活用したデジタル組織変革の事例から、DXを成功させる組織づくりの課題に迫る。

※本コンテンツは、2022年12月22日に開催されたNTT DATA Next Gen Future vol.25「DXを成功させる組織づくり・マインド変革 事例に学ぶ、ぶつかる壁と乗り越え方」の内容を採録したものです。

VUCA時代の組織とは、安定的に変化対応できる組織

「安定的であること、そして変化対応していくことは相反しているように聞こえるかもしれません。しかしここでいう変化対応力とは、状況に応じて柔軟かつ迅速に意思決定を行う決断力と、意思決定した内容を迅速に実行・実現していく即応力、これら両方を継続的に発揮していくことを指します。それらを必要な局面だけでなくコンスタントに発揮していくためには、個人ではなく組織としての対応が求められます」

 株式会社NTTデータ 第一製造事業部の鳥尾健太氏は安定的に変化対応できる組織の形態とは「デジタル組織」であると提言し、デジタル組織の特徴を「自ら変化を起こしていくための仕組み化ができる組織」と表した。

「例えば私はこれまで基幹系システム刷新などを担当してきました。そうした既存のプロジェクトにおいては、個別の要件を全て整理したり、あるいはその要件に合わせた計画を着実に遂行したりすることが重要任務でした。しかしVUCA時代は違います。『常に変わっていくこと』が大前提であるため、自らが変われるように周辺環境を変え、仕組み化していくことがポイントになります」

 では、鳥尾氏が考えるデジタル組織の構成要素は、どのようなものか。同氏は「マインドセット」「プロセス」「ルール」「ロール」「ガバナンス」「ツール/データ」の6要件を挙げた。

「例えば『プロセス』なら、1カ月に1回とか3カ月に1回といった具体にリリースサイクルを確定させ、それら一定周期の中でそのとき最も価値が高いと思うスコープを定める。『ツール』であれば、要件に合わせて個別構築するのではなく、アーキテクチャのトレンド変化に対応できるよう世の中で主流のベストプラクティスを意識し、ソリューションをうまく組み合わせることを優先する。そしてこれらを遂行するためには、期初に最大限計画を立てるようなこれまでのやり方から脱却し、トライ&エラーを繰り返しながら限りあるリソースで最大価値を目指す『マインドセット』に切り替えていかなければいけない。こうした組織の構成要素全てにおいて、変化が起きるよう仕組み化できている組織こそが、デジタル組織であり、VUCA時代を生き残れる組織だと考えます」

大規模アジャイルフレームワーク「SAFe」による変革を支援

 VUCA時代を生き残るための組織変革の有効手段として、NTTデータはScaled Agile(SAI)が提供・公開する「SAFe」(Scaled Agile Framework)を活用している。同社は、2016年ごろからスモールスタートで組織改革に着手し、2018年にはSAFeをプレ導入。以降2020年までの5カ年計画の中で適用範囲を拡大させた。

 さらに2020年9月にはSAIからグローバルでのSAFeに関するサポート体制を認められ、世界で3社目(日本企業初)の「Global Transformation Partner」に認定。現在は、国内外の顧客に向けて「SAFe導入による組織変革」の支援を行っている。

 そもそもSAFeは「企業規模でアジャイルプラクティスを実装するためのフレームワーク」だ。アジャイル開発に不慣れな企業であっても、SAFeを導入することにより全社的なアジャイル組織へと変貌していくことができる。

 SAFeの大きな特徴は「ITシステムの開発チームだけに焦点を当てたものではなく、ビジネス(業務)および組織経営(ポートフォリオ)のレイヤーにも適用できる」点にある。

 基本的には、PORTFOLIO(経営陣・マネジメント層、組織の戦略やポートフォリオにもとづきプロダクトやソリューションの企画を行う)、LARGE SOLUTION(大規模システム・プロダクト開発において複数のプロダクトを統合しソリューションを提供するグループ)、ESSENTIAL(複数のアジャイルチームとそのチームの集合体であるAgile Release Train=ARTで構成されるSAFeの基本的な組織構造)に分割され、上の経営層から下の開発現場まで、全レイヤーが一貫して組織で提供価値の最大化を目指す。

企業がぶつかりやすい障壁——①プロダクトオーナー問題

 鳥尾氏は、自動車業界における顧客接点領域のDX推進をミッションとする中で、ある自動車メーカーでのSAFe導入を担当した。その経験から「ぶつかりやすい2つの障壁」に気づいたという。

「1つ目の障壁は『プロダクトオーナー問題』です。通常の開発案件においてプロダクトオーナーに課せられる最も重要な役割は、価値の高さから優先順位を判断することです。SAFeにはCost of Delayと呼ばれる概念(デリバリーが遅れた場合に損するコスト=ビジネス価値+時間的制約+リスク軽減・機会創出)がありますが、慣例化した業務や特定の人の声、システム制約などが阻害要因となり、Cost of Delayによる判断を鈍らせます。そうした前提がある中でもプロダクトオーナーがしっかりと判断していくためには、価値を可視化し判断材料として“使える”状態にしておくことが非常に大切。それを仕組み化したものがKGIやKPIです。戦略との整合性が取れていることはもちろん、関係者間で合意し、KGI・KPIを判断のよりどころとすることがポイントになります」

 さらに鳥尾氏は、プロダクトオーナーに求められるスキル範囲の広さについても言及する。具体的には、マーケティングなどの業務知識やビジョン戦略・理解といった「ビジネス観点」、ソリューションや開発技術・主要整理の勘所といった「デジタル技術」、会社組織の癖を理解した上で関係者との調整を進めていく「文化の観点」など広範囲にわたり、個人でカバーするには限界がある。

「この問題を解決するには、自社と顧客との混成チームを構築し、相互にスキルをカバーできる状態にしておく方法が有効です。例えば、顧客のプロダクトオーナーが業務部門の場合、ビジネス価値にもとづくスコープ管理や優先順位判断を得意としますが、開発に関する知見は少なく、開発の勘所を押さえた要求仕様や受入基準の整理を苦手とする傾向にあります。またシステム部門ならば、それとは逆の傾向になります。相手側のスキルセットによって補完する領域を見極め、かつ相手に合わせながら自社の要員構成を考えると、チーム全体としてカバーできるようになります。また組織文化は暗黙知化されがちなため、外の視点から形式知化としていくのが有効です」

 このように、顧客の状況に合わせてバランスを勘案した要因構成を取り、さらにプロダクトオーナーにコーチをつけて第三者視点でアセスメントをしていくことで、広範なロールを機能させていくことができるという。

企業がぶつかりやすい障壁——②外部システム連携問題

 企業が「ぶつかりやすい2つの障壁」の2つ目は、「外部システム連携問題」だ。サービス提供を行う中で共同開発を行う多組織・多システムのプロジェクトは、ウォーターフォール型であることも多い。アジャイルとウォーターフォールは考え方が全く異なり、両社がスムーズな連携をとるためには工夫が必要になる。

「そうした異なる手法を共存させるには、共同実施する部分と個別並走可能な部分の緩急をつけ、合流時期とインターフェースを明確にして取り組むことが大切です。なおこのとき、緩急をつけてもコミュニケーション自体は密にとることがポイントとなります。対面とオンライン両方のコミュニケーションがしっかりととれるように環境を整備しましょう」

 また、多くの業界の基幹システムは重厚長大で、複雑な業務仕様・データ構造の場合が多く、直すにはたくさんの時間を要する。一方でそのようなシステムは、顧客の業務の中でも重要なプロセス・データを長期保持していることが多く、価値の拡大のためにはデータ活用・システム連携が重要となる。鳥尾氏は、「例えばAPIのような疎結合につなぐことができるアーキテクチャを活用したり、周辺にある機能のみを切り出して新しくつくり直したり、小さく切り出して疎結合につなげることを意識するのが大事」と話す。

「しかしこれは共通の解があるというよりは、それぞれの基幹システムに合わせたやり方を探すことが大切です。自分たちが実現したいことと既存システムの両方の理解を深め、関係者と地道に議論を積み重ねるしかありません」

 国内外の市場は常に予測不可能な状態である。その状況下でもエンタープライズ企業が成長を続けるには、早急に組織改革を行わなければならない。冒頭の鳥尾氏の言葉にもある通り、「VUCA時代の組織とは、安定的に変化対応できる組織」を形成するための手法の1つが、ここまでに紹介してきたSAFeだといえるだろう。


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