早稲田大学商学学術院 商学部 教授 谷本寛治氏

「SDGsブーム」といわれる昨今、テレビやWebメディアでその言葉を聞かない日はない。その一方で、「SDGsウォッシュ」と呼ばれる上辺だけの取り組みを批判する声も出てきており、企業にはSDGsの達成に寄与する本質的な取り組みが求められている。SDGsの取り組みが上辺だけになる原因は何なのか。そうならないために今、どのように進めるべきなのだろうか。 「企業と社会」「サステナビリティ経営」に関する研究に精通した早稲田大学商学学術院 商学部 教授の谷本寛治氏に話を聞いた。

SDGsウォッシュ回避のために、まず 「なぜ取り組むのか」を考える

――SDGsに関する取り組みが上辺だけのものになってしまうのは、どのような問題があるからでしょうか。

谷本 寛治 氏(以下、谷本氏) 一番の問題は、多くの企業が「なぜ、CSR(企業の社会的責任)が問われるのか」「なぜ今、SDGsに取り組まなければならないのか」という背景を理解していない点にあります。

 SDGsが日本で話題に上がるようになったのは、 ここ5年ほどのことですが、このような動きは突然始まったわけではありません。世界はもっと前から動き始めていました。

 持続可能な世の中に向けた国際的な 議論は1990年代から広がり始めました。 1992年、リオでの国連の環境サミット以降、ヨーロッパでは国家戦略として「サスティナブル・ディベロップメント(持続可能な開発)」を徹底するようになり、北米でもさまざまCSRに関する新しい動きが出てきています。また、企業だけでなく、複数のステークホルダーと共に社会的な課題解決に向けた議論を進めていくことも、20年ほど前から取り組まれてきました。

――日本が乗り遅れていた、ということなのですね。

谷本氏 そうですね。しかし日本では、CSRもSDGsもESGも「急にブームがやってきた」と思っている人が多い。日本の中でブームになってきたから、「こんなに言われたら無視できないな」と、背景も よく理解しないままにようやく動き出した、という印象 です。そんな形で取り組むから、結果的に「CSRウォッシュ」「SDGsウォッシュ」といった状況に陥ってしまうことが多いのだと思います。

――なぜ日本は、そんなに出遅れてしまったのでしょうか。

谷本氏 国際的な動きに、日本が十分入り込めていないからだと思います。よくビジネスマンは「アンテナを立てる」という言い方をしますが、それは外から動きを見ていて、 遅れまいとしている状態です。CSRやSDGsの取り組みも同じで、日本はその動きの外にいる状態になってしまっているのです。

 脱炭素、あるいは希少な資源を持続可能に管理する方法といった国際基準は、ほとんどがマルチステークホルダーで取り組む ようになっています。そのオリジナルメンバーに日本企業が入って 、一緒に議論を進めていかなければなりません。もちろん、後から入って一生懸命取り組んでいる日本企業もありますが、大部分が「 出てきた動きに対していかに対応するか」という姿勢に終始しています。

「社会貢献」から「新しい市場をつくるための取り組み」へ

――企業はどのような考えでSDGsに取り組んでいくべきだと思いますか。

谷本氏 やはり企業のトップが「 会社全体の戦略 として位置づける」「本業としてイノベーティブに取り組む」などしっかり考える必要があります。担当だけに任せていればいいものではないし、会社の動きと取り組みが切り離されないようにしなければならないからです。

 SDGsの取り組みは、社会貢献的なイメージが強いので、どうしても「できることだけやればいい」と考えがちです。ただし、現在は「社会的な課題に対して、何かできることをする」のではなく、「社会的な課題に取り組むことで、新しいビジネスや新しい市場をつくる」といった方向性を理解する必要があります。

――あくまでもビジネスの一環としての取り組みが求められるわけですね。

谷本氏 そうですね。ボランティア的な取り組みも必要ですが、いろいろな社会的な課題に対して「自分たちがどういったビジネスプランや製品、サービスを提供できるか」を考えることが重要です。

 例えば、アウトドア用品などを手掛ける「パタゴニア」は、近年は食品事業も展開し、持続可能な農業や漁業に取り組んだり、服のリサイクルからサーキュラー・エコノミーのシステムを自分たちで作り出したりしています。これは、「SDGsの視点をビジネスに取り込む」というより「ビジネスそのものがSDGsになっている」状態です。そもそものビジネスの在り方が、社会に責任を果たせる形で考えられているのです。

現場を知れば、ビジネスへの取り組みが変わる

――そういったことができる人材の育成はどうしたらいいでしょうか。

谷本氏 Z世代の人たちがこれからを引っ張っていってくれるはずです。彼らは、SDGsの課題についての感度が非常に高い。十代の頃から学校やメディアでこういった話を聞いてきているし、子どもの頃から地球環境問題を肌で感じて育ってきていますから。SDGsに関する取り組みを考えていくうえで、まずは現場を知ってもらうことから始めることはとても大切だと思います。

 わたしたちは、貧困の問題があることは知っていても、世界の本当にシビアな状況を見たことはあまりないと思います。現場を見て「私たちの会社に何ができるのか」と考える。現場を見ることによって考え方や物事の見方が変わってくると思います。「現地企業や政府と連携したら、こんなことができるのではないか」「NGOと連携したらどうだろうか」と考え始めるはずです。外務省やJICAなどが、企業のそういった動きを支援しているので、それらの制度を利用しながら、現場を見て何ができるかを考えることも大事だと思います。

 企業のトップは、会社全体の中から強み・弱みを考えながら意思決定をしていく役割を担っています。ですから、若い人たちの背中を押して、彼らが見てきたことをもとに「なぜ、私たちの会社がこういった問題を解決するために、次のビジネスに取り組むのか」を社内で議論するきっかけにすればよいのではないでしょうか。

――経営者やリーダー層は、他にどういったことが求められるのでしょうか。

谷本氏 まず一つは、多様な人が集まる場を作り連携する、コラボラティブなリーダーであることですね。

 社会的な課題に対して「自社の経験や技術力を発展させて何ができるか」を議論する際に、一つの企業の人材と資源だけでなんとかしようと思っても限界がある。だからこそ、経済団体や関係性の強い企業と一緒に取り組んだり、NGOや大学と連携したりしながらプログラムをつくることが大事になってきます。

 また、新しい何かを生み出していく時には、今までのように、日本人で健常な中年の男性だけで議論していても何も変わりません。ですから、女性や外国人、ハンディキャップのある人、外部のNGOの人や研究者など、様々な立場の人が集まって意見を出し合いながら考えていく必要があります。そうすることが結果的に、オープンで持続的なイノベーションを生み出すことにつながるからです。そのためにも、さまざまな立場の人たちと連携できる力を持ったリーダーが求められています。

求められる「新しいリーダーシップの形」

――新しいリーダー像を考える上で、参考になるような例はありますでしょうか。

谷本氏 例えば、パタゴニアの創始者であるイヴォン・シュイナード氏は、以前「死んだ地球の上でビジネスはできない」と発言をしました。これは、地球が壊れてしまっては、株主も顧客も従業員もいなくなってしまうということを意味します。パタゴニアは「サスティナブルな取り組みは、自分たちがすべきことだ」とはっきり語っています。こういったビジョンを語り、引っ張るリーダーシップも必要だと思います。

 そして、先ほど言ったように、若者を後押し(エンパワー)する力も重要です。経営陣が課題の重要性などを語りつつも、10年後、20年後の会社の進む方向を考えるときには、若手にしっかり権限を委ねたり、予算を与えたりといったことをしてみる。そういった思い切ったことをしないと、新しいことは何も出てきません。

 ビジョナリーで、コラボラティブで、エンパワリングなリーダーであること。これが大事だと思っています。

――SDGsの取り組みを一過性のものにせず、継続していく上でのポイントを教えてください。

谷本氏 10年後、20年後に自分の会社は「どのようにありたいか」を考えることですね。為替の変動や国際的・政治的な議論によって1〜2年単位で変わる部分ではなく、「自分たちが何を目指すのか」を定めること。それこそが大事なのだと思います。

 そういったビジョンを語れるトップになるためにも、経営者は外に出て、国際会議 などに参加することをおすすめします。欧米には実務家や研究者が一緒になって議論する場がたくさんあります。そこで登壇する欧米のCEOは誰もがビジョンを語りますし、互いに刺激を受けつつ、連携してさまざまなことに取り組んでいます。そういった場所で起きている確かなムーブメントを、日本企業のトップのみなさんにも、ぜひ肌で感じていただきたいですね。

谷本寛治教授 ご著書のご紹介
『わたしたちの暮らしは世界とつながっている』
(千倉書房)2022/11/1発売開始

取材でお伺いしたお話しは『私たちの暮らしは、世界がつながっている』という視点を踏まえると、より深く鮮明に見えてくるはずです。本書は、温暖化や貧困やゴミ問題、そうした地球規模の課題解決に、私たちが直接果たせる役割を探る一冊となっています。

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