グローバルで比較した場合、日本企業の労働生産性や従業員エンゲージメントはいまだ低いという現実がある。一方、人事部門の多くは日々の業務に忙殺され、社員の働きやすさ・働きがい向上の施策実行にはなかなか至っていない。こうした状況を打開するには、人事・労務部門の業務の効率化が第一歩であり、さらにその先にある人事戦略へと人事DXを進めるためには、HRテクノロジーの活用が鍵となる。本稿ではその成功のポイントを、多彩な事例とともに紹介する。

※本コンテンツは、2022年4月21日に開催されたJBpress主催 製造・建設・物流イノベーションWeek「製造業人事DXフォーラム」のセッション「働きやすさ・働きがいを醸成するHRテクノロジーの活用 実践企業の事例から見る人事DX成功の秘訣とは」の内容を採録したものです。

生産性、エンゲージメント、ITへの期待値。数字が示す日本の労働環境の課題

「18位」。これは公益財団法人日本生産性本部が調査した「製造業の労働生産性水準」上位20カ国における日本の順位だ。2000年には1位だったものが、この20年余りで大きく下降、しかも少子高齢化の影響で、10年後には労働人口が800万人も減少するといわれる。残業をせずに現在の生産性を100%維持するためには、労働生産性を現状の1.5倍に引き上げる必要があるという。

 こうした具体的な数値を挙げて生産性向上の必要性を強く訴えるのは、HRテクノロジーを軸に労働生産性向上に貢献する、株式会社SmartHR執行役員VP of Sales中尾友樹氏だ。

 続いて中尾氏は、「37:66」という数字を挙げる。「従業員エンゲージメント」において、日本企業のポイントは37であり、グローバル平均の66に対して大幅に低いというものだ※。これは、雇用が流動化し「労働者に選ばれる職場であること」が必要なこの時代に、日本企業が労働者の信頼を勝ち取れていないことを示しているという。
※出典:クアルトリクス合同会社「低下する従業員エンゲージメントとその背景にある多様な課題」

「企業が優秀な人材を確保し定着させることは、より困難になっています。組織への愛着の度合いや仕事に対する満足度などを示す『従業員エンゲージメント』は、働きやすさ・働きがいの指標です。近年、企業経営の上でも重要視されているスコアであり、生産性や離職率を改善し、業績にも好影響を及ぼすことが知られています」(中尾氏)

 また企業のIT環境に関する数字に目を向けると、「自社のIT環境が期待どおり整備されている」とする社員は、日本ではわずか10%。42%の社員は否定的に捉えており、下図のようにアジア主要国と比べても、日本企業のIT環境は大きく遅れていることが見て取れる。逆に、コロナ禍におけるいわば強制的な業務のデジタル化は、むしろ好意的に受け止められている。

 中尾氏は「日々の業務のやりにくさが長期間にわたって蓄積すれば、生産性低下や業務負荷増大につながり、従業員エンゲージメントにマイナスに作用することが確認されています」と、HRM(人的資源管理)におけるIT環境整備の重要性を示唆する。

新たな役割に応える人事DXへの第一歩は「まず人事部門の業務効率化」

 一方、人事部門に求められる役割も大きく変わってきている。それは、人事をコストではなく積極的な投資の対象とみなし、経営戦略と連動した人事戦略を策定・推進することだ。しかし、中尾氏は「人事部門の業務は煩雑で、しかも高い正確性を求められるものが多く、依然そこにリソースを割かれている間は、変革の道は遠いと言わざるを得ません」と語る。

 SmartHR社の調査では「経営戦略に即した人事施策が失敗した要因」として、1位に「人手が足りず、追加の人員も得られなかった」、4位に「既存業務(年末調整など)に圧迫され、十分な時間が確保できなかった」ことが挙げられ、人手不足や既存業務の過負荷が原因だったことが判明している。

 採用、研修・教育はもちろんのこと、入社手続き、給与計算、社会保険、評価、企画、勤怠管理、年末調整など、人事・労務の既存の業務を回すだけでも手一杯で、腰を据えて変革に取り組む余地がない現実がうかがえる。

 さらに中尾氏は、「特に製造業では、人事業務がより煩雑になりやすい」と指摘する。まず拠点が多いため人事部門と現場に一定の距離があり、業務遂行やコミュニケーションに時間と手間がとられること。雇用形態・年齢・国籍の多様な人材を多く抱えており、労務処理が煩雑であること。加えて、オンプレミス型のレガシーシステムが長く使われ、法改正などに柔軟に対応しづらいことなどの理由による。

「こうした課題をクリアしながら人事DXを推進するための第一歩は、人事が何より自らの部門の業務効率化に取り組むことです」と中尾氏は強く訴える。HRテクノロジーを積極的に導入し、「業務の最適化」「人事情報の整備」「人事情報の活用」という3ステップを段階的に進めることが、人事DXの成功につながるという。

「3つの段階」別に見る日本企業のHRテクノロジー導入成功事例

 HRテクノロジー導入の1ステップは、「業務の最適化」だ。この成功事例として、まず三菱重工業における「年末調整、入社手続きのペーパーレス化」がある。手続きをウェブ化することで書類の配付・記入・回収が不要になり、大きなコスト削減が実現した。また個人のスマートフォンから操作できるため、会社PCを貸与されていない現場の従業員も自分で直接申請が行える。従業員が人事と直につながり、誰もがメリットを享受できるようになったことが成果の大きなポイントだ。また、既存の大規模基幹システムと情報連携したことで、前述の製造業ならではの課題もクリアできた。

 入社時だけみても雇用契約書の取り交わしや労働条件通知書など、人事・労務の業務では書類のやりとりが多い。しかも人事情報は全て個人情報であり、企業機密として厳重に取り扱う必要がある。中尾氏は「こうした一連の紙ベースのやりとりを電子ベースへ移行できれば、業務全体をセキュアかつ大幅に効率化できます」と示唆。このペーパーレス化に、オンラインで文書作成、締結、管理までが可能なSmartHRの文書配付機能が役立つという。

 製造機械のメーカーである島精機製作所では、文書配付機能によって、給与明細をはじめワクチンの職域接種案内までもペーパーレス化した。担当者の書類を扱う作業が月間で約10時間削減され、従業員からも「会社として一歩進んだ」という声が上がっている 。

 年末調整もHRテクノロジーで簡素化できる。産業機械メーカーの村田機械では、5000人の年末調整をペーパーレス化することで、約1万5000枚の紙を削減した。従業員がPCやスマートフォン上に表示されるアンケートに回答するだけで書面が作成され、人事側で確認できる。この際に、ウェブ申請が難しい従業員のための代理登録が必要になったケースはわずか2件だったという。

 また紙ベースからの移行では、申請・承認プロセスの電子化が必要だ。SmartHRには申請フォームを自由に作成する機能があり、給与振込口座や通勤経路の変更など一般的なものから資格取得申請といった企業独自のものまで、柔軟に対応できる。

 業務最適化ができたら、2ステップ目の「人事情報の整備」に進む。三重県に本社を置く自動車部品メーカーの安永では、給与明細や年末調整をペーパーレス化すると同時に、従業員情報の一元管理の実現を目指した。ペーパーレス化は全ての情報をデジタル化して、人事データの一元管理を可能にしてくれる。同社ではこれまで十種類ほどあった紙の申請をSmartHRの申請・承認の機能でまとめ、人事データに自動反映させる仕組みを導入。従業員の手間も減り、これまでさまざまな資料を見て確認していた従業員データをSmartHR上で見られるようになった。

 SmartHRのデータベース機能は、入社手続きをはじめ、各種申請・承認と連動してデータベースが作成される点がポイントだ。貸与品、車での通勤経路といった情報まで自由に項目を設定して、従業員の情報をきめ細かに管理できる。

 3ステップ目となるのは、「人事情報の活用」だ。この事例として中尾氏は、能率手帳シリーズで知られるNOLTYプランナーズを挙げる。同社では、手続きと連動して生成された人事マスターをもとに「従業員サーベイ」を実施した。「SmartHRの従業員サーベイ機能には、キャリアやエンゲージメントの状況を把握できるテンプレートが用意されています。部署・役職・入社年・雇用形態といった従業員情報を分析し、従業員の思いまでを可視化し、人事戦略へと活用していくことができます」と中尾氏は解説する。

全ての社員が働きやすく、働きがいを持てる環境を実現するために

 中尾氏は、SmartHRの100を超える導入成功事例には、共通するポイントがあるという。それは「全ての従業員が働きやすくなる環境づくりを見据えて、業務改善に着手していること」だ。人事部門は、全ての従業員とコミュニケーションを取ることが求められる。だからこそ自部門の業務の効率化を、サーベイなどの施策で積極的に推進しているのだという。

「HRテクノロジー導入の最大の利点は、人事部門が従業員と直接つながるのを可能にすることです。煩雑な手続きをペーパーレス化し、情報を一元管理し、サーベイによって従業員の状態や思いを可視化すること。これらは人事戦略を考える上で、非常に重要なステップであると確信しています」(中尾氏)

 SmartHRは、既にサービス登録社数が4万社以上の登録実績を持ち、製造業界における労務管理クラウドとしてもシェアナンバーワン※を誇る。人事DXを支援する多くの機能を提供しており、今後もさらに機能アップデートを進めていくという。
※デロイト トーマツ ミック経済研究所「HRTechクラウド市場の実態と展望 2021年度」

 多様な人材が働きやすく、働きがいのある職場づくりが、日本の活力となることは間違いない。そのための第一歩は人事部門自身の業務の最適化に他ならないと語り、中尾氏はセッションを結んだ。

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