保険業界から唯一「DX銘柄2020」に選出されたSOMPOホールディングス。同社グループは、2016年にDXの前線基地となる「SOMPO Digital Lab」を設立。これまでに300件超のPoC(概念実証)を行い、すでに50件以上を商用化している。その劇的ともいえるDXの推進は、システムづくりを担うIT部門の“共振”が肝となっている。同社グループのDXの旗振り役である、グループCDO 執行役専務の楢﨑浩一氏に話を聞いた。
自社で手を動かさない限り「本質」はつかめない
――楢﨑さんは2016年にグループCDO執行役員として参画されて以降、東京・シリコンバレー・テルアビブと3拠点で「SOMPO Digital Lab」を立ち上げてこられました。その役割について改めてお聞かせください。
楢﨑 浩一 氏(以下、楢﨑氏) 一つ目の役割が「アンテナ」です。新しいデジタル技術は、内部から自然に生まれてくるものではなく、外の良いものをどんどん取り込む必要があります。しかし、世界のデジタルの先進事例は、日本のコンサバティブな大企業には情報がなかなか入りにくいもの。だからこそ、先進的な企業や人、情報が集まる場所に“オープンポート=出島”を設けたわけです。
もう一つの役割は「PoCの拠点」です。現地の素晴らしいスタートアップの技術と、我々のエンジニアがその場でハックしたようなものをパッと組み合わせ、PoCをアジャイルに(敏速に)行っていく。仕事でも勉強でも自分で汗をかき、痛い目に遭ってみないと本質はわかりません。そこで当社では、PoCを外部任せにせず、できる限り内製で行っています。そのためにエンジニアやデザイナーの採用も進めてきました。
――テルアビブに拠点を置く理由はどのようなことでしょうか。
楢﨑氏 GoogleやMeta(旧Facebook)をはじめ、シリコンバレーにある主要企業でテルアビブに拠点をもたない企業は、私の知る限りありません。地理的にも人材・情報の集積地としても、それくらい重要な場所です。まさに“不都合な真実”ではありませんが、日本にいるとそうした情報が入りにくいんですよね。
PoCの早い段階からIT部門に情報共有を進める
――グループのDXを推進するうえで、特にどんなことがポイントになりましたか。
楢﨑氏 最大のポイントは、私たちデジタル戦略部と、既存のIT部門との関係性です。私がそれを例える時によく使うのが、システムの構築や保守を行うIT部門が“空母”で、局地戦ともいうべき新しい取り組みを行うデジタル戦略部を“艦上航空機”とする例えです。空母は、絶対に沈んではいけないし、動けなくなってはいけません。一方、艦上航空機は機動性が高いので、いつでもすぐに飛び立って戦いに臨めます。ただ燃料は少ないため、必ず母艦に戻る必要があるでしょう。
こうした考えを持たずにDXを進めてしまうと、デジタル部門側が勝手に独走し、「ここから先はうちではできないから、あとはIT部門でやっておいてね」というようなことが起こりかねません。そんな進め方ではビジョンが共有されず、IT部門側にとってはDXが “はた迷惑なもの”となってしまいます。何をしようとしているかよくわからないけど、とにかく面倒な話ばかりやってくるな、という具合です。
部門間の関係が悪化すると「適当にお茶を濁しておこう」とか「デジタル側が余計なことをしないように潰しにかかろう」という動きが生まれかねません。そうならないために当社グループでは、PoCの早い段階からIT部門側に情報を共有し、DXを“自分ごと”と捉えてもらうようにしています。
――IT部門との情報共有は、どんなプロセスで行っていますか。
楢﨑氏 まずはデジタル戦略部が事業部に「こういった商品サービスをやりましょうよ」ともちかけ、PoCに巻き込みます。新サービスに適当な事業部がなければ、デジタル戦略部単独でPoCを進めることもあります。いずれにせよPoCを行う際は期限を3ヶ月と決め、KPIをその都度きちんと設けます。そしてKPIを満たせば商用化し、満たさなければすぐ打ち止めにします。
そうしていざ商用化することになれば、ここからはIT部門が主体となり、ローンチに向けて追加の開発を行います。2016年から現在までに、PoCを300件超、そのうち50件以上を既に商用化してきました。それだけの件数を商用化するには、IT部門の持つデータが不可欠です。また、APIなどのシステム設計も、デジタル側とIT側がお互いにきちんと納得したうえで行わないと、十分な品質は満たせません。
だからこそIT部門の人には、PoCを行っている最中から、情報を共有するようにします。このPoCがうまくいったら世に出すことになるので、その際には商用化に向けた開発をお願いします、と。このリレーションこそが非常に重要なんです。
古い価値を超えた新しい企業カルチャーが根付いてきた
――デジタル部門からIT部門へのリレーションは、具体的にどう実現していますか。
楢﨑氏 種明かしをすると、SOMPO Digital Labには、損保ジャパンのシステム開発・運用を行う子会社である「SOMPOシステムズ」の人員が何人か出向し、そこでアジャイル開発を勉強しながら、IT部門とのつなぎ役を担っています。従って、質問の答えは、「IT部門の人員が、PoCを実施する段階からメンバーに入っている」となります。
IT部門側としては、ある日突然「こんな案件があるのでお願いします」と伝えられても「なんだそれ?」と対応に困るでしょう。一方、「3ヶ月後にあれが案件化されるかもしれないので、こんなAPIを用意したり、あのデータを用意したりする必要がありそうですよ」とSOMPOシステムズの人間を通して事前に情報が入れば、拒否反応を起こすことなくプロジェクトに“共振”できます。この仕組みがベストとはいいませんが、これはやってみて大成功でした。
――他に、DXの推進で苦労したのはどんなところですか?
楢﨑氏 やはり「人」と「組織」の部分ですね。大企業、特に勝てる企業というのはどうしても、伝統的な仕事組織や長年培われてきたバリューのようなものに縛られてしまいます。その組織やバリューで勝ってきたのですから、ある意味当然のことです。しかし、DXで本当に新しいこと、変革を起こすには、頭を柔らかくして既存の概念を飛び越えなくてはいけない。
そこでどうしたかというと、PoCを始める際には、全てのコストをデジタル戦略部が負担するようにしました。さらには、実際に商用化された際の“お手柄”の部分は、全てその事業部のものとしています。だからこそ、もし成功して社長賞を受けるとしたら、表彰されるのはその事業部の担当者になります。
こうすることで、これまでとは全く異なる新しいことにもチャレンジしやすくなるし、組織の垣根も越えやすくなる。苦労はしましたが、最近はようやく新しいカルチャーが、グループに根付きつつあることを実感しています。
――人材育成の一環として「全従業員のDX人材化」も掲げられています。どんな取り組みかを教えてください。
楢﨑氏 「AI」「ビッグデータ」「CXディベロップメント」「デザインシンキング」の頭文字をとって「ABCD戦略」と名付け、これを約6万人の全社員に身につけてもらうべく、能力開発に取り組んでいます。昔でいえば「読み・書き・そろばん」、現代風にいえば「Word・Excel・PowerPoint」と同じように、近い将来はこのABCDがビジネスの世界での基本スキルになると考えています。
「新しい会社の姿」こそがDXの推進力に
――現時点でSOMPOホールディングスのDXは、目標のどの辺りまで進んだとお考えでしょうか。
楢﨑氏 点数をつけるなら、60点です。手放しで良いといえる点数ではないけど、ギリギリ赤点でもない。これを人に話すと「ずいぶん辛い評価だね」と返ってくるのですが、それこそ6万人の全社員のDX人材化までを本気で目指しているからこそ、現状では60点と捉えています。
――企業がDXを行ううえで「本質的に必要なもの」は何でしょうか。
楢﨑氏 一つは、トップからコミットメントを得ることです。明日からすぐに儲かるDXなどありません。従って、他部署から見ると「何でこんなにお金をかけているんだ?」という話になります。だからこそ、「いいからやるんだ」というトップの意思が不可欠になります。
そしてトップからコミットメントを得るために必要なことが、「目指す姿」の明確化です。DX=デジタル・トランスフォーメーションの最大の目的は、デジタルの方ではなく、トランスフォーム(変体)する方にあります。それこそ、毛虫が蝶になるくらい劇的に変化を遂げるのがDXなんです。
だからこそ、「自分たちはこの先、デジタルを使って何になりたいのか」「どんな価値を世に提供したいのか」といった明確なビジョンがなくてはならず、それがあるからこそ、DXの責任者がトップに「ビジョンを達成するために、ここまでは必ずやらせてください」と掛け合える。トップも明確なビジョンがあるからこそ、GOサインを出せる。要はトランスフォーメーションによって実現する新しい会社の姿こそが、DXの推進力になるのです。
――改めて、SOMPOがDXで目指す姿がどのようなものか、お聞かせください。
楢﨑氏 当社グループでは、保険事業や介護・ヘルスケア事業から得られる、事故や災害などの膨大なリアルデータを保有しています。そのデータをグループ全体で活用できる「リアルデータプラットフォーム」を構築し、会社のあり方自体を変えていこう、というところまで踏み込んでいます。現時点では保険会社のグループですが、将来はSaaSのプラットフォームカンパニーになろうと考えています。
これは「あの会社、安心・安全・健康に関するあらゆるアプリを展開しているけど、実は保険の免許も持っているらしいよ」、と言われるような存在です。突き詰めれば、事故や病気そのものが起きないソリューションを提供することで、保険を意識しなくてもいい世界を実現しようとしているわけです。
DXで主幹事業ごと置き換わった自社の姿を描いている。これが当社グループのDXの、特筆すべき点だと思います。
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