初期の傑作「サブウェイ・ドローイング」

「キース・ヘリング展 アートをストリートへ」展示風景

 ニューヨークの地下鉄駅では空いた広告板に次の広告ポスターが貼られるまでの間、真っ黒な模造紙が貼られる。へリングはその黒い模造紙の上に白のチョークで絵を描いた。チョークを選んだ理由は、黒い模造紙との相性。キースの思惑通り、白いチョークは黒い紙の上でキラキラと輝いて見えた。

 光り輝く赤ん坊、吠える犬、光線を放つ宇宙船……。へリングは自分の頭に浮かんだモチーフを次々に描いていく。ただし、どれだけ治安が悪い時代とはいえ、公共施設へのグラフィティは違法行為。へリングは警官に捕まらないように1枚の絵を3分程度の短時間で素早く描き上げる。そして地下鉄に飛び乗り、次の駅へと向かった。

 地下鉄駅の広告版に描かれたへリングの絵「サブウェイ・ドローイング」シリーズは、瞬く間にニューヨーカーを魅了。人々はキースの新作を心待ちにするようになった。サブウェイ・ドローイングは約5年間続き、その総数は数千点に及ぶといわれている。だが、現在ではほとんど残っていない。違法行為であるため、作品は駅員によってすぐに剥がされ、処分されてしまったからだ。また技法・材質から保存・管理が非常に難しく、消失もしくは所在不明となっているのも理由のひとつである。

 だが、へリングのファンは願った。「なんとかへリングの作品を自分のものにできないものか」と。彼らは駅員が見つけるよりも先に、剥がして持ち帰るようになった。サブウェイ・ドローイング争奪戦の始まりだ。

 

タッカー・ヒューズ所有の2点が来日

来日したタッカー・ヒューズさん

 東京・森アーツセンターギャラリーで開幕した「キース・ヘリング展」。会場には奇跡的に現存する「サブウェイ・ドローイング」が7点、展示されている。そのうち2点はアートコレクターのタッカー・ヒューズが所有しているものだ。

 タッカー・ヒューズはこう話す。

「この2点のサブウェイ・ドローイングはギャラリーで購入したものではなく、私が駅構内で剥がして持ち帰り、大切に保存していたもの。キースの素晴らしいアートが捨てられてしまうなんて、もったいない。なんとか救い出したいと思って、地下鉄駅に通いました。

 深夜2時に起きて、駅に向かう。警備員が着るようなオレンジ色のベストを身に着けて、駅構内に入りました。キースの作品を見つけたら、ヘラを使って剥がしていく。紙の質が悪いため、すぐに破れてしまうんですよ。ジャムの瓶からラベルを剥がしていく感じ。破損しないように丁寧に、でも誰にも見つからないようにスピーディに作業を行う。剥がし終えたら、くるくると丸めて、ベッドカバーに包んで家に持ち帰りました」