電通グループが人事領域のコンサルティングサービスを提供していると聞くと、意外に思う読者は多いだろうか。実は電通グループの電通国際情報サービス(ISID)では、20年以上にわたり2700社以上に基幹人事システムを提供してきた実績を持つ。そこで得られる人事・給与・就業管理といったデータを活用することで、経営と人事をつないだ戦略人事や、上場企業において必須課題となっている人的資本経営の推進にも役立つと考えられる。ISIDを筆頭に、電通デジタル、イグニション・ポイントが連携し、人事領域のトータルソリューションの提供も開始した。その経緯やソリューションの概要、今後のサービス展開などについて、ISIDの2人に聞いた。
(聞き手:Japan Innovation Review編集長 瀬木友和)
※社名や肩書や掲載当時のものになります。
※2024年1月1日、「株式会社電通国際情報サービス(ISID)」は「株式会社電通総研」へと社名変更しています。
システムにとどまらない新しい付加価値を提供
──電通グループにおけるHR領域の中核ソリューションとして、「HUMAnalytics(ヒューマナリティクス)」の提供をスタートされましたが、開発の経緯や狙いなどについてお伺いします。
斉藤 われわれ電通国際情報サービス HCM事業部では、もともと「POSITIVE」という人事システムを提供しており、そこには人事・給与・就業管理といった基幹データを蓄積しています。そのデータを使って何かできないかというのがきっかけの1つになっています。
加えて、電通グループの中には、コンサルティングに強いイグニション・ポイントやデータアナリティクスに強い電通デジタルがいて、われわれとうまく座組みをつくることによって、システムの提供だけにとどまらない新しい付加価値を提供できると考え、1年前に3社で議論を始めて、協業を進めてきました。
一方、企業側を見ると、人事システムについては情報システムベンダーに、人事戦略についてはコンサルティング会社に、人事データの分析についてはアナリティクスの専門会社にそれぞればらばらに相談するケースが多かったように思います。相談先がバラバラであるが故、企業の多岐にわたる人事課題をトータルに解決するのが難しい側面がありました。
そこで、「システム」「戦略」「分析」をシームレスにつなぎ一気通貫で支援することで人事部門の課題に応えていくことができるのではないかと考え、HUMAnalyticsの開発は進められました。
──日本企業が人的資本経営を推進していく上での課題についてどうお考えですか。あるいは人的資本経営という言葉が出る以前から、戦略人事といった文脈でHR領域における課題にはどのようなものがありましたか。
斉藤 私の印象では、いきなり人的資本経営に向かっている人事部の方は少ないと思います。むしろ、外圧によってやらざるを得ない状況になっているというのが正直なところではないでしょうか。
「今、どんな活動をされていますか?」と尋ねると、「何からやっていいのか分かりません」という答えをいただくことも多く、そこが一番の課題かもしれません。一般的に人事領域というと、採用に始まり、育成して、異動配置を的確に考えて、より長く働いてもらうという一連の流れがあります。そこにおいて様々な課題はあるのですが、どこから手を付けていいか分からないと言います。
もう一歩先に行くと、人事に関するデータはあるが、どういう分析、どういう施策が考えられるのかといったご相談を受けることもあります。
岩井 同感です。トップダウンの指示や法改正等でやらなければならないことがあって、現場としてはそれをやらなきゃいけないのですが、最適で効率的な方法が分からないという話と、自発的にやろうとするのですが、やるべきことが多すぎて、 何から始めたらいいのか分からないという2つのケースが見受けられます。
前者のケースでは、例えば人的資本の情報開示をしなければならない、となったとき、開示すべき項目には必須開示項目と任意開示項目があり、本来であれば任意開示項目をどうするかというところで、企業のカラーやパーパス、経営戦略を反映させるべきなのですが、それ以前に必須項目すら開示するためのデータがなくて、データを集めるのに苦労されているという印象です。
後者では、経営層から「こういう人材が欲しいので、育ててほしい」と言われるのですが、求める人材像に対して社員をどう育てていくかを考えたときに、今の社員のスキルが全然見える化されていないことに気付きます。見える化するために、アセスメントを受けてもらうのですが、はたしてそれでスキルの可視化は可能なのかと疑心暗鬼になる、といった具合です。
人事課題のどのサイクルからも始められるソリューション
──そうした課題の解決に資するのがHUMAnalyticsだと思いますが、ソリューションの概要についてご説明をお願いします。
斉藤 いわゆる人事戦略として、どういうことをしていきたいのかというところの言語化や優先順位付けをコンサルティングのフェーズでやらせていただいた後に、それに基づいてデータの可視化を行います。次に可視化されたデータを分析して、人事課題に対してどのような施策が打てるのかを検討し、伴走しながらその実行までを支援するもので、このサイクルを繰り返していくことで、人的資本経営の推進と企業価値向上に貢献していきます。
岩井 「戦略型コンサル」「データビジュアライゼーション」「データアナリティクス」「伴走型コンサル」という4つのサイクルのどこからでも始められて、人事部門の課題に一気通貫で対応できるという点が大きな特長の1つです。
一方で、どんなデータがあるのか分からないとか、何をしたらいいら分からないというお客さまの意見が多いことも鑑みて、新たなサービスとして「HR DATA-CHECKUP」をリリースしました。こちらも3社が共同で開発したフレームワークで、今お客さまが感じている課題と、データの種類や状態などをヒアリングシートにご記入いただき、弊社からのインタビューに回答いただくことで、「お客さまの場合は、こういった分析ができます」という人事DXの第一歩として示唆出しを行うサービスです。
その結果とお客さまの課題を照らし合わせて、「今すぐやらなきゃいけない分析はこれだけど、データが足りていないので、データを集めるところから始めましょう」とか、「あまり優先度は高くないけれど、データとしては揃っているので、こっちからやってみましょう」といった会話ができるようになります。
──それがあると、「どこから手を付けていいか分からない問題」が、だいぶ解決するわけですね。ちなみに、そこで集めるのはどんなデータですか。
斉藤 SPIのような適正検査で取られるような能力特性のデータや、異動の履歴、経験が分かるデータの他、社内公募に対して選ばれなかったけれど手を挙げたかどうかという、いわゆるモチベーションを測るデータです。それらを含めて40項目ぐらいを扱います。
そして、そのデータが去年から取ったデータなのか、あるいは5年前から毎年取っているデータなのか、また誰を対象にしているのか、といったこともヒアリングし、最後にお客さまが考える人事課題とヒアリングさせていただいたデータの状況を掛け合わせて、取り組むべき課題を抽出するというわけです。
──サービス開始から約半年ですが、ユーザー事例にはどういったものがありますか。
斉藤 例えば人材育成について、システムを使って効率的・効果的に進めたいというご相談があります。1on1をしっかりやりましょうとか、時間をかけてでもしっかり教育していきましょうというのが王道の答えだと思われるのですが、とはいえ、マネジャーの方たちは非常に忙しいので、例えば部下が20人以上いて1on1をやれと言われても物理的に限界があります。何とかそれをテクノロジーやシステムを活用してうまくできないかということでご支援させていただいています。
生成AIが出てきたので、AI上司のようなものができるといいねとか、今の時代、上司とはいえ、いきなり経験のない部署に異動になるケースも多いので、そうした上司をサポートできるような仕組みができないかといったことを考えたりもしています。
もう少し足元に目をやると、同社の契約しているEラーニングのサービスについて、それがきちんとパーソナライズドされた形でリコメンド出来るのではないか?そのフィードバックをどのようにすればよいか、あるいはその研修をもとに成長できたかを実感するにはどうすればよいか、といったことを3社共同で検討しているところです。
まずはPOSITIVE導入済みの2700社にアプローチ
──前述の人事システムPOSITIVEについて、既に2700社以上の導入実績があるそうですが、どんなソリューションなのか改めてお伺いします。
岩井 原形となるシステムは、1994年に中小企業向けの人事給与の基幹パッケージとして誕生しました。その後、グループ統合の基幹人事システムとして2002年にリリースされ、昨年20周年を迎えた歴史のあるシステムです。
人事・給与・就業管理だけでなく、タレントマネジメントやワークフローの機能も備え、大企業のグループ管理やシェアードサービスの基盤としても多くの採用実績を誇ります。また、時代のトレンドに合わせ、ビジネスプロセスオートメーションやAIリコメンド機能などを組み込んでいることも大きな特長です。
──人事・給与・就業管理にタレントマネジメント機能も備えたPOSITIVEを中核とし、人事領域の戦略、基盤、分析に対応する3社が協業することで、トータルソリューションとしての優位性を発揮していくということだと思いますが、ご自身では人事領域の課題解決における電通グループとしての強みをどうお考えですか。
斉藤 実は、私も岩井も、異なる部署からHCM事業部に異動してきたため、永年に渡りPOSITIVEを扱ってきたわけではありませんが、バックボーンが異なるメンバーが集まって、新しいビジネスをやろうとしていることは多様性の観点で強いものがあると考えています。
同じ会社の中であっても、事業部が違えば雰囲気が違うし、文化も違ったりします。みんなそれぞれに引出しを持っていて、それらを混ぜ合わせることで、新しいアイデアや新たな価値観が生まれたりすることはISIDならではです。
──3社連携の部分では、いかがですか。
斉藤 各分野の専門家がプロジェクトチームとして集結していることは非常に意義があります。加えて、各社がメインで担当するフェーズが終わったとしても、そこでおしまいではなくて、次のフェーズのためにどういう活動をすればいいのかという視点で話してくださる方が多く、“終わり感”が全くないですし、やっていて非常に面白いです。
岩井 電通グループとしての強みは、クリエイティビティを発揮して、お客さまの心に訴えかける能力です。われわれISIDの強みは、お客さまの業務をきちんと理解し、それをシステムに落とし込むことです。グループ各社の強みと強みを掛け合わせることで、主に上流の戦略策定を扱うコンサルとシステム導入を担うSIerとの差別化が図れると考えています。
──今後の展開についてお聞かせください。まずはPOSITIVEの導入企業にアプローチしていくことになりますか。
斉藤 2700社に対しても、まだまだHUMAnalyticsの知名度は低いと思っているので、それを向上していかないといけません。
われわれもプロジェクトを進める中でいろいろな課題に直面し、アジャイルに対応していく中でHR DATA-CHECKUPのような副産物も生まれました。とにかく今は、HUMAnalyticsでこんなことができるんだという“型”をどんどん作っていって、より多くの人たちに届けられるようにしたいです。
岩井 実は私はアライアンスの担当もしています。POSITIVEが強い領域以外においてもお客さまが抱える人事課題はたくさんあるので、その領域を強みとするパートナーと一緒に共同で提案することも含めて、HUMAnalyticsのソリューションの幅を広げていきたいと考えています。
──HUMAnalyticsの先に何を描いていますか。企業や社会に対する思いがありましたら、最後に教えてください。
岩井 何かしら示唆出しをするだけではなくて、お客さまと一緒に考えながら組織の成長をご支援し、最終的にはお客さまの自走を目指す形で伴走できるといいなと思います。
斉藤 わたしたちは、パーパスとして "ヒトを信じ、日本の「はたらく」を変える" をかかげ、自社内だけでなく、各ステークホルダーとのつながりを大切にし、企業の成長とすべての従業員が活き活きとはたらく社会の実現を目指しています。これからの時代、個々人がどのような形態で、どのような組織に属して働くのかがますます重要になると思います。
HUMAnalyticsや、POSITIVEによって、それを直接・間接的に支援できればと考えます。
インタビューを終えて
Japan Innovation Review編集長 瀬木 友和
電通グループで「変革」に挑戦する人々を取材する本シリーズも今回でひと区切りとなる。一連の取材で見えてきたものは、広告会社としての長い経験で培った“人の心を動かす”という最大の強みを生かしながらも、サステナビリティ経営の支援やBtoBマーケティングの支援といった、これまで電通グループがあまり手掛けてこなかった領域へ本気で取り組む人々の姿だった。「電通グループは本気で変わろうとしている」―。これが1年間にわたって多くの電通グループパーソンのインタビューを終えたいま抱いている偽らざる感想だ。顧客の変革を支援する。そのためには電通グループ自身も変わらなければならない。
今回の話を聞いたのは電通国際情報サービス(ISID)のお二人だ。斉藤氏と岩井氏もまた「変わる」ことで、新しい価値の創出にチャレンジしようとしている。
「POSITIVE」は、1994年の提供開始以降、給与管理や就業管理といった定型的な人事業務(いわゆる“守り”の人事領域)で実績を積み重ねてきたシステム。一方、近年では「人的資本」への投資の重要性が強く認識されるようになり、経営戦略と連動し、企業の持続的な価値向上に貢献する“攻め”の人事が求められるようになっている。もしかしたら、今の延長戦上でも当面は「POSITIVE」のビジネスが大きく揺らぐことはないかもしれない。しかし、それでは細分化し、高度化する顧客が抱える課解の解決につなげることはできない。だからこそ、変わらなければならない。二人はそう考えた。
システムインテグレーター(SIer)の殻を破るかのように、グループ企業と連携することで「コンサルティング」と「データアナリティクス」が一体となった「トータルHRソリューション」の提供という新たな価値の創出に乗り出す様(さま)は、まさに、「顧客の変革を支援するために、自身を変革する」という、今の電通グループを象徴しているようだ。
2024年1月、電通国際情報サービス(ISID)は社名を電通総研へ変更する。同時に、コンサルティング事業を展開するグループ2社(アイティアイディ、ISIDビジネスコンサルティング)を統合し、電通グループの日本事業を統括するdentsu Japan内のシンクタンク「電通総研」の機能を移管するという。これまでのシステムインテグレーター(SIer)としての強みを生かしつつ、グループ内での連携をより強化し、顧客の変革を支援するための動きといえるだろう。新体制では、どのような価値を顧客や社会にもたらしてくれるのか、今から楽しみだ。
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