電通 サステナビリティコンサルティング室
FCC部 クリエーティブ・ディレクター  佐々木 亜悠氏(写真右から2番目)
コンサルティング1部 ビジネスデザイナー  坂本 愛氏(写真一番左)
コンサルティング2部 コンサルタント  澤井 有香氏(写真一番右)
コンサルティング2部 コンサルタント  有馬 昂志氏(写真左から2番目)

 自社のサステナビリティの取り組みが、事業活動の「制約」になっていないだろうか。それ以前に、そもそもの取り組みが義務化され、”楽しくないけどやらなくてはいけないこと”になってしまうと、誰もそこに参加したいとは思わないはず。しかし、制約は2030年に向けて解決すべきアジェンダであるだけでなく、実は企業にとっての成長可能性でもあると見方を変えることができれば、新たな一歩をポジティブに踏み出すことができるかもしれない。そこで電通グループはサステナビリティコンサルティングの入り口となるユニークなツールを開発した。そこに込められた思いや、ベースとなる考え方を、クリエーティブ・ディレクターの佐々木亜悠氏をはじめ、4人のキーパーソンに聞いた。
(聞き手:Japan Innovation Review編集長 瀬木友和)

“守り”のサステナビリティを“攻め”の発想に転換する25の視点

──サステナビリティ領域における「課題」を「可能性」に変える25の視点を体系化し、アイデア創発を支援するツールを開発されたそうですが、その前提となっている考え方やコンセプトについて、最初に解説をお願いします。

電通 サステナビリティコンサルティング室 FCC部 クリエーティブ・ディレクター 佐々木 亜悠氏

佐々木 私たちサステナビリティコンサルティング(SC)室全体のテーマとして「Sustainability for New Growth.」、すなわち、新しいビジネスのポテンシャルを見つけていく中で、サステナビリティの考え方をつくっていこうというものがあります。

 今日、ビジネスの中で使われている狭義のサステナビリティは、やらなければならない制約だったり、義務だったりするため、“楽しくないこと”として捉えられがちです。また、各部署がばらばらに取り組んでいるため、分断が生じてしまうケースや、組織全体の取り組みに広がっていかないといった課題があると、さまざまなクライアント様と接する中で感じています。

 従来の“守り”のサステナビリティを“攻め”のサステナビリティに転換するには、持続可能な社会の実現に向けた社会・ビジネスの変化をチャンスと捉え、既存のビジネスアセットと組み合わせて「成長可能性」にしていく必要があります。

 そこで私たちは、2030年に向けて解決すべき社会アジェンダを「未課題」と定義しました。これは、未解決の課題、未来の課題といった意味です。2030年に向けて中長期の事業戦略を策定するクライアント様が多い中で、未課題を整理し、成長可能性に変えていくための視点を体系化することで、アイデア創発を支援するようなツールを開発したいと考えました。

坂本 あらゆる企業が持続的に成長していくためには、まだ解決されていない課題や、未来において課題になりそうなことに取り組むことがもはや不可欠です。今、目の前にある課題を解決するだけでは不十分で、もう一歩先の課題まで取り組むことによって、クライアント様と一緒に未来の事業成長をつくっていく──。「未課題」という言葉には、そんな思いが込められています。

──サステナビリティの取り組みにおいて、企業からはどのような悩みや不安の声が聞こえてきますか。

佐々木 サステナビリティの問題は、総論はOKだけれど、各論に入ったときに、どこが費用を負担するのか、あるいは誰が推進するべきなのかといったことが決められないまま何となくスタートし、具体的なアクションにつながりにくいという点にあると思います。また、B2C企業において、企業側の責任として脱炭素やサーキュラーエコノミーに向けた脱プラといった取り組みは進んでいるけれど、生活者側を仕組みとして動かすことが難しいといった声をよく聞きます。

──今回、「Sustainable Growth Drivers」と名付けられたツールには、「Tech」「Lifestyle」「Environmental」「Social」という4つのテーマで未課題に対する25の視点があり、さらに各視点について、「食」「都市・住環境」「ファッション・美容」「お金」「人間関係・コミュニケーション」「その他」の6つのカテゴリーで成長ポテンシャルを示していますが、その狙いとは。

佐々木 実は、視点を体系化するのにすごく悩みました。最初に視点を出し合ったら100個ぐらいになって、少しずつ統合・整理していった経緯があります。一番納得感のあるテーマ分類が4つで、最終的には25の視点に集約されていきました。

 6つのカテゴリーについては、衣食住とお金、人間関係が基本にあり、私たちのクライアント様と掛け算したときに面白いものが生まれると考えたことがその理由で、テーマによっては「その他」を加えています。

(図1)「Sustainable Growth Drivers」- 日本の未課題を成長可能性に変える25の視点

──例えば、「Tech」の「Web2.0からWeb3.0へ」では、「食」のカテゴリーには、「ファストフードから、ファクトフードへ」とあり、「人間関係・コミュニケーション」には「貯金から、貯信へ」とあって、思わず「クスっ」とするようなコピーワークが秀逸です。

佐々木 私たちがツールを開発する上で最も苦戦したポイントが、「答えに近いヒントが見つかること」です。プランナーがただ単にトレンドや未来予測を紹介するだけでなく、成長可能性に変わるドライバーとなり得るかという発想で一つ一つを書いています。1枚のカードで企画書が一本書けるぐらいの内容を目指しました。

有馬 ただアイデアを並べるだけだと“夢物語”に終わってしまいがちです。われわれとして気を使ったのは“確からしさ”です。2030年に本当にこんなことが起きているのか、技術の進化や生活意識はここまでアップデートされるか、世の中の流れをできるだけ現実的に捉えるよう心掛けました。実際のクライアント様をイメージしながら、データやエビデンスを集めて、チームメンバーと議論しながら突き詰めていったことは、大変な作業でした。

(図2)6つのカテゴリーで示した成長ポテンシャル

自社の強みを活かし、未課題を事業ポテンシャルに変える

──アイデア創発を支援するという2つのツールの詳細、使い方を教えてください。

佐々木 いずれも共通の内容で、1つはスライド型のツールです。前述の「Web3.0」以外にも、例えば「Lifestyle」では「メンタルパフォーマンスの時代」や、「Environmental」では「サーキュラーエコノミーの発展」、「Social」では「家族の多様化」といった視点があります。
 もう1つは、カードゲーム型のワークショップツールで、ゲーミフィケーションを取り入れながら、未来視点のアイデアを強制発想させるツールです。後者の使い方について紹介します。

【ワークショップツール「Sustainable Growth Drivers THE BOARD」の使用法】

佐々木 このゲームでは、参加者全員が「社長」の設定です。自社の強み(アセット)を活かして、みんなが困っている未課題を新たな事業ポテンシャルに変えていきます。

 プレーヤーは、ゲームのファシリテーターを務める「ディーラー」と、「社長」「投資家」に分かれます。推奨プレー人数は4~6人で、ゲーム参加者は社長と投資家、双方を兼ねます。なお、ディーラーは私たち電通グループのスタッフが務めます。

 ゲームで使うのは、未課題から生まれる新たなポテンシャルが書かれた「ポテンシャルカード」と、自社の強みを書き込む「アセットカード」、そして「出資シール」「未来地図」です。

 ゲームを始める前に、自社の強み(アセット)を10個ぐらいあらかじめリストアップします。その中から1つを自分で選んで、配布されたポテンシャルカードと組み合わせたときに何ができるのか、新規事業のアイデアを考えます。

 強制発想を4回繰り返して、各チームで発想したアイデアを、今度は参加者が投資家の立場で評価し、スコアに応じて「未来地図」にプロットします。最後にそれをチームごとにプレゼンし、みんなでシェアすることで、新規事業のアイデアをより明確にしていきます。

(図3)ワークショップツール「Sustainable Growth Drivers THE BOARD」のイメージ

【「Japan Innovation Review」でやってみた】
佐々木 せっかくなので、今日は「Japan Innovation Review」さんでやってみましょう。御社のアセットには何がありますか。(※取材の場で、「Sustainable Growth Drivers THE BOARD」のデモンストレーションを行っていただきました。)

***

 リストアップした「Japan Innovation Review」のアセットは、「大企業の方々とのネットワーク」「変革リーダー層の読者」「デジタル・メディア・ビジネスのノウハウ」「人材の多様性」「オンラインセミナーのノウハウ」……。
 「Web2.0からWeb3.0へ」のテーマで、参加者にポテンシャルカードが配られ、アセットと組み合わせて何ができるのか、5分間の強制発想がスタートした。

【新規事業アイデアの一例】
ポテンシャルカード「ソーシャルメディアから、ソーシャルDAOへ」
×
アセットカード「変革リーダー層の読者」「オンラインセミナーのノウハウ」

変革リーダーが参加者であり、主催者にもなり得るオンラインセミナー・プラットフォームの提供(コミュニティ・プラットフォーム上で、自らの意思で時には講師となり、時には受講者となり、受講料として参加者同士がトークンをやり取りする仕組み)

 次に、参加者は社長から投資家にジョブチェンジし、各人がひねり出した新規事業アイデアの中から有望だと思われるものに「出資シール」を貼り、「市場性」と「社会・環境価値」の2軸で評価しながら「未来地図」にプロットしていった。

魅力的な仕掛けで生活者の行動変容を促すことが電通グループの強み

──確かに、やってみると面白さが分かりますね。

佐々木 自分の会社のことなので、参加者はみんな盛り上がるし、どんどん楽しくなって、アイデアの誘発が連鎖していきます。

──ツールに対する企業の反響などはいかがですか。

佐々木 7月にリリースしたばかりで、「こういう形でワークショップをやりませんか」とご提案しているところです。
 社内で試験的にやった時は、非常に盛り上がりました。そもそも当社の人間は、みんな考えたくてしょうがない人たちばかりなので、「全然、時間が足りない」と怒られたぐらいです(笑)

──ワークショップを上手に運営するコツなどはありますか。

佐々木 ディーラーの手腕が大事だと思っていて、必ず当社のプランナーを入れるようにしています。特にアイデア創発のフェーズでは、発想を広げたり、アイデアの種を持ち帰って、企画にまとめたりすることも可能だからです。ゲーム性を高めるためにも、ファシリテーターではなく、ディーラーと呼ぶことがポイントです。

──サステナビリティコンサルティングにおけるこれらのツールの活用や、今後の展開についてお聞かせください。

佐々木 SC室が展開していくものの中でも、一番入り口にあるようなツールだと思います。できるだけ多くのお客さまに使っていただいて、サステナビリティの事例を数多く生み出していければと思います。入り口が楽しければ、出口も楽しいものにきっとなるはずです。

──これまでもお尋ねしているのですが、サステナビリティコンサルティングにおける電通グループの強み、特長とは何ですか。

佐々木 サステナビリティというシリアスな課題に対して、楽しく取り組めることだと思います。Fun(ファン)がなければ続かないし、生活者を巻き込むことができません。個人的には「楽しくできるサステナビリティ」を1つのテーマに推進していければと思っています。

有馬 サステナビリティが大事なことは皆さん分かっていますが、面倒くさいとか、やらされ感があるといったマイナスのイメージを持たれがちです。消費行動や日常生活を送っている中で、振り返ってみるとサステナビリティにつながっているということが後から分かるような動線を演出してあげることや、楽しみながら意識的に取り組めるようになるようなコミュニケーションの部分の設計が重要で、自分の中ではそういったところを意識して取り組んでいます。

澤井 サステナビリティコンサルティング室という名前ではありますが、BX、DX、PR、クリエイティブ、プロデューサー等、多種多様な人材がそろっていることが特長です。強みは、コミュニケーションを生業にしている会社が、小難しいコンサルティングではなくて、分かりやすくて楽しいコンサルを提供し、クライアント様と株主や従業員、お客さま、取引先との関係性をつくり変えることができることです。

坂本 エンドユーザーの気持ちや行動の変容を促すことができることが、広告やマーケティングを出自とする電通グループらしさかなと思います。言葉、ビジュアルを含めた見せ方や仕掛けで、ユーザーが「やらなきゃいけない」ではなく、「やってみたい」「やった方が面白そうだ」と思ってくれるような気持ちの変容をつくり、サステナビリティにつながるような行動変容を生み出せることがSC室の強みではないでしょうか。

インタビューを終えて
Japan Innovation Review編集長 瀬木 友和

「カードゲーム型のワークショップでサステナビリティを楽しく学ぶ」というコンセプトが、いかにもクリエイティビティに長けた電通グループらしい仕掛けだ。本文にもある通り、実際に取材チームもゲームを体験してみたところ、これが思っていたよりも楽しいではないか。純粋に。

 ディーラーから配られたポテンシャルカードに書かれている「未課題」(=日本が解決しなければならない社会アジェンダ)に関して、自社が持ち合わせているアセットを活用してどのようなビジネスの可能性を見出せるかを、5分という短い時間でひねり出さなければならないのだが、普段全く使っていないと思われる脳みそのどこかの部分を猛烈に刺激し、迫りくる制限時間に間に合わせなければならないというギリギリ感と相まってアドレナリンらしきものがどぱどぱと分泌されているのが分かる。お互いのカードに何が書かれているのかを見せ合いながら、「ずるい!そっちのほうが簡単そうだ」とか、「編集長がしょぼいアイデアしか出なかったらやばいですよ(笑)」といった具合に、わいわいと会話も弾む。

 ちなみに、私が引き当てたポテンシャルカードは「ソーシャルメディアから、ソーシャルDAO」というもの。ひねり出したアイデアは、「Japan Innovation Review」が持つアセットである「変革リーダー層の読者」と「オンラインセミナーのノウハウ」を掛け合わせ、「読者であり、講師でもある変革リーダー自身が、Japan Innovation Reviewが開設したオンラインセミナーのコミュニティ・プラットフォーム上で、自らの意思で時には講師となり、時には受講者となり、受講料としてトークンをやり取りする」というもの。主催者が企画し、講師を招聘し、集客し、受講料を徴収し、講演料を支払うといった従来型のモデルからDAO(分散方自律組織)型のモデルへと転換するというアイデアだ。これにより、世の中に良質なセミナーの数が増えれば、変革に取り組む人々が新たな知見を獲得する機会が増え、社会がより良くなる。自画自賛で恐縮だが、5分でひねり出した割には、初期のアイデア創発段階としては悪くないんじゃないかと我ながら思う。取材を終えて1週間以上経過した本稿執筆時点の今でも、本気で事業化に向けて検討しようかとすら思っているほどだ(笑)

 と、このように、「Sustainable Growth Drivers」は、「未課題」として定義された社会の課題に対して、楽しくアイデアを創発するツールとして非常に有効だ。サステナビリティというと、何かと「制約」や「義務」といったネガティブな感覚が付いて回りがちだが、ゲームを通じて“楽しみながら”向き合うことで、一人ひとりがこれを「成長可能性」に転換できる。それを肌で実感した取材となった。

 最後にカードに記された、思わず「山田くん、座布団1枚持ってきて~」と言いたくなるコピーをいくつか紹介しておこう。

未課題:Web2.0からWeb3.0へ
カード:「貯金から、貯信へ」
 学歴・学習歴や、過去の行いの記録などがすべて改ざんできない形のデータで記録され、信用スコアが積み重なっていく。

未課題:メンタルパフォーマンスの時代
カード:「コスパ・タイパから、メンパへ」
 費用対効果や時間対効果ではなく、メンタルにどのくらい良い効果を与えるかが新たな価値基準となっていく。たとえば、リラックスする・テンションが上がる、などの効果によって料金が変動するサービスも。

未課題:サーキュラーエコノミーの発展
カード:「どう使うかも、どう捨てるかも顧客体験に」
 長く着られる服か?繰り返し使える容器か?捨てるときに分解しやすいバッグか?などを意識した商品開発が求められ、リユース/リサイクルが前提の顧客体験が生まれていく。

未課題:家族の多様化
カード:「他人でも、同じ釜の飯」
 家族で大皿をシェアする機会が減る一方で、単身者が人や社会とのつながりを作るための機会として、食の重要性が増していく。たとえば、単身者同士が食を共にするサービスや場も多様な形で広がっていく。

 さて、あなたは5分でどんなアイデアが浮かびますか?

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