油絵の完成で北方独特の細密技法が実現

《赤いターバンの男》1433年 油彩・板 33.1×25.9cm ロンドン、ナショナル・ギャラリー 
自画像といわれている作品

 美術史家の父と呼ばれるヴァザーリは、著書『美術家列伝』のなかで、油彩画はヤン・ファン・エイクが発明したと書いています。しかしその後の研究で、発明したのではなく、彼が完成させたということがわかりました。

 当時絵具は、顔料を卵黄で溶いた速乾性があるテンペラが主流でした。ただ、厚く塗るので亀裂が生じやすく、重ね塗りができません。完璧な下絵があって、そこに色を乗せていくという形であったため、描きながら描き足していったり、考えながら形を変えていったりする修正ができませんでした。

 油彩は顔料を油で溶くことでテンペラの欠点がカバーでき、それ自体に光沢があります。ゆっくり乾くのでいくらでも重ね塗りができます。また、透明感があるので重ねながら下の層を浮かび上がらせることで、光と影の微妙なニュアンスや、宝石に光が当たっている様子などの表現を可能にしました。

 欠点は黄化や暗変が生じることで、ヤン・ファン・エイクはさまざまな改良を重ね、油で練った絵具を完成させ、これらの欠点を克服しました。この油絵具によって明暗や微妙な色のニュアンス、グラデーションを表現できるようになり、北方絵画独特の細密表現が実現します。

 この技術はいち早くヴェネツィアに伝えられ、そこからレオナルド・ダ・ヴィンチなどイタリアの画家が用いるようになりました。レオナルドは遅筆だったためテンペラに向かず苦労し、油彩を積極的に取り入れたことはよく知られています。

 ヤン・ファン・エイクによる油絵具の完成は、絵画の流れを大きく変えました。これ以降、絵画は油彩画が中心となるという、美術史上、非常に重要な出来事です。

《ヘントの祭壇画》「父なる神」(部分) 1432年 油彩・板 ヘント、聖バーフ大聖堂

 彼の作品がどれくらい技巧的に優れ、どれくらい精密に描かれているかは長年研究され、今でも最新機器を使った解明が進められています。

 代表作である《ヘントの祭壇画》(1432年)の科学的な調査によると、薄く重ねられた絵具の層は8つの層があり、明るい不透明からより暗い半透明へと段階的に色を重ねることによって、光沢のある透明感を出していることがわかりました。これらは「グラッシ」あるいは「グレーズ」と呼ばれる、現代でも大切にされている技法です。