画家は神の孫であり創造主である

 手指を使って気の遠くなるような手間をかけて描いたスフマートも、《モナ・リザ》によって完成したといえます。

 背景に広がる風景は、空気遠近法によって不思議な光景となっています。これも実際に存在する風景ではなく、リアルではあるけれど現実には存在しない、いわばレオナルドの理想の風景でしょう。

 レオナルドは画家のことを「神の孫」「創造主」と呼びました。芸術は自然を越えるものたりうると考えていたのです。

 絵は見たままをリアルに描きますが、その世界はどこにも存在しないということから、画家は神の創造のような、再創造行為をしているということです。まさにレオナルドは神の孫の名に相応しい画家だと思います。

《白貂を抱く貴婦人》1490年頃 55×40.5cm 油彩・板 クラクフ、チャルトルスキ美術館

 レオナルドは《モナ・リザ》の少し前に、スフマート技法や光と影の描写の完成度が高い肖像画《白貂を抱く貴婦人》(1490年)や《ラ・ベル・フェロニエール》(1492-95年頃)を描いています。

《ラ・ベル・フェロニエール》1492-95年頃 63×45cm 油彩・板 パリ、ルーヴル美術館

《ラ・ベル・フェロニエール》では、赤いドレスを着た女性の首と左頬を覆う影が淡く赤い色で描かれています。影に黒以外の色をつけたのはレオナルドが最初でした。

 また、色のついた光を球体に当て、それが作る影についてレオナルドの考察が手稿に残っています。最近の実験で、赤い光の影は青く、青い光の影は赤くなるという、レオナルドの考察が正しいことが証明されました。

 影の中に色を見たのは、光を色で表現した印象派です。それくらいレオナルドは先進的であり、徹底して目に見えるものを表現しようとした画家なのでした。

 このように科学的な根拠に基づいたレオナルドの斬新な技法が結実した作品が、《最後の晩餐》と《モナ・リザ》でした。

 

参考文献:『レオナルド・ダ・ヴィンチ 生涯と芸術のすべて』池上英洋/著(筑摩書房) 図録『レオナルド・ダ・ヴィンチ—天才の実像』他