大学院大学至善館 教授 / 株式会社未来創造部 代表 枝廣淳子氏

企業活動においてSDGsを無視することができなくなっている昨今、「サステナブル・ブルーエコノミー」というキーワードが注目されている。これは、海洋の生態系を維持しながら、持続可能な経済的発展を目指す考え方だ。世界第6位の海域面積を持つ日本において、企業はこの概念をどう捉え、「サステナブル・ブルーエコノミー」にどう向き合えばよいのだろうか。環境ジャーナリストで、大学院大学至善館教授 株式会社未来創造部 代表を務める枝廣淳子氏に話を聞いた。

「ブルーエコノミー」は持続可能な海洋経済を目指す概念

――はじめに、昨今注目を集めている「サステナブル・ブルーエコノミー」という考え方について、教えてください。

枝廣 淳子 氏(以下、枝廣氏) 「ブルーエコノミー」とは、一言でいえば海洋における持続可能な経済活動のことです。もともと、持続可能な環境に配慮した経済のことを「グリーンエコノミー」と呼びますが、海洋にテーマを絞った考え方がブルーエコノミーです。

 ブルーエコノミーの中にも、持続可能という考え方が内包されています。それを特に強調したいときに「サステナブル・ブルーエコノミー」と呼ばれています。

――最近、ブルーエコノミーが話題になっている背景には何があるのでしょうか。

枝廣氏 1つ目に、海洋環境の悪化がより深刻になっていることが挙げられます。海の中は目に見えないので変化に気づきにくい面がありますが、たとえばプラスチック汚染や海の温暖化によって海の生態系が破壊され、海の力が弱まっていると明らかになっています。

 2つ目に、昨今の急速な気候変動との関係から海洋を捉え直そう、という機運の高まりがあります。たとえば、海がCO2(二酸化炭素)を吸収してくれる役割に注目する「ブルーカーボン」という考え方。実は、海の生態系は陸上の生態系よりも多くのCO2を吸収してくれているのです。

Romolo Tavani/shutterstock

 そうした背景がある中で、従来からある自然保護的な観点から「海を守る」活動だけではなく、海をめぐる経済活動全般を見直して持続可能な形に変えていこう、という考えが広まり、ブルーエコノミーが注目されるようになっているわけです。

 さらに、地上の大部分が経済活動の対象として開発されてきてしまった今、「最後のフロンティア」としての海洋に関心が集まっている、という側面もあります。

――さまざまな観点から海洋が見直されているのですね。今触れられた「ブルーカーボン」という考え方について、詳しく教えてください。

枝廣氏 気候変動に影響を与えていると思われる温室効果ガスの中で、もっとも大きな割合を占めるのがCO2です。CO2の特徴として、「寿命がない」という点が挙げられます。一度排出されると、何かに吸収されない限り、空気中にずっと残って、温室効果をもたらし続けるのです。そこで、CO2対策には「今後の排出量を減らす」ことに加えて、すでに排出されてしまったCO2を「回収・除去する」というアプローチが求められます。そのアプローチの一つとして、海の生態系により吸収されたCO2のことを「ブルーカーボン」と呼んでいます。

 陸上の植物による「グリーンカーボン」は以前から知られていましたが、それだけではCO2削減に不十分ではないかということで、さらなる吸収源としての海の生態系が注目されるようになってきています。

――CO2を吸収してくれる海の生態系とは、具体的にはどのようなものなのでしょうか。

枝廣氏 これは4種類あります。1つ目は、マングローブ林です。2つ目は、一般的に「干潟」あるいは「塩性湿地」と呼ばれる場所です。3つ目は、「アマモ場」などと呼ばれる海草の藻場。そして4つ目が、海藻の「藻場」です。

――枝廣様は、実際に静岡県熱海市の海で株式会社未来創造部として、ブルーカーボンや藻場再生に取り組んでいらっしゃいます。日本の海の状況は、どうなっているのでしょうか。

枝廣氏 「海の砂漠化」あるいは「磯焼け」と呼ばれることもありますが、昔は海藻が豊かに茂っていた場所が、今はもう何もなくなっている、そんな海が日本中で広がっています。それにより、海藻を餌にしていたサザエや伊勢海老なども減っているので、漁業にも影響がでています。海の生態系が弱体化しているというレポートは日本全国で報告されています。

――漁業にも影響が出ているのですね。

枝廣氏 はい。そこで私は、日本の海でのブルーカーボンの取り組みには、一石二鳥の効果があると考えています。つまり、CO2の吸収源を増やすことで、国が掲げる「2050年カーボンニュートラル」を推進する効果。それに加えて、海の生態系の豊かさを取り戻し、漁業などの経済活動の再生にもつながるという効果もあります。

――「海の砂漠化」が進んでいるというお話がありましたが、それはどうしてなのでしょうか。

枝廣氏 これには複合的な要因があるため、状況は複雑です。農地から川を経て流れ込む農薬や、船舶などから漏れ出る油などによる海洋汚染の影響があります。また、マイクロプラスチックと呼ばれる極小のプラスチックによる海洋汚染も広まっています。海の温暖化の影響も大きいと考えられています。

マイクロプラスチックがもたらす悪影響

――プラスチックにはどのような問題があるのでしょうか。

枝廣氏 プラスチックは安価で成形もしやすい便利な物質なので、大量に生産され、ありとあらゆるところに使われ、大量に廃棄されています。その上、人工物であるプラスチックは基本的に、自然には分解されません。大量に捨てられており、しかも自然に還らないことから、大きな悪影響をもたらしています。

DisobeyArt/shutterstock

 中でも、5ミリ以下の極小のプラスチックは「マイクロプラスチック」と呼ばれています。レジ袋や発泡スチロールなどの不適切に捨てられたプラスチックが粉々になったもののほか、思わぬところからも大量に排出されています。しかも、粒子が小さいため、回収が難しいという問題があります。たとえば、フリース素材もプラスチックですが、フリースの衣服を一度洗うと細かい繊維が何十万本も流出するといわれています。あるいは、自動車のタイヤもプラスチックですが、自動車が走るたびにタイヤは摩耗します。摩耗した分は細かいプラスチックとして空気中に放出されています。

 これらは雨に流されて川に入るなどして、最終的には海にたどり着くものが多く、さまざまな悪影響を及ぼします。

――海にたどり着いたプラスチックは、どのような悪影響を与えるのでしょうか。

枝廣氏 プラスチックそのものは無害です。しかし、プラスチックを加工する際には、難燃剤や可塑材といった、さまざまな添加物が加えられることも多く、これらの中には、生物にとって有害な物質もあります。また、マイクロプラスチックが海を漂っている間に、海中の重金属などの有害物質を吸着してしまうこともあるのです。

 有害添加物や重金属などを含むマイクロプラスチックが貝類や小魚の体内に入り、それを食べた大きな魚の中で濃縮され、その魚を人間が食べるかもしれません。このように食物連鎖の中で濃縮されていき、いずれ人体にも悪影響をもたらすことが心配されています。

 水道やペットボトルなど飲み水からもマイクロプラスチックが検出されており、人の血液中からもマイクロプラスチックが検出されたという研究報告が出ています。ある科学者は「私たちは平均して1週間でクレジットカード1枚分のプラスチック(5グラム)を食べている」とも主張しています。ブルーカーボンとの兼ね合いで言えば、プラスチックが光合成を阻害するといった面で海藻への悪影響もあると言われています。

プラスチック問題の新たな解決策「アップサイクル」

――深刻な状況ですが、問題に歯止めをかけるためにはどうすればいいのでしょうか。

枝廣氏 プラスチック問題を解決するには、レジ袋有料化のように法規制による対処が有効ですが、加えて、事業活動による解決も大きな効果を発揮すると思われます。

 事業の方向性として考えられるのは、主に2つです。1つ目は、プラスチックを使わない、出さないという方向。日本のコンビニエンスストアでも、プラスチック製のスプーンやストローを紙製や木製のものに替えるところが増えています。ヨーロッパではじめてフリースを開発したイタリアのポンテトルト社は、マイクロプラスチックが出ないフリースを開発して、大ヒットしています。あるいは、マイクロファイバーを流出させない洗濯袋などは、日本でも売られています。

 フランスでは、2025年からマイクロプラスチックの流出防止フィルターのついた洗濯機しか販売できなくなるとのことです。事業として、プラスチックを出さない動きが今後一層広まるでしょう。

Luoxi/shutterstock

 もう1つは、一度出てしまったプラスチックを回収する事業です。砂浜を走り回ってマイクロプラスチックを回収する機器を開発しているベンチャー企業も生まれています。船にフィルターを取り付け、航海中のプラスチック回収を図っている海運会社もあります。

 また、素材レベルでの開発もあります。いまも生分解性プラスチックは作られていますが、これまでのものは海中では分解されないなどの限界があり、さらに研究開発にしのぎが削られています。生分解性プラスチックの難しいところは、使用中に分解されても困りますし、リサイクルされたときに生分解性のプラスチックとそうではないものが混ざることによる問題も起こることです。それらを解決するような技術開発に期待しています。

――枝廣様が監修された書籍『海と地域を蘇らせる プラスチック「革命」』では、アップサイクルといった事業化方法も提起されています。

枝廣氏 アップサイクルは世界的に注目されている考え方です。これまでは、プラスチックを素材としてリサイクルすると品質が落ちるので、安価なパレットやバケツ、杭など、そういった利用用途が中心でした。

 一方、素材を転用して、より高い付加価値をつけて販売する企業がいくつも出てきています。これをアップサイクルといいます。たとえば、日本のPLASTICITY(プラスティシティ)という企業は、使い捨てのビニール傘を素材にしたバッグなどを製造、販売するブランドとして注目を集めています。

――今後、日本企業がプラスチック問題に取り組む上で、どのような点を意識すればいいでしょうか。

枝廣氏 プラスチック問題は、サーキュラーエコノミー(循環経済)の問題として捉えられるべきだと思います。これまで日本では、いわゆる3R(リデュース、リユース、リサイクル)によってゴミを出す量を減らし、環境負荷を減らそうという方向でやってきました。つまり、ゴミ処理対策や環境政策です。

 一方、EUでは、産業政策としてサーキュラーエコノミーを推進しています。つまり、原材料をサステナブルに、安価に供給するために再生素材の利用を促進するという位置付けです。日本においても、今後はそのような方向に進んでいかなければならないと思います。

 日本は地下資源・天然資源には貧しい国ですが、いわゆる地上資源や都市鉱山と呼ばれるものは豊富に存在します。東京オリンピックで金メダルが再生資源だけで作られたように、地上資源や都市鉱山の活用をサーキュラーエコノミーとして推進できる余地は多分にあるはずです。

 企業がその流れをうまく捉えるためには、やはり先行している、EU市場などの動向をキャッチアップしていくことが大切です。早晩、日本も含め他の世界もそちらに追随するでしょう。サーキュラーエコノミーを求める市場が主流になったとき、自社はどう対応すべきか、どこにビジネスチャンスを見出すのか、日本企業の皆さんにも世界に目を向けて探索してほしいと思います。

<新刊のご紹介>
ブルーカーボンについて、より詳しく学びたい方は、枝廣氏の著書『ブルーカーボンとは何かー温暖化を防ぐ「海の森」』(岩波ブックレット)をお読みください。2022年9月6日発売予定。

<PR>