世の中のあらゆる活動のデータが収集されている現代では、ビッグデータを活用して将来の動向や事象を予測、新たなサービス開発のヒントを得ている企業は少なくない。特に小売企業にとって、データをもとにした需要予測は、その後のビジネスの成否を分けると言っても過言ではない。データ分析や利活用で先進的な取り組みを続ける株式会社NTTデータは、小売業をはじめ、さまざまな企業にマーケティングや経営判断に有益なデータを提供している。最新のビッグデータのトレンドや活用のポイントを、同社の高木弘和氏に聞いた。
※本コンテンツは、2022年3月25日に開催されたJBpress主催「第7回リテールDXフォーラム」のセッション2「大手小売企業の『GIS×人流』活用事例に見るリテールビジネスの最前線」の内容を採録したものです。
デジタルツイン技術で、現実世界ではできないシミュレーションを可能に
情報技術で新しいビジネスの仕組みや価値を創造し、豊かな社会の実現に貢献することを理念とする株式会社NTTデータは、変化が激しい現代においてデータは不可欠のものと位置付けている。
中でも、同社が強みを持つデータ分析の1つに「人流分析」がある。これは、人がいつ、どこから、どこへ移動しているのかという人の流れや、特定の場所・時間に滞在している人の動きに関する一連のデータ分析を指す。同社では、地理的な位置を手がかりに空間データを視覚的に管理・分析できる「GIS(地理情報システム)」の活用を得意としており、例えば下の図のようにエリアごとの人口分布も、GISを使えば色の変化で一目瞭然だ。
GISの最新の活用方法として、「デジタルツイン」という考え方がある。モノやヒトをデジタルで表現し、現実世界のツイン(双子)をデジタル上に構築することを意味する。さまざまな社会問題の解決や、新たな価値創造においては、デジタルツイン上でシミュレーション・未来予測を行うことが役に立つ。しかしながら、位置・時刻情報にズレがあるデータを基にデジタルツインを構築しても、未来予測などの精度が高まらないといった課題が生じる。そこで、NTTグループでは、センシングデータをリアルタイムで収集し、その位置・時刻を高い精度で一致・統合する「4Dデジタル基盤®」の実用化に向けた取組を進めている(注1)。
例えば、ある指定した場所に新たに道路ができたらどうなるのか、ビルを建てたらどうなっていくのか、人の動きがどう変わっていくのか、といった現実世界では試すのが難しいことを、サイバー空間上でシミュレーションできる利点がある。同社デジタルビジネスソリューション事業部地図情報ビジネス担当課長の高木弘和氏は、この4Dデジタル基盤の活用を通して、さまざまな社会課題の解決を目指していると言う。
「当社では、4Dデジタル基盤を支える位置情報サービスとして、『BizXaaS MaP®(ビズエクサースマップ)』という地図情報配信のクラウドサービスを提供しています(注2)。BizXaaS MaPでは、位置情報に関するコンテンツ、例えば地図情報や地価の情報、統計データなどを当社のクラウド環境上に保有しており、これらを各種アプリケーションを通じて利用できます。お客様は私たちのサービスに接続することで、常に最新のコンテンツをご利用いただけるといったメリットがあります」(高木氏)
BizXaaS MaPを使って、静的コンテンツだけでなく動的コンテンツの活用も実現
BizXaaS MaPをはじめとするGISの領域では、従来は「静的コンテンツ」の活用が主流だった。すなわち過去の蓄積データに、企業が持っている現時点の顧客情報や物件情報を重ね合わせることで現状を把握し、将来のアクションを検討していくという使い方だ。しかし、近年はセンサーデータやIoTデータの増大、およびそれらのデータ処理の技術が飛躍的に向上したことによって、リアルタイムに近い「動的コンテンツ」を活用できるようになっている。
株式会社NTTドコモが提供している「モバイル空間統計®」はその一例だ(注3)。モバイル空間統計は、NTTドコモの携帯電話のネットワークから生成される人口の統計情報であり、全国の基地局の運用情報をもとにしている。そのため、携帯電話やスマートフォンに専用のアプリが入っている必要はなく、携帯電話に電源が入ってさえいれば端末全てがカウントの対象になっている。これによって、あるエリアにおいて、ある時間帯にどれだけの人がいたのかを実数に近い形で精度高く推計できるのだ。
「弊社では、ドコモ・インサイトマーケティング様と連携して、2021年1月からこのモバイル空間統計のリアルタイム配信サービスを提供しています。コロナ禍にあって人の動きは昔とは大きく変わってきているため、現状をリアルタイムに把握して次のアクションを検討することが大切です」(高木氏)
未来予測をも可能にする、最新の人流分析3つのポイント
ここまでで紹介した内容も含め、最新の人流分析には3つの特徴がある。1点目は、「ピンポイントである」こと。2点目は、「リアルタイムなデータが使える」こと。3点目は、これらを使って「人流予測ができる」ことだ。
従来は、ある程度広い範囲におけるメッシュ単位のマクロな分析や、過去のある時点と比較した相対的な数値での分析が主だった。これらが近年の技術では、建物や道路といったピンポイントでの分析や、さらには絶対人数での推計をリアルタイムに活用できるまでになっている。それどころか、少し先の未来を予測することすらも可能だ。
それぞれの特徴について、さらに詳しく見てみたい。
1点目の「ピンポイントな分析」では、スマホのGPSデータや車両の位置情報、カメラの情報など、複数のデータソースを活用することで、例えば建物や道路に存在する人たちが動いている人なのか、滞在している人なのか、といったことまでが分析できるようになる。さらに、前章で触れたモバイル空間統計を組み合わせれば、建物単位や道路単位で実数に近いデータを提供することが可能だ。肝心の精度はというと、実際のビルの入館数と人流データの比較検証を行ったところ、9割以上の一致が見られるほど高精度な人流推定が実現できていることが分かった。
2点目の「リアルタイムな分析」では、データ保有している会社から提供されたデータをBizXaaS MaPに流し込むことで、リアルタイムにデータの取得ができる。さらにNTTデータのビッグデータ処理基盤やビッグデータ処理技術を最大限に活用することで、約1時間前の現実世界の状況を顧客にデータ提供できるという。
3点目の未来予測では、過去の蓄積されたデータを機械学習するAIモデルを作成。ここにリアルタイムな人流データをインプットすることで、数時間先の未来予測を可能にした。
「下の図のように、建物をクリックすると人流の変化のグラフが時系列で表示されます。青と赤の色分けが男女比になっており、地図上にある建物の高さは人流の変化に合わせて変わります。年齢帯はもちろん、居住者なのか、ワーカーなのか、遊びに来ている人なのかなど、さまざまな切り口で分類することも可能です。建物をクリックすることで、過去12時間分のリアルタイムデータを見られ、併せて将来24時間分の予測データも緑のグラフで表示されます」(高木氏)
人流分析サービスを通じて、小売企業のデータ活用と未来予測を成功に導く
NTTデータは上で紹介してきたようなデータの提供を通じて、現在コンビニやドラッグストアなどの小売企業のサポートを行っている。小売企業には、大きく分けて「出店」と「店舗運営」という2つの業務領域がある。
出店に関するサポートでは、これまでは出店予定のエリアのポテンシャルを測るために、出店エリア近くの道路の人の流れを現地調査によって算出していたが、NTTデータの人流データを活用することで、調査の手間なく実際の数字に近いデータを把握できるようになった。
さらに出店後の店舗運営においてもデータの存在意義は大きい。例えば、コンビニの場合、従来はおにぎりをどれだけ発注するのか、揚げ物をどれだけつくればよいのかなどを、過去の同じ曜日の実績をもとに予測していた。それがBizXaaS MaPから取得した人流データを使うと、リアルタイムな情報をもとに将来の予測が可能になり、突発的な人の増減に対しても確実に追従して発注量を最適化できると高木氏は語る。
「これにより、お客様の来店数が事前の予想よりも多かったことで起こる欠品や売り上げの機会損失を防いだり、逆に多くつくり過ぎてしまった食品を廃棄しなければいけないといったフードロスの問題も解消できたりします。加えて、人流の予測だけではなく、お客様のデータ、購買者数、商品別の販売数、さらには気象データなどをインプットすることによって、商品単位でどれだけ売れる見込みがあるのかといった予測も可能です」(高木氏)
こうした分析のニーズは企業ごとに実に多種多様だ。いわゆる購買行動に関するものだけでなく、「コロナ禍の混雑を回避したい」「防災施策を検討するに当たり、ある時点でどれくらいの人がいるのか把握したい」といったニーズも十分に考えられるだろう。そのためNTTデータでは、AI技術者がお客様に伴走しながら、必要なデータ分析サービスの要件定義から、実際の業務に合った分析の活用方法までをレクチャーする取り組みも推進していると高木氏は明かす。
「変化が激しい現代において、ビッグデータの活用や、その応用による未来予測は極めて重要性が高くなっていると実感しています。NTTデータでは、BizXaaS MaPを軸とした人流分析サービスを通して、お客様のDXをこれからもご支援したいと考えています」(高木氏)
注1 「4Dデジタル基盤」は、ヒト・モノ・コトのさまざまなセンシングデータをリアルタイムに収集し、「緯度・経度・高度・時刻」の4次元の情報を高い精度で一致・統合させ、多様な産業基盤とのデータ融合や未来予測を可能とする基盤です。NTTのIOWN構想における「デジタルツインコンピューティング(DTC)」を支える基盤として、NTT研究所の技術とNTTグループのノウハウ・アセットを活用し、2021年度からの機能の順次実用化と、継続した研究開発による機能拡充をめざします。詳細については、以下のサイトをご覧ください。
https://www.rd.ntt/4ddpf/
注2 「BizXaaS MaP」は、株式会社NTTデータの登録商標です。
注3 「モバイル空間統計」は、株式会社NTTドコモの登録商標です。
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