小売業において実店舗とECサイトの融合が大きなテーマになっている。成功のポイントはどのような点なのか。パーソナリティ 實石あづさ氏のファシリテーションのもと、株式会社ビームス カスタマーエンゲージメント本部本部長の渡部啓司氏と、株式会社シナブル 執行役員 CC&M部 部長の曽川雅史氏とのトークセッションが行われた。
コロナ禍で消費者の購買行動が大きく変化
實石あづさ氏(以下、實石) 小売業各社がデジタル化を進めている中、コロナ禍にも突入しました。消費者の購買行動にどのような変化がありましたか。
渡部啓司氏(以下、渡部) コロナをきっかけに、ECを利用される方が大幅に伸びました。当社では2019年までは全社の売り上げの約2割がEコマースの売り上げでしたが、コロナ禍では約15%アップしました。店舗が開いてない期間にも買い物をしたいというお客様に、かなりEコマースを利用していただきました。
曽川雅史氏(以下、曽川) コロナ以前に、スマートフォン(スマホ)が普及してから大きく変化したと感じています。消費者がスマホを利用して、自分なりにお店とネットの使い分けをするようになってきました。店舗に行く前に下調べをし、その上で、気に入った商品があればカートインをし、保存をしておいて、お店で探すといった行動が一般的になっています。
ビームスがEC部門と店舗部門を統合
實石 そういった変化に合わせて、企業側も提供するサービスを変化させなければならないと思います。ビームスでは今年9月、同じ本部下にECと店舗の部署を組み込んだと伺っています。その狙いはどのような点ですか。
渡部 コロナによってお客様の価値観や消費行動の変化が加速するなか、この先ビームスがあるべき姿を必死に議論してきました。そこで、ビームスの強みである商品の強さに加え、やはり徹底的にお客様に向かい合うことを目的に、販売組織と商品組織という大きなグループ分けだった従来の事業部制から、機能単位で本部を分ける機能本部制へ組織体系に改めました。今までは事業部制という縦の強い繋がりで運営していましたが、組織改編後は、販売という機能を軸で、お客様に何を提供すべきか、ということを議論しています。ECサイトや店舗といった販売現場の状況に合わせて機動的に対応ができる組織にだいぶなってきたと思っています。
實石 最近ではDX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉もさまざまな場面で聞くようになりました。ビジネス界ではデータドリブン経営などという言葉もあり、小売業におけるOMO(Online Merges with Offline:オンラインとオフラインの融合)の実現にはデータ活用が重要だと思われますが、曽川さんはどうお考えでしょうか。
曽川 実は小売業では、POSデータをもとに売り上げデータを把握したり、顧客台帳をもとにお客様にお勧めの商品をご案内したりといったことをデジタル化以前からずっとやってきたのです。それはまさにデータ活用なのですけれども、最近はDXなどの言葉が一人歩きしてしまっています。そのため、デジタル化を推進するにはお金と時間がかかる、一方で、システムを入れればうまくいく、と話される方も多いのですが、実はそうではないのです。やはり一番大事なのは、お客様のほうを向いて、お客様にとってどういう体験をしていただくのが一番いいのか、どういうサービスを提供すれば買い物がしやすいかと考えていくことがデータ活用につながる基礎だと思います。
實石 本来はお客様のためにそういったデータも活用しているはずなのに、データだけに捉われてしまうと、それを忘れてしまいがちですね。
曽川 よくあります。私の会社で開発・販売しているプロダクトはデータを集めて分析をする製品ですけれども、どんな分析できますかとよく聞かれるのです。逆に「どういうふうにお客様を見たいのか」がない企業も少なくありません。データを分析すれば売り上げが上がるヒントが出る、といった魔法の杖のように思われているケースもあります。実際はそんなことはありません。小売業でやはり一番大事なのは売り場でお客様のことを見るとか知るとか、商品のことを知るということです。そこがないとデータも生きません。
實石 渡部さんは、そのあたりをどうお感じでしょうか。
渡部 私も、データがあるだけではなく、データを使って何をしたいかという意志が大事だと感じています。ビームスでは「良質な顧客体験」という言葉を使っています。お客様との接点は、リアルの店舗だけではなく、メール、アプリの配信、公式サイトでのスタイリングをご覧いただくなど、かなり増えています。その顧客接点を積み重ねてもらうことでブランドのファンになっていただき、共感を得ながらブランドの価値を作っていくようにしています。
實石 何をしたいかという部分は日ごろから皆さんの共通の認識として持たれていますか。
渡部 私たちカスタマーエンゲージメント本部の中に顧客分析をする部があります。そこと店舗のチーム・ECのチームが一緒にいろいろ議論しています。お客様にどういう体験をしてもらうか、ご購入いただいた後にどのようなメールを送って、その後にまた接点を持ってもらえるようにするか、いろいろシナリオを組み立てて配信などをしています。
顧客体験価値を最大化するためにデータを活用する
實石 購買データは日々膨大に集まってくると思います。それを元に次の打ち手を考え、実行することが顧客体験価値を最大化するために大切だと考えられます。
曽川 お客様と商品、売り場のことをよく知っておくことはすごく大事だと思います。デジタルに詳しい人間がECの担当になっても、なかなか最初はうまくいかないということがよくあります。お客様にこういう商品を勧めたらこういう反応が来るだろうというのを売り場で経験された方はそういう知見がありますので。そこが大事ですね。
實石 お客さまは店舗で買うかECで買うか選べます。例えば、店舗で「これECで買いたいんだけれど」と言うのは、お客様としてかまわないものでしょうか。
渡部 以前はそこの障壁があって、店頭に来られたお客様にECで買われたら寂しいという思いがありました。今、ビームスとしてはそこをどれだけ解消できるかということを検討しています。つまり、お客様が欲しい時に欲しい場所で欲しい方法で買える、何のためらいもなくスタッフがお勧めできるということを目標に掲げています。「どうぞECで買ってください、こんな便利な機能がありますよ」と全員が言えるよう、徹底的に行動してもらっているところです。そのための評価方法、すなわち店舗の売り上げにどう計上するかといった点についても議論し組み立てているところです。
顧客情報を一元管理し、OMOを加速させる
實石 OMOを成果につなげるための取り組みをビームスでは進めているということですね。
渡部 データとしてはよりパーソナライズした情報をお客様に届けることをこれからしっかりとやっていきたいと思っています。店頭では過去の購買履歴など、お客様の行動を可視化できるデータがたまってきています。その情報を見ながら、このお客様にはこういう提案をしようといったように、より確度の高いリッチな情報を届けられるようにしたいですね。これまでも店頭でお話をしながらお客様が何を欲しているかを探っていたのですが、さらに前段階でも情報を整理し、しっかりと向かい合えるような仕組みを導入していきます。
曽川 私も自分がお客の立場だったら、お店の方が私のことを知っていてくれると嬉しいですよね。その上で、自分では思ってもみなかったような商品の提案を受けたいという気持ちがあります。
渡部 現在、お客様との会話の中で得た情報を、スタッフが手入力で打ち込めるようにしています。それがどの店舗でも見られますし、例えばカスタマーサービスデスクなどでも情報が見られます。全員でお客様を立体的に見て、もてなせるようにて取り組んでいます。
實石 それぐらい寄り添ってくれれば、お客さまもファンになりますね。
渡部 私たちカスタマーエンゲージメント本部の一番のミッションは何かと考えた時に、「お客様と相思相愛になる」というのを掲げました。相思相愛になるのは簡単ではありません。体験を積み重ねることで、より濃いファンになっていただけると思っています。少しずつの取り組みを丁寧にやっていくしかないと思っています。
實石 渡部さんのお話を伺っていると、データをいかに有効に使っていくかがすごく重要になってくると思われます。曽川さんから、これからOMOなどで成長を目指す企業の方にアドバイスをいただけますか。
曽川 OMOはオンラインとオフラインの垣根をなくしていくことですが、コストもかかるし時間もかかります。規模が大きい会社だと調整も大変です。社内の抵抗勢力もあるでしょう。ただ、消費者にとっては、オンラインとオフラインが統合されていることはもう当たり前になっていて、そうでないと、お客様から選ばれない時代になっているのです。このままだと時代の変化に置いていかれるということを念頭において、社内を説得していく気概が大事だと思います。トップが率先して取り組むことも大切です。
渡部 ビームスも、ECを本格的に始めたのが2005年からで、15年ぐらいかけてようやくここまで来ています。当初は組織の壁のようなものもありましたが、徹底的に話し合って一歩一歩前に進めてきました。
實石 それぐらい重要だということですね。ビームスの今後の展望はどう描かれているのでしょうか。
渡部 お客様と相思相愛になるところを目指してお客様の情報を一元管理できるようになってきました。まずは、それを店舗のスタッフ、ECのスタッフでしっかりと使いこなし、お客様によりよい情報を届けられるようにしたいですね。また、リアル店舗の持つ意味がだいぶ変わってきています。ビームスには現在、全国に160店舗があって約2000人のスタッフがいます。そこで、そのスタッフたちのスター化を目指しています。公式サイトでは店舗のスタッフが書いたブログなどを掲載し、リアル店舗に会いに来てもらうような活動をしています。商品を売るだけでなく、実際に話をしに来てもらうといったように、店の持つ役割がだいぶ変わってくると思いますので、そのあたりもしっかりとやっていきたいと思っています。
實石 データというと無機質なものとイメージしがちですが、むしろコミュニケーションを密にするためにより重要になってきそうですね。本日はありがとうございました。
<PR>