明治後期から昭和初期に作られた「新歌舞伎」、第二次世界大戦以降に作られた「新作歌舞伎」は、古典に比べて、歌舞伎通から少々軽く見られることもある。しかし、このところ上演が続いているのが、そんな人たちまでも観ておかなければと駆けつけさせる話題作だ。大河ドラマ「光る君へ」でブームの源氏物語、人情の機微でうならせる長谷川伸の名作、絵本を原作にした狼と山羊の物語。3作からは歌舞伎の今後が見えてくる。

文=新田由紀子 

源氏物語「柏木」より 《源氏物語絵詞》(2) 和田正尚 模写 明治44年(1911) 画像=国立国会図書館デジタルコレクション

今が旬の染五郎が光源氏を

 歌舞伎座では、錦秋十月大歌舞伎で『源氏物語 六条御息所(ろくじょうみやすどころ)の巻』(10月2日~26日※休演・貸切日あり)が上演されている。

「主人公の光源氏は、父である天皇に寵愛されている藤壺と密通して子どもが生まれる。戦前には、源氏物語は皇室のスキャンダルで不敬だからと上演できなかったんですよ」と語るのは、40年以上歌舞伎を観続けている田代敦子さん(50代)。

 歌舞伎で源氏物語が上演されたのは、終戦から6年後の1951年。舟橋聖一脚色、久保田万太郎演出で、市川海老蔵(後の十一代目市川團十郎1909~1965)“海老さま”の光源氏が大当たりになった。

 与謝野晶子、谷崎潤一郎、円地文子、田辺聖子、瀬戸内寂聴など多くの作家が現代語訳を手掛けている源氏物語。能、現代演劇、映画、コミックなどにもなっている。

 たくさんの劇的なストーリーから成り立っているから切り取りやすいのが、全54帖と長く、現代語訳で分厚い文庫本3冊になるこの名作。歌舞伎でも、須磨明石、夕顔、末摘花などいろいろな部分が上演され続けている。

「歌舞伎の観客にとって源氏物語の大前提は、きれいな光源氏を見ること。立役(たちやく・男を演じる役者)のひとつの頂点のような役で、不細工では成立しないわけです。そして今、きれいな役者といったら染五郎ですから」

 大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の悲劇の武将・木曽義高役で、圧倒的な美しさが話題になった市川染五郎(19歳)。歌舞伎ファンは、そりゃあ染五郎に光源氏をやらせることになるよな、と納得したという。市川染五郎は、松本白鷗(82歳)を祖父に、松本幸四郎(51歳)を父に持つサラブレッドの19歳。4才で市川金太郎として初舞台を踏んだ。

「初舞台の記者会見では、ほとんど黙っていました。今どきの他の子はけっこう達者にしゃべるのに、この子は大丈夫かなと思ったんですが、すっかり人気役者になりましたね」

 田代さんは、最近の染五郎はきれいなだけではないと驚かされているという。

「かなり踊れていたり、芝居ができたりするんです。同じ舞台に立つことの多い父・幸四郎が働き盛り。御曹司がつとめる役をたくさん演じさせてもらっている。ファンがついていてチケットが売れるからまたいい役がつくという好循環もありますね」

 

六条御息所も玉三郎も怖い

源氏物語「葵」より。賀茂祭(葵祭)での斎院御禊見物の折、牛車が鉢合わせする六条御息所と葵上の一行 香蝶楼豊国《葵》画像=国立国会図書館デジタルコレクション

 今回の源氏物語は「六条御息所の巻」。六条御息所は、かつて皇太子の后だったという高貴さに加え、美貌や教養に光源氏が心惹かれた年上の女性。ところが正妻である葵上(あおいのうえ)の懐妊を知って嫉妬し、生霊となって葵上に取り憑いて殺してしまう。

 源氏物語の女たちの中でも、際立った個性と強さを持つ特殊な存在の六条御息所を演じ、監修もつとめているのが、坂東玉三郎(74歳)。

 9月の尾上左近(18歳)に続いて、10月は19歳の若手・染五郎を大役に起用した玉三郎は、次世代を担う役者たちを育てることを特に大切に思っている。「教えるだけでなく、お客様の前で本番で会うということ。命がけで会うわけですから、それが一番いい」「今、急ぐことが大事だと思った」と語っている。

「昔から“玉サマはきれいな若い子がお好きだから”と言われるように、その時々に美しい相手役と共演してきた玉三郎。今旬でキラキラの染五郎を相手に、どんな六条御息所の情念・苦悩・恐ろしさを見せてくれるか、楽しみです。

 玉三郎が舞台に登場すると『そりゃあお年にはなったな』と思うんです。ところが少しすると、ふわーっと霧がかかったように若い女性に見えてくる……、六条御息所の嫉妬も怖いけれど、坂東玉三郎の芸の力も怖い。今のうちにしっかり観ておきたいですね」