予想を裏切って上演が重ねられてきた「あらしのよるに」

『歌舞伎絵本 あらしのよるに』(講談社) 原作・文:きむらゆういち、絵:あべ弘士、その他:今井豊茂。ロングセラー『あらしのよるに』から生まれた新作歌舞伎を、原作者がオリジナルストーリーで絵本化した一冊

「初演の時には、狼と山羊の話を歌舞伎でやるなんて大丈夫だろうかと心配だったんですが」と田代さんが語るのは、歌舞伎座十二月大歌舞伎で上演される『あらしのよるに』(12月3日~26日※休演・貸切日あり)。

 絵本「あらしのよるに」を原作として、平成27年、京都の南座で初演されたのち、歌舞伎座、博多座と上演が続き、さらに、今年9月の南座で再演されて、12月には歌舞伎座で上演される。主演の狼のがぶを初演から引き続き中村獅童(52歳)、山羊のめいは尾上菊之助(47歳)が初めて演じる。

「始まってすぐ、山羊役20人ぐらいの総踊りには、さらに心配になりました。歌舞伎には振りを揃えるという発想がないんです。どこの家のお弟子さんかによって踊り方が違ったりするのが当たり前。KPOPなどでビシッと揃ってシンクロするダンスを見慣れている今の若い人には奇異にうつるのではないかと……」

 嵐の夜の暗闇で、小屋に逃げ込んだ狼のがぶと山羊のめいが出会い、「あらしのよるに」を合言葉に再会を約束するのがはじまり。翌日会ってお互いの姿をみたふたりは驚き、“友だちだけどおいしそう”と思ったり疑心暗鬼になったりも経て、周囲の反発に屈せず友情を深めていく舞台が好評を博した。

 田代さんも、引き込まれていった。原作がよくできているせいもあるけれど、役者の力によるところが大きかったという。

「義太夫の太夫と狼のがぶ役の獅童が会話する珍しい場面もある。山羊のめいを食べたくなってはいけないと煩悶して舞台をひとりで行き来するところなんかも、獅童の人たらし役者ぶりが客席をひきつけるんですね」

 基本は歌舞伎のせりふ回しや動きや踊りで、それが上手く使われている。例えば、狼や山羊は古典的な歌舞伎における動物の動きをする。山羊の衣装は歌舞伎で動物を表現するときの白い着物で、着ぐるみショーにはなっていない。

 

新作を成立させる役者の力

「歌舞伎好きには、古典からいただいてきたところもウケます。例えば捕らえられた山羊の姫が縄につながれてしなしなしているのは、これは『金閣寺』の雪姫だな、とクスっとしました。凝り性がやりたいことを詰め込んで作りあげたものは、面白いんですよね」

 新作歌舞伎の狼と山羊の話なんて3時間も見ていられないだろうとも思われたのに、好評を博して再演の続く作品となった。

「初演のコンビ獅童と尾上松也(39歳)が、歌舞伎以外でも成功体験を積んで客席を引っ張る力を持った役者だからこそ成立させられたのだと思います。

 そして今回の山羊のめい役は、尾上菊之助。初演で松也が演じた役を、菊之助が演じるというのも、ちょっと驚いたのですが。それだけ魅力のある演目だから出演するということでしょうね。数々のテレビドラマで好演し『NINAGAWA十二夜』『風の谷のナウシカ』などの新作にも挑戦し続けている菊之助は、また新たな山羊のめいを見せられるはずです」

 エンタメの他流試合でも腕を磨いた役者たちが、現代の観客を納得させてこそ、令和の新作歌舞伎が育っていくのだろう。

 

※情報は記事公開時点(2024年10月7日現在)。