犬とは心友になれるのに、どうして男とはなれないのだろう
この小説の構造上の特徴は、まどかと虎の揺るぎない関係が、32歳になったまどかと恋人の揺らぐ関係と響き合うことだろう。回想部分と現在がメビウスの帯のようにシームレスに繋がり、確信のある愛と、確信のない愛の対比を浮かび上がらせる。
恋人の博人とは、自然に子供ができるようなことがあったら籍を入れようという話になっていた。しかしまどかはピルを服用していた。博人にそれを見とがめられる。自分の体を自分で管理してどうしていけないのと思うと同時に、なぜピルを飲んでいるのかという問いに言葉で答えなくては、自分の感じていることはないことになってしまう、とも思う。
まどかが絞り出した言葉はこうだった。「自信がなくて」。博人は問い返す。なんの自信?「自分以外の誰かを守り抜く自信」。子供をつくりたくないという気持ちをパラフレーズすれば、そんな言葉になった。
ピルに傷つき、頭を冷やし、反省の弁を持って再びやってくる博人の“寛容さ”は、恋愛における男性の善意と鈍感さのよき見本のようでもある。博人の優しさはどこかズレている。まどかはそれが分かった上で、この恋愛を続けようとしている。
人間同士の愛とはこういうものだとの諦念があるのだろうか。消極的な恋愛しかしてこなかったまどかは、愛がどんなものかわからない。わかるのは虎こそが「私が所有した唯一の愛だった」ということだけだ。
犬とは心友になれるのに、どうして男とはなれないのだろう。前者が濁りのない忠誠心に基づく絶対愛であるのに対し、後者は相手の感情や反応によって土台が揺らぐ相対愛だからではないか。そんなことを思う。
※「概要」は出版社公式サイトほかから抜粋。