「新作歌舞伎」は明治時代から

 猿翁は、「明治時代からスーパー歌舞伎は存在していた」と語っている。たくさんの役者たちが、今の時代の表現をしたいという気持ちから、新しい歌舞伎を生み出そうとしてきたのだ。

 役者とその時代のクリエイターが組んだ新作は、今に始まったものではない。歌舞伎では、近代以降に歌舞伎内部の狂言作家以外によってつくられた演目を「新歌舞伎」。さらに、第2次大戦後の演目のことを一般的に「新作歌舞伎」と呼ぶ。

 明治時代には、二代目市川左團次(いちかわさだんじ 1880~1940)が、当時の人気作家であった小山内薫、永井荷風をブレーンにし、「半七捕物帖」の岡本綺堂らと組んで、近代的自我を持つ主人公を登場させた新たな作品を送り出した。

 昭和には、大佛次郎も歌舞伎の原作を数多く書いている。三島由紀夫が執筆した作品の主役は、六代目中村歌右衛門(1917~2001)や坂東玉三郎(73歳)だった。

「彼らは、作家にとって創作意欲を刺激するミューズだったわけです。三島のバロックな美意識と合致したのですね」

三島由紀夫は6本の歌舞伎作品を執筆。第1作では、芥川龍之介の短編小説『地獄変』を劇化した

 平成には、中村勘三郎(1955~2012)が、野田秀樹や串田和美とタッグを組む。野田秀樹が演出した『野田版 研辰の討たれ(とぎたつのうたれ)』(2001)、『野田版 鼠小僧』(2003)、串田和美が演出した『平成中村座 隅田川続俤(すみだがわごにちのおもかげ)』(2000)、『コクーン歌舞伎 夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)』(2002)などは、歌舞伎を観たことがなかったたくさんの観客を劇場に呼ぶこととなった。

「私は、古典歌舞伎が好きなので、勘三郎というたぐいまれな役者が、新作を作ることで体力を使い果たしてしまったのではないかと、残念に思う気持ちはあります。長生きも芸のうちなのに、57歳なんかで亡くなってしまわなかったら、どんな『鏡獅子』『娘道成寺』『髪結い新三』を見せてくれたのか。あのあと、どんな役者になったのか。しかし、勘三郎は身を削ってまで、新しいものをつくりたかったのかもしれません」

 その後も、2018年の『新作歌舞伎 NARUTO-ナルト』、2019年の『新作歌舞伎 風の谷のナウシカ』などが話題となった。

 2023年には『新作歌舞伎 ファイナルファンタジーX』『新作歌舞伎 刀剣乱舞』『新作歌舞伎 流白浪燦星(ルパン三世)』と、人気エンタメを歌舞伎に取り入れた作品が次々上演され、オリジナル作品のファンと歌舞伎の観客の双方が劇場に集まるという現象は、まだまだ続いていくだろう。

 

新作では若手役者たちをチェック

 田代さんによると、やはり多くの若い役者たちは、古典歌舞伎で大役を演じることを願っているのだという。

「しかし、若いうちは、歌舞伎座大歌舞伎での役付きはどうしてもよくない。家柄が良くても、後ろで並んでいる5人の家来の一人で台詞がほとんどなかったりするわけです」

 今回の『ヤマトタケル』のような新作だと、そういう若手たちでも、大きい役をもらうことができる。観る側としては、新作でこの若手はいいなと目をつけておいて、見守っていくのも楽しい。

「そりゃあ役者は、自分の見せ場があってなんぼですから。ここで頑張れば、大歌舞伎でもいい役が来るかもしれないという彼らの熱気を感じられるのが、新作の面白さです」

 そして、作品として熟成されていく過程が見られるのも新作の醍醐味だという。

「新作の中には、すべり出しはしっかりしているのに、2幕になって『あれ?』となり、これで終わっちゃうんだということがあります。『ああ、時間切れだったんだろうな』と思うわけです。

  でも、今、古典になっている演目も、年月を経て、その時に演じる役者の工夫で変わってきた。作品がどう変化し、熟成されていくかを見届けるのも、歌舞伎で新作を観る愉しみの一つだと思います」

 

※情報は記事公開時点(2024年2月27日現在)。