幕末から明治期にかけて、日本絵画の伝統を受け継ぎながらも新たな表現を模索した絵師たち。展覧会「激動の時代 幕末明治の絵師たち」が東京・六本木のサントリー美術館で始まった。
文=川岸 徹 撮影=JBpress autograph編集部
幕末から明治の美術を知る貴重な機会
日本史の中でも戦国時代と並んで高い人気を誇る「幕末」。260年にわたる江戸幕府の統治が終焉を迎え、その下剋上の立役者となったのが若き獅子たち。政治は自分たちの手で変えられる——。そんな期待感にあふれた幕末という時代に、現代の人々がロマンや夢を感じるのも不思議なことではない。
もちろん、幕末を生きた当時の人々は相当辛い思いをしただろう。幕府の財政難を立て直すための天保の改革、黒船の来航、開国を求める諸外国の圧力、はやり病の流行、大地震の発生、激化する倒幕運動……。めまぐるしく変化する時代を生き抜くのは容易いことではない。
ではそうした時代に絵師たちはどんな題材を選び、どのように描いたのか。幕末から明治にかけての日本絵画にスポットを当てた展覧会が、サントリー美術館で開催中の「激動の時代 幕末明治の絵師たち」だ。「幕末の江戸画壇」「幕末の洋風画」「幕末浮世絵の世界」「激動期の絵師」の4章構成で、江戸・東京で活躍した絵師の作品を中心に合計172件(展示替えあり)を紹介する。
《五百羅漢図》が見逃せない!
第1章「幕末の江戸画壇」では狩野派に注目。狩野派は幕府の御用絵師として重用され、江戸画壇を牛耳っていた流派。狩野派と聞いて、狩野探幽に代表される煌びやかな障壁画を思い浮かべる人も多いだろう。だが幕末を迎えて、狩野派にも変化が訪れた。従来のイメージとは異なる独創的な表現を試みる絵師が増えてきた。
その門下から登場したのが狩野一信。展覧会の冒頭に飾られた《五百羅漢図》のインパクトがものすごい。「500人の羅漢たちが修行に励み、日常を生き、衆生を救済する様子を描く」という仏画ではおなじみの題材だが、西洋の陰影法が取り入れられ、色づかいも強烈な極彩色。そうした独創性に加え、一信の画力が圧倒的な迫力を生み出している。修業に励む羅漢の表情には感情があふれ、時に優しく、時に恐ろしく迫ってくる。
《五百羅漢図》は東京の増上寺が所蔵するもの。全100幅から成り、その中から厳選された6幅が公開されている。
第2章「幕末の洋風画」は安田雷洲に注目したい。知名度は決して高いといえない絵師だが、葛飾北斎に絵を学んだ経歴をもつ。
安田雷洲が描いた《赤穂義士報讐図》。これがたまらなく面白い。赤穂義士が吉良上野介を討ち取った場面が題材だが、構図にはキリスト誕生の場面を描いた聖書の挿図「羊飼いの礼拝」がそのまま用いられている。キリストを抱く聖母マリアの姿は、吉良上野介の首を持つ大石内蔵助。羊飼いたちの姿は赤穂義士の面々。大胆な置き換えに微笑ましい気分になった。
この安田雷洲は緻密な銅版画も得意とした。代表作は《東海道五十三駅》で、東海道の景色や宿場での人々の営みが精緻な銅版画によって生き生きと描き出されている。作品が制作されたのは天保15年。天保4年頃に刊行されて大ヒットした歌川広重《東海道五十三次》に刺激を受けて制作されたと考えられている。“まんまパクリ”のタイトルがまたまた微笑ましい。