「音羽屋!」にこめられた歴史と歌舞伎愛
歌舞伎役者ではないが、寺島しのぶには「音羽屋―!」と声がかかる。歌舞伎になじみのないうちは、この屋号もよくわからないことのひとつだろう。
歌舞伎役者の名前は、当代の市川團十郎が十九代目、尾上菊五郎が七代目というように受け継がれてきたもので、これを「名跡(みょうせき)」と呼ぶ。
単なる名前ではなく、市川團十郎なら「勧進帳」の弁慶など豪快な役を演じる、尾上菊五郎なら「青砥稿花紅彩画(あおとぞうし はなのにしきえ)」(通称「白浪五人男)の弁天小僧菊之助など粋できっぷのいい役を演じるというふうに、キャラクターごと受け継ぐことになる。
それとセットで家に伝わるのが「屋号」。團十郎なら代々成田不動尊を信仰していたことから「成田屋」。千葉県成田市の成田山新勝寺の節分に、毎年團十郎ファミリーが登場するのもそうした由縁からだ。菊五郎なら初代の父の出生地、京都清水寺の音羽の滝にちなんで「音羽屋」となっている。
ちなみに、「音羽屋!」といった掛け声は「大向こう」と呼ばれる人たちが決まったところで掛けると決まっている。
「誰でも勝手に声を掛けていいわけではありません。声を掛ける人は決まっていて、『ああ、今日はあの人だな』と歌舞伎の常連客にはおなじみだったりします。元NHKアナウンサーの山川静雄さんも、声を掛けていたそうですが、ひと月に10回通うのが当たり前だったと話しているのを聞いたことがあります。
演目を知り尽くして、役者の呼吸がわかっているぐらいでないと掛けてはいけないんです。1階や2階から声を掛けてはいけないのも不文律です」
掛け声には、役者の屋号の他に、「〇代目!」といった代数、「紀尾井町!」「神谷町!」といった役者の住んでいる町、「待ってました!」「ご両人!」といったものまである。
「演目の場面に合わせられていることはもちろん、その日の役者のタイミングにも合わせられていて、歌舞伎を成立させている要素のひとつが掛け声。劇場に行く前にはぜひ役者の屋号の由来をチェックして、芝居を観ながら大向こうさんの掛け声も味わってみてください」
※情報は記事公開時点(2023年10月13日現在)。