師匠へのリスペクトか?対抗心か?
これらは前川國男の師匠に対するリスペクトと見ることもできるが、その一方、ル・コルビュジエという大きな壁に対する対抗心、もしくは1人の建築家としての自尊心もあるのでは?と勘繰ってしまう私はひねくれものであろうか?
いずれにせよ、《東京文化会館》は前川國男の傑作であり、彼は『出藍の誉れ』であると改めて言いたい。
そもそも、この言葉の基になっている故事は、古代中国の思想家であり儒学者である荀子の著作『歓学』からの引用、
『学はもって已むべからず。青は之を藍より取りて藍よりも青し。』
である。本来この意味は
「学問に終わりはなく怠ってはならない。青は藍から取って藍よりも青いものだ。」
ということであり、それはすなわち、
「学問は綿々と受け継がれて積み重なることでさらに発展していくものであり、元にあったものより後のものが優れているべきものである。」
ということであった。つまり、『出藍の誉れ』という言葉は、今私たちが理解している「弟子が師匠よりも優れた才能を持っている」という意味に加え、「後人は先人を超えるべく、学び精進しなければならない」という、学問を奨励する言葉でもあったのだ。
であればこそなおさら、藤井七冠と杉本八段、そして前川國男とル・コルビュジエは『出藍の誉れ』の例えに相応しい師弟であると私は思っている。
ちなみに、弟子が師匠に勝つことを将棋界では「恩返し」と呼ぶそうだ。なんとも粋な表現だが、藤井七冠と杉本八段は過去に3回、直接対決をしており、いずれも藤井竜王が「恩返し」している。これこそ真の『出藍の誉れ』。そうなると《東京文化会館》は前川國男のル・コルビュジエに対するまさしく「恩返し」ということになるであろうか。
そんな師匠、ル・コルビュジエであるが、残念ながら《東京文化会館》そして自身の作品である《国立西洋美術館》を実際に見ることは無くこの世を去ってしまった(実際彼が来日したのは1955年[昭和30年]、現地視察を兼ねて訪れた1回のみ)。
果たして、彼は前川國男の作品を見たときに、どのような言葉を彼にかけただろうか。杉本八段のように、エスプリに富んだコメントと共に称賛の言葉を与えただろうか。それとも、巨匠然として、辛口な批評をしただろうか。それはもちろん、わかるわけではないが、弟子の前川國男は自身の「2つの作品」を胸を張って師匠に紹介したに違いない。