「開かれた空間」と「師匠コルビュジエ」

 まずは1つめ「開かれた空間」について。

《東京文化会館》の大きな魅力の1つが、エントランスからロビー、ホワイエへとつながる内部空間である。

 そこは、街路に舞い落ちた落ち葉のように、4色の三角タイルでデザインされた床が広がり、公園内の樹木のように力強く、そして柔らかな木肌の打放しコンクリートの柱が立ち並ぶ。また、帯状に張られた黄金のタイルの壁は、ビルのファサードを照らし出す朝日や夕日がごとくきらめき、紺碧の天井に散りばめられた照明は、満天の星空のように輝く。これらはあたかも、公園から連続するもう1つの「街並み」のようである。

《東京文化会館》エントランス

 この「街並み」は、少し低めに抑えられた高架下のような赤い天井のエリアにも続いており、左手に小ホールへとつながる坂道を見ながら、正面に抜けるとそこには、まるで城壁のような大ホールが圧倒的な存在感で待ち構える。

 実はこの壁面、大理石を砕いてパネル化したものなのだが、外壁も同様な仕上げであるため、外の上野公園から内部への連続性が生まれており、これに、ロビーから続く高い天井高の開放感と、いくつもある床レベルが生み出す立体感が相まって、まるで街を包み込んだような、心躍る内部空間となっている。

 このような「街並み」のような空間は、前川國男がこの《東京文化会館》を誰もが気軽に、親しみを持って訪れることができる場所になるよう、建築が閾として外と内を分断することなく、公園と一体化した誰にでも「開かれた空間」になるようデザインしたことによるものであろう。

《東京文化会館》大ホール ホワイエ

 そしてもう1つのポイントであり、この建築における最大のこだわりであっただろう「師匠ル・コルビュジエ」。

 前川國男による《東京文化会館》は随所に、正面に建つ《国立西洋美術館》、そして師匠であるル・コルビュジエを意識したデザインを見て取ることができる。そして、これこそ、今回私が前川國男を『出藍の誉』の例にあげた所以である。

 では、それらの内容を具体的に見てみよう。

 まずは、この《東京文化会館》における最大の特徴の1つである、大きく反り上がった曲面の庇。この庇のデザインは、師匠の代表作の1つであるインドの《チャンディガール立法議会棟》からインスパイアされたのではないかと推測される。そのお盆のようなユニークなフォルムもさることながら、この庇によって各ホールや会議室、資料室など、大小バラバラ、形状も異なる建築のボリューム(箱)を、一挙にまとめあげ、1つの建築として、圧倒的な存在感を創り出しているのは、さすがのデザインである。

《チャンディガール立法議会棟》ダンシッド, CC BY-SA 2.0, via Wikimedia Commons

 また、この庇の上部の高さは極力抑えられるように設計されているのだが、《国立西洋美術館》の屋根と同じ約11mに揃えられている。これは師匠の作品への敬意の表れであろうか。

 続いて、外部に面して設置されている大きなガラスの開口部に注目してほしい。

 このガラス窓を形成している縦横の黒色の桟は、とてもリズミカルな構成となっているが、実はこのデザイン、正面に建つ《国立西洋美術館》の前庭に引かれた床の目地のデザインにピッタリ合わせたものである。なるほど、《東京文化会館》と《国立西洋美術館》の間に立ってサッシと前庭を見比べると、それらが連続しているのがよくわかる。

 そもそも、この《国立西洋美術館》の前庭の目地は、ル・コルビュジエが提唱した「モデュロール」に基づいてデザインされたものなのだが、それが《東京文化会館》につながっているということは、そのファサードデザインも、自ずと「モデュロール」ということになるわけだ。これまた師匠とリンケージ。

 これら以外にも、先に述べた大理石を砕いた壁面パネル(《国立西洋美術館》の外壁のコンクリートパネルには、当初、高知・桂浜の青石が埋め込まれていた)や、小ホールのホワイエへとつながるスロープ(コルビュジエは自身の作品で、スロープを多用していた)、壁面や階段室などに見られる赤や青などの原色を用いた印象的な配色(これらも彼の作品で頻繁に用いられている)など、師匠の作品を意識したと思われるデザインがいたるところに見受けられる。

《東京文化会館》外観 ©︎Tetsuya Ito