夢がかなったオリンピック

2022年2月4日、北京オリンピック、フィギュアスケート団体男子SP演技後の宇野と出水トレーナー 写真=長田洋平/アフロスポーツ  

 2021-2022シーズンも思い出深い。出水は北京オリンピックの団体戦でキスアンドクライに座ったのである。ステファン・ランビエールの北京入りが遅れたのがきっかけだった。

「コロナではなかったのですが、スイスの基準が厳しくてそこに引っかかった形で団体戦に間に合わないことになりました。その頃にはステファンがいない期間は私がリンクサイドにいて動画を撮ったり話をすることも多くなっていたこともあって、知っている人がいたほうが、ということから決まりました」

 いざ座った心境をこう明かす。

「オリンピックでそこに座れるなんて思ってもいなかったことでした。素直にうれしかったですね。『あ、こんな景色なんだ、こういう感じなんだ』。あの景色は忘れられないですね」

 団体戦で(色はいまだに確定しないが)日本は初めてメダルを獲得。続く個人戦での銅メダルとあわせ、宇野は好演技を披露した。ふと、出水は語る。

「私が高校を卒業してトレーナーを目指し専門学校に進むとき、先生に夢を話したんです。『オリンピックで選手がメダルをとるとき、その横にいるトレーナーになってますから』って」

 宇野が銀メダルを獲った平昌、そして団体戦のキスアンドクライで見届けた北京。夢がかなったときでもあった。その後、出水がキスアンドクライに座るのはごくふつうの光景となっていった。

 

世界選手権の練習中に負傷

 2022-2023シーズンもまた、宇野の本質を知らしめる1年となった。

「足首がもともとゆるいので、捻挫しやすいという状況は常にあります」

 と言うように、宇野はしばしば怪我と向き合ってきた。世界選手権もその1つだ。公式練習中に転倒し負傷したのだ。

「いつも動画を撮っていて、画像越しでアップにしているので肉眼より見えるんですね。『やばい』と思いました。ステファンにそのままカメラを渡してすぐに行きました。距骨の軟骨損傷と、後ろの方の靱帯損傷がありました」

 欠場を選ぶことはなかったが、不安はあった。