NHK朝の連続テレビ小説『らんまん』の主人公・槙野万太郎は、世界的な植物学者・牧野富太郎博士をモデルにしているのは、周知のとおり。槙野万太郎は、幼少期を演じた森優理斗、少年期を演じた小林優仁、そして、青年期を演じる神木隆之介と、それぞれの俳優の好演もあり、聡く優しく、純粋に植物を愛する、大変に魅力的な青年であるが、万太郎のモデルである牧野富太郎とはどんな人物なのでしょうか。『牧野富太郎・植物を友として生きる』(PHP文庫)を上梓した鷹橋忍さんが、牧野富太郎の生涯を語ります。
文=鷹橋 忍
幼くして父と母を失う
牧野富太郎は、文久2年4月24日(1862年5月22日)、幕末動乱の時代に誕生した。
富太郎の生家は、土佐国高岡郡佐川村(高知県高岡郡佐川町)にあった「岸屋」という名の裕福な商家である(ドラマでは酒蔵「峰屋」)。
富太郎いわく、牧野家は酒造業と雑貨店を営んでおり、佐川ではかなりの旧家で、上流階級に属していたという。
父親は牧野佐平といい、牧野家の養子だった。
万太郎の母親は広末涼子が演じた「槙野ヒサ」であるが、富太郎の母は名を久壽(くす/久寿)といい、富太郎の祖父・小左衛門の先妻の娘だった。
祖母は浪子といい、小左衛門の後妻である。富太郎とは血のつながりはない(牧野富太郎『牧野富太郎自叙伝』)。
浪子は松坂慶子が演じる万太郎の祖母「槙野タキ」と同じように、才気溢れる賢夫人であった。
兄弟姉妹に関しては、ドラマでは「槙野綾」が姉として登場し、のちに従姉と判明したが、富太郎は自叙伝で、自分は一人っ子であったと述べている。
裕福な家に生まれた富太郎であるが、肉親の縁には恵まれなかった。
富太郎が3歳の年に父の佐平が、5歳の年に母の久壽が、幼い富太郎を残して病死している。
そのため富太郎は、父の顔も母の顔も記憶にないという。
さらに、6歳の年には、祖父の小左衛門も亡くなった。富太郎に残されたのは、祖母の浪子ただ一人だけとなった。
店は、浪子が切り盛りした。番頭の佐枝竹蔵がよく尽くしてくれたこともあり、店は繁盛し続けた。
富太郎はこの頼もしい祖母に、大切に育てられた。