遠近法なくしては正しい絵を描くことは不可能
『絵画論』には、「遠近法なくしては正しい絵を描くことは不可能である」というレオナルドの言葉があります。イタリア・ルネサンスの絵画的発明のひとつが遠近法で、遠近法は、一定の視点から見た3次元の空間を2次元である平面上に表現する方法です。レオナルドは遠近法の発展に大きく貢献しています。彼が用いた遠近法には「線遠近法」「空気遠近法」「色彩遠近法」の3種類がありました。
「線遠近法」は、「一点透視図法」とも呼ばれる、初期ルネサンスで生まれた技法です。ある1点を視点として、物体を人間の目に映るのと同じように、遠くを小さく、近くを大きく描きます。
たとえば実際には平行に走っている道が遠くに行くほど狭まって見え、やがてそれが1点に集束します。この点を消失点といい、見る人の目の位置です。そのため線遠近法を使った作品は、見る人に絵画の中にいるような効果を生み、惹きつけられるのです。ルネサンスの画家はみな用いた技法だったので、「ルネサンス遠近法」とも呼ばれました。
《受胎告知》も線遠近法を用いて描かれ、書見台の2辺や石組の壁の線を延長すると、画面中央の手前の山の1点に集束します。この消失点は左右の中央に位置し、このようなシンメトリーの構図はフィレンツェのルネサンスの典型的なものです。
また、レオナルドは「横から見た画家の眼の位置=距離点」も考えて構図を決めています。さらに《受胎告知》では、斜めに置かれた床の正方形の素焼きタイルの辺を伸ばすと、画面左右のそれぞれ1点に集束するという、3つの消失点を設けているのです。これは16世紀の初めに記録がある「三分点」と呼ばれるものと同じ性質で、レオナルドの先進性が示される良い例でしょう。