言葉遊びにあふれるネーミング

 展覧会ではぜひ、作品のネーミングや広告コピーの面白さを味わってほしい。落ちないアイメイクの広告に書かれる「泣いてごらん、ベイビー」というコピーや、ベレー帽の広告の「これもまた短い流行で終わるのか?」という自虐的なコピーはわかりやすくニヤッとできるところかと思う。

 作品につけられた名前の中にはなぞなぞゲームを強いてくるものもあり、なかにはかなり長時間、格闘してその意味を解読したものもある。

 たとえば、「ヤムヤム!」と命名された、着物にインスパイアされたと思しきセットアップがある。なぜ、着物が「おいしい!」になるのか?

左から2体目が「ヤムヤム!」

 私は次のように推測した。イギリスの日本食料店にいくと「ヤムヤム」というインスタントラーメンがある。日本製ばかりでなく、タイ製や韓国製だったりもするのだが、日本食料店ではなぜか多く「ヤムヤム」を扱っている。おそらく、日本の着物から日本食料店のインスタントラーメンのヤムヤムに連想がいき、そのように名付けられたのではないか…?

 また、一番苦労したのが、「サプライズ・パケット」と名付けられたトラック・スーツ(運動着)である。なぜに運動着がサプライズ・パケット?

中央の白いトラックスーツが「サプライズ・パケット」

 Googleでsurprise packetを入力して画像検索を延々とおこない、100スクロールくらいしたところでようやく出会ったのが、1951年のイギリス陸軍の「サプライズ・パケット」というエクササイズ用のパンフレットだった!陸軍のエクササイズのためのウェア、その連想からトラックスーツにサプライズ・パケットとつけたのだ。これを探り当てた時はほとんど探偵の仕事をしているようだった。

 

クワントへの恩返し

 なぜ私がそこまでして執念を燃やせるのかといえば、クワントに恩返しをしたいという思いがあるからだ。

 もう40年近く前になるのだと思うが、大学の卒業論文で「マリー・クワントのミニスカートによる社会革命」をテーマに書こうと決めた。「イギリスの文化と社会」という枠組みなら何をテーマに選んでもよいはずだったが、居並ぶ教授陣の9割ほどが「ファッションなんていう軽薄なテーマはアカデミズムにそぐわない」と否定的だった。今はまったくそんなことはないと思うが、当時はそんなムードだったのだ。

 否定されることで逆に使命感をもってしまった私は、ファッションに社会を変える力があるということはアカデミズムで論じるにもふさわしいなどと強弁してしまったのだが、しかし、当時の日本では資料などほとんどなければインターネットもない。困った。仕方がないので私はロンドンのクワント本社のマリー・クワント宛にSOSの手紙を書いた。するとほぼ一か月後、黄色い大きな国際郵便小包が届いた。中には会社のマーケティング資料や展覧会のカタログなど、論文を書くに十分な資料一式が入っていた。

 異国の見知らぬ女子学生に救いの手を差し伸べてくれたクワントの優しさと寛大さは、彼女を知らない世代の多くの人にも知っていただきたい。クワントの作品に流れるスピリットと、彼女がビジネスを通して一貫して伝えていたメッセージを次世代へ伝えていくこと、これが彼女への恩返しとなることを信じている。