他人ではなく自分自身の解放が、結果として社会変革をもたらす

4.「ファッションの解放」

《シャツドレスとショートパンツを着るケリー・ウィルソン》 1966年 Photo Duffy © Duffy Archive

 ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館のトリストラム・ハント館長は、「彼女の最大の偉業は、新しい生き方や考え方を伝える手段としてファッションを捉えていたことかもしれない」と書く。

中央の紫のサテンのシャツドレスとショートパンツは、モデルのケリー・ウィルソンが着用して有名になった。ケリーはポリネシア人とアフリカ系アメリカ人を両親にもつモデルで、キャンディをなめながら大胆なポーズで着こなし、動きやすさをアピールした。クワントはいち早く多様な人種のモデルも起用していた 

 旧態依然とした階級制度、性別の役割、年齢に応じた「らしさ」。そういった制約にとらわれない自由で自分らしい生き方を楽しもう。マリー・クワントはファッションを通してそんなメッセージを伝え続けた。ミニスカートを筆頭に、紳士服、軍服、スポーツウェア、子供服にインスピレーションを得たデザインの背後には、そのような信念が一貫して感じられる。子供には、おしゃれでかわいいデイジー人形を通してメッセージを伝えた。

デイジー人形は身長23センチで、クワントのコレクションをそのまま小さくした服を着ている。子供のお小遣いでも買える価格で人気を博した。ネーミングも楽しい 

 シャネルがクワントを嫌っていたこと(をクワントが自覚していたこと)は前述したが、両者は「ヴァルガー(下品)」であることに対する姿勢も対立している。シャネルはラグジュアリーの対極にある要素としてヴァルガーを嫌った。一方のクワントは、こう言う。「よい趣味なんて死んだも同じ。ヴァルガーであることこそが人生よ」。新しさを生む刺激としてヴァルガーを高く評価し、不作法で醜いとされた膝を丸出しにしてミニスカートを大流行させ、世界を制覇した。

《ストライプのアンサンブルを着る2人のモデル》 1973年春 Image courtesy Mary Quant Archive / Victoria and Albert Museum, London

 下品さを嫌い、1920年代に20世紀の新しいラグジュアリーの基準を作ったココ・シャネル。

 下品とされるものを利用し、1960年代にその固定観念を打ち破って時代を変えたマリー・クワント。

 対極のような二人で、まったく違う方向のファッションで成功したデザイナーだが、共通点がある。自分の感覚や願望に忠実に生き、世の中の慣習が自分と合わないと思えば従わず、価値観を転覆して自分が(ひいては女性が)生きやすい新しい世界を切り開いたこと。ふたりとも「女性解放」など一言も言わずにさっさと自分が解放され、豊饒な人生を生き、自分らしさが発揮できるビジネスを作って勤勉に働き、ファッションの可能性を広げたばかりでなく、社会改革までもたらしたこと。

 社会との違和感を覚える自分を自覚することが出発点にある。だが、社会に自分を合わせようとせず、自分に合う社会を作ってしまったことが爽快なのだ。二人とも同時代の道徳には反していたとしても、主体的に生きる倫理観は誰よりも強く持ち合わせていた。