2回にわたってお届けした、シャトー・メルシャン 勝沼ワイナリーのワイナリー長 田村隆幸さんと、同ワイナリーの仕込み統括 丹澤史子さんへのインタビューは今回で最終回。今回は、ワインやブドウではなく、産業としての日本ワインの現状とこれからについて、サステイナビリティにも絡む話を紹介したい。

取材・文=鈴木文彦 写真提供=メルシャン

日本土着のブドウ品種「甲州」

日本ワイン産業の持続性

 この連載が始まった背景には、日本ワインの人気が高まっているから、という理由がある。昨今の日本ワインの状況を、日本ワインの老舗中の老舗、シャトー・メルシャン 勝沼ワイナリーでワインを造る、ワイナリー長 田村隆幸さんと仕込み統括 丹澤史子さんは、どう見ているのだろうか。今回の取材の最後に、筆者はそんな質問をおふたりにぶつけてみた。

「ブームで終わって欲しくない、というおもいはあります。いまこうして増えている日本のワイナリーが、10年後、20年後もやっていけるのか。そこには、単にブドウの栽培や醸造だけではない課題もあるとおもいます」

 と、丹澤さんが切り出すと、これを田村さんが受ける。

「10年後、20年後を考える。つまりサステイナビリティの話題は、いろいろな側面から語れるとおもいますが、栽培や醸造に使用する機器ひとつとっても海外製品の輸入に頼っているのが現状です。とはいえ、例えば、栽培に関して言えば、栽培密度などの条件が日本とヨーロッパなどでは違いますから、国産の動力部と輸入のパーツを組み合わせる、などということも起こります。

 醸造、発酵用のタンクも、日本で設計の段階から関わることで、自分たちが欲しいタンクを造ることは不可能ではないですが、海外にはすでに、かゆいところに手の届いた既製品が存在していたりしますから高い輸送費を覚悟しても、そちらを選びがちです。

 農業、機具関係のメーカーには海外でのビジネスを展開している日本の会社もありますし、日本でも使う側は増えている現在、そういったところが日本ワインに目を向けてくれることで、産業がより効率的になる可能性、というのはあるとおもっているんです」

 タンクといえば、筆者は以前、とある取材で、味噌や醤油が、ワインととても近い工程で造られているのを見て、ここで使われる樽をはじめとした道具はワインにも使えるのではないか、と思ったことがある。そんな思いつきを話をしてみると、田村さんが

「それこそ、昔の話であれば、当社にも製樽部門があったことはあります。いまではそれは難しいとしても、樽が国内で組み立てられるだけでも、かなりの変化にはなるでしょう。樽の輸送中はだいぶ空気を運んでいるわけですが、樽材のみを運べば輸送効率が良くなります」

 225リットル程度(ワインボトルにしておよそ300本分)の容量のいわゆるワイン用のオーク樽は、主にフランスかアメリカから、完成品の状態で輸入され、平均的な価格は、新品で大体、10万円から20万円といわれる。

シャトー・メルシャンの地下セラー

 シャトー・メルシャンのような大手ともなると、勝沼ワイナリーだけでも1000程度の樽をもち、これらは、大切に、10年程度は使用されるという。結構な投資だ。それでも、世界中のワインの造り手がオーク樽メーカーの製品を求めるのは、それを適切に使うことによって、ワインにもたらされる味わいや香りの深み、複雑さに、それだけの価値があると考えているからだ。だから丹澤さんも

「フランスの樽を使うのはオークのニュアンスがワインには必要だとおもっているから」

 という。ところが続けて

「だけれど、それは思い込みかもしれない」

 それは丹澤さんのようなプロフェッショナルでないとなかなか口にできない大胆な発言だな、とおもっているとこう続けた。

「日本で伝統的に使われている、味噌、醤油の道具、あるいは焼き物でもいいかもしれないけれど、そういったものがワインに使えないと断言は出来ませんよね。やってみないとわからないこととはいえ、実際、ステンレスはもちろん、コンクリートや素焼きのツボもワインには使われているのですから。いままでの当たり前を疑ってやらないとサステイナビリティにはならないですよね」

 いまワインの世界では、国際品種よりもその土地、その土地の土着の品種が注目されている。その火付け役のひとつであろう、ジョージアワインでは、古くからの土着のブドウ品種とともに、クヴェヴリという素焼きのツボを使った醸造方法も注目された。

 現在、ワイン人気上昇中のポルトガルにもターリャという、起源を同じくする伝統的なワイン醸造用のツボがあり、いま再び、この伝統が見直されている。甲州という日本土着のブドウが世界の注目を集める今、もしかしたら、日本ならではの伝統文化がそこに融合してゆく未来もあるのかもしれない。