日本ワインはもっと成長するはず
さて、こういったサステイナビリティを考える際に、筆者は、業界団体の存在感が日本でもっと増してもいいのではないか、と考えずにはいられない。
というのは、先の堆肥化の話でもあったように、どうしてもワイナリーや農家ごとの規模の大小の差が、環境や労働の問題に対して、選択できる手段の差となってしまうことがあるからだ。
また、勝沼エリアが、日本のブドウの郷なのには、ここが、高低差があり、扇状地が複合的に重なった、複雑な土壌の条件をもつこと、さらにこれを分断するように火山断層が存在すること、東から西へと、山から吹き下ろす「笹子おろし」と呼ばれる風が吹くことなど、複数の地質的、環境的要因がある。
ワイン的に言えば、モザイク状のテロワールなのだ。これほど魅力的な土地に、個々の組織の利害の枠を越えた、より網羅的かつ定点的な調査、研究がなされることを、1ワイン好きとしては、期待せずにはいられない。いまでももちろん、山梨県ワイン酒造組合をはじめ、組合、協会は複数あるし、ワイン産業が盛り上がることで、より、こういった、団体の活動が加速する、とはいえるだろう。しかし逆に、そういった団体の存在が、ワイン産業をさらに盛り上げる、ともいえるのではないだろうか。
筆者のような余人が気軽にどうこう言える問題ではないけれど、日本ワインがサステイナブルな産業となっていくために、やはり期待したいと、今回の取材を通じてもおもう。
また、最後に、ここしばらくの日本ワインの成長要因がどこにあるとおもうか、という質問に対して、田村さんが「私の大先輩から聞いたことなのですが」と前置きして教えてくれた話も興味深い。
「酒税法、食品衛生法の規制緩和も役割を果たしているんです。昔は、マロラクティック発酵のための乳酸菌を使えなかった時代がある、という話などは印象的ではないでしょうか?」
マロラクティック発酵というのは、ワイン醸造中にアルコール発酵に続いて起こる現象で、ブドウ果汁中のリンゴ酸が乳酸に変わる現象を指す。一般的に、リンゴ酸よりも乳酸のほうが酸味が穏やか、という味わい上のメリットと、乳酸菌のほうが、ワインが熟成する際に、細菌の繁殖を制御しやすく状態が安定しやすという熟成上のメリットから、選択的にマロラクティック発酵が起こるように醸造することが多い。
もちろん、自然に起こることもある現象ではあり、起こしやすくするテクニックなどもある。また、フレッシュな酸味を重視してあえてこれが起きないように醸造する、というテクニックも存在している。とはいえ、狙った味わいを生み出すために、ここ、というタイミングで乳酸菌を添加する、という選択肢は、ワインの造り手が持っていて当然のものだ。と、おもっていたけれど、この選択肢がそもそもない時代があったとは……。
「その頃は、マスカット・ベーリーAのワインに、乳酸菌なしでマロラクティック発酵を起こせる、などということもなく、酸っぱいワインしか造れなかった、という話です。乳酸菌を使えるようになっただけでも、もう全然、違う世界です」
「EUとのFTAでEUで認められているものが、どんどん、日本でも使えるようになってきた、ということもありますね。それまで、便利だけど日本では使えないなとおもったものも使えるようになりました。酵母もメニューが増えました」
さらに、こういったワイン関係の商材を扱う輸入商社のカタログの充実も見逃せないポイントだという。
「海外留学しなくても、日本でワイン造りを教えてくれるところも増えていますよね。人材育成の面でも、道具などの面でも、環境が整ってきている、ということが、日本ワインの成長の裏にはあるはずです」
全部が全部というわけではないけれど、個々のワインを見比べた場合、日本ワインというのは、まだ、海外のワインと比して、価格が高くなりがち、というコストパフォーマンス面での弱点を抱えている。それを、しょうがないことだ、と諦めてしまっては、そこで成長は止まってしまう。
これを読んでくれたビジネスパーソンが、日本ワイン産業に興味をもってくれて、そこに新しい風を吹き込んでくれれば嬉しい。まだまだ、日本では小規模な産業かもしれないけれど、世界の銘醸地では、ワインは国が無視できないほどの産業規模を誇る。ワインは成長する可能性を、多分に秘めた産業なのだ。