本コンテンツは、2019年10月3日にベルサール御成門タワーで開催された「Digital Innovation Forum 2019 <秋> ~デジタル変革によるイノベーションの実現~」での講演内容を採録したものです。

株式会社ビービット 執行役員 エバンジェリスト 宮坂 祐 氏

アフターデジタル時代にDXの鍵を握る「OMO」とは?

 最初にクイズをお出しします。「3時間・150回」。この数字は何を示しているでしょうか? 正解は日本人が1日にスマートフォンを見ている時間と回数の平均です。2007年、スティーブ・ジョブズがiPhoneを発表してからほんの12年の間に、スマートフォンは私たちの日常にここまで浸透し、デジタルというものをもはや特別なものではなくしてしまったのです。「アフターデジタル」とはすなわち、リアルとデジタルとの間にあった境界線が無くなり、リアルの生活をデジタルが包み込んでいる状態を指します。リアルとデジタルが別の領域として併存していた時代がビフォアデジタルであり、現代のようにデジタルの領域の中にリアルが取り込まれている時代がアフターデジタルということ 。

 われわれビービットは、UX(顧客体験)向上をビジネス成果へ繋げるエクスペリエンス・デザイン・ファームとして、多くの企業のデジタルトランスフォーメーション(以下、DX)に携わっていますが、DXとはまさにアフターデジタルにアジャストしたビジネスへと変革をしていくことだと捉えています。そこで、本日はこのアフターデジタルにアジャストしていく重要なアプローチの一つとしてOMOについてお話をしたいと思います。

 さて、OMOですが、Online Merges with Offlineを略したものです。小売業界をはじめ多くのビジネスではこれまで、オンラインとオフラインとを別のもとしてマーケティングなどの施策を実行してきたわけですが、アフターデジタル時代が到来した今、先ほどもお話したようにこの両者の間で垣根がなくなり一体化しているのが実情です。分かりやすい例としてAmazonを挙げましょう。同社は米国で2017年に食料雑貨販売の大手チェーン店であるホールフーズ(Whole Foods Market)を買収しました。

 多くの人々が「オンラインの雄であるAmazonが今度はオフラインの店舗における販売ビジネスにも乗り出した」と捉えましたが、本質部分をAmazon目線で言うならば「そうではない」のです。米国各地のホールフーズの店舗、つまりオフラインでお買い物をする場合にもAmazonの登録IDを用いて購入していく仕組みを作り上げたことにより、同社は各IDでユーザーのオフラインの行動までもデータとして蓄積していけることになりました。つまりはOnline Merges with Offline、オンラインだけでなくオフラインも掌握しながら、境目なくUX(顧客体験)を構築していける環境を作り上げた、というのが正解というわけです。

 OMOというものの大まかな概念が分かってきたかと思います。では、このアプローチが最も進んでいるのはどこなのかというと中国です。ビービットは上海および台北にも拠点を持ち、現地企業/日系現地法人のお客さまと多くのプロジェクトを行っていますが、当地でのOMOを基盤として構築されたサービスには目を見張るものがあります。いくつかの事例をご紹介しましょう。

中国の驚くべきデジタル先進事情

 中国のデジタル化が圧倒的スピードで進行していることは皆さんもご承知かもしれませんが、例えば都市部のスマートフォン所有率は97〜99%、モバイル決済プラットフォームの利用率は98%を超えます。日本の店舗におけるモバイル決済プラットフォーム利用率6%とは桁違いな状況です。中国で圧倒的シェアを持つAlipayやWeChat Payのメニューを開いてみると、そこにはありとあらゆるサービスが並び、このアプリさえあれば衣食住に困らないとさえ言える程なのです。

 一例として日本でなかなかうまくいかないレンタルサイクル、シェアサイクル(シェアリング自転車)を挙げましょう。北京に本社を持つモバイクはシェアサイクルの大手なのですが、とにかく市街の各所にモバイクの自転車が設置されており、アプリでQRコードを読み込み解錠することで、どこでも乗れますし、好きな所で下車することができます。この利便性の高さは日本の水準を大きく超えており、ユーザーにとって快適なエクスペリエンスとなっているため普及しているのです。

 しかし、よくよく考えれば「ここまで便利にしようと思ったらコストがかさんで赤字になるはずなのに、なぜ事業として成立しているのだろう」ということになりますよね? タネを明かせばテンセント(WeChat Payの運営企業)がモバイクに出資しているからなのです。個人IDに紐づく、自転車を利用した移動データを獲得できれば、それを活用することでいかようにでもマネタイズできるからこそ、テンセントは出資を惜しんでいないし、結果として中国の人々が良質なUXを獲得できているということになります。

 実はこの変化が孕んでいる意味はとても重いのです。シェアサイクルが浸透すればどうなるかといえば、従来の個人用自転車は売れなくなります。買わなくても、好きな時に好きな場所で乗れて、30分で1元程度と格安なのですから。そうなれば自転車メーカーは困りますが、例えばモバイクのようなシェアサイクル事業者がレンタル用の自転車を大量発注してくれたなら、メーカーは経営を維持することが可能になる。そうして業界内でパワーバランスの大変革が起きるわけです。

 このビジネスにおいて最も強い支配力を得るのはAlipayやWeChat Payといった決済事業者。次がモバイクのようなサービサー。そしてその下にメーカーが甘んじる他ない構造が生まれるのです。さあ、これが自転車ではなく自動車の世界で起きたなら、日本が誇る自動車メーカーはどうなるでしょう? もうお分かりですよね。だからこそ、各自動車メーカーはMaaS(Mobility as a Service)に代表されるサービス事業に注力をしているのです。もちろん自動運転の進化など他のさまざまな要因もあってのことですが、メーカーとしての立場だけに固執してはいられない事情があるからこそ、重大な危機感をもってDX に取り組んでいる。OMOの普及と浸透は以上のように、あらゆる産業界に大きな影響力を持つのです。

 

 もう1つの事例は保険です。中国平安保険は今や世界最大級の保険会社なのですが、この平安保険が提供している「好医生(グッドドクター)」は、今やダウンロード数2億を超えるモンスターアプリです。この驚異的な伸びの背景にあるのは中国の医療事情。以前の中国では、市民が信用できると思う町医者が少なく、大病院へ人々が集中し、「風邪をひいただけなのに、医師に診察してもらうまでに3日もかかる」といった状況が発生していました。

 平安保険は、この状況をペインポイント(顧客の痛点・悩みの種)と捉えたのです。「好医生(グッドドクター)」があれば、チャットベースで平安保険がピックアップした信頼できる医師に無料で相談できる上、必要となればその流れのまま病院を予約することも出来るのです。しかも、こんなに便利でありがたいサービスが無料で提供されているのです。なぜ無料でいいのかという理由は、先ほどの事例と同様、「相談者が風邪で病院にいくことになった」等、状況を捉えたデータに価値があるからです。これらのデータを活用することで保険のセールスというビジネスにつなげていけるのです。

最も大事なのはデータではなくエクスペリエンス

 さて、いよいよ日本の話をしましょう。OMOを基盤としたサービスが中国で劇的に進歩しているのは中国ならではの社会事情も絡んでのことですが、それでも先ほどの2つの事例だけでも学び取れることがたくさんあったかと思います。OMO先進事例のお話をすると、かなり多くの方が「やっぱりデータは大事ですね」とおっしゃいます。

 私自身の体験ですが、以前、同じく中国のOMO先進事例「ビットオート」のデータ部門の責任者に、「あなたたちのビジネスで最も重要なのはデータですよね」と質問をした際、彼は毅然とこう答えたのです。「いいえ、本当に大事なのはデータではなくエクスペリエンスです」と。まさにアフターデジタルの本質を突く一言だといえるでしょう。

 ともすればわれわれは、売りたいものや提供したいサービスありきで、例えば、その一部をデジタルに置き替えることで、人員を削減できるといった、サービス起点でのDXを進めがちです。しかし、例えば、中国平安保険の場合はまず中国人民のペインポイントに着目し、「顧客が置かれている状況に寄り添う体験」とは何なのか、という視点から入り、自社のサービスがそこにどのように関連付けられるのかと、体験起点でサービスを設計したのです。そしてそれを形にしたのが「好医生(グッドドクター)」であり、顧客の状況に寄り添うことで、コモディティ化した保険商材の中から選ばれる存在となったのです。

 つまりビフォアデジタル時代とは逆の順番、エクスペリエンス発の発想で組み立てたことによる勝利だったのです。データはもちろん重要ですが、その価値を発揮できる仕組みを作ることが第一というわけです。

 現在の日本で行われているデジタルマーケティングを見てみると、レポーティングされた集計データの可視化は進んでいるものの、肝心のUX/コンテンツ企画力がボトルネックになって改善が回っていません。重要なのは、今申し上げた通りユーザーが置かれている状況や、その行動に着目してエクスペリエンスを模索すること、すなわちUX企画力です。

 そこでビービットは「UX企画力向上の鍵はユーザーの『状況』を捉える分析手法にあり」と考え、シーケンス分析クラウド「USERGRAM(ユーザグラム)」を開発し、このプラットフォームとコンサルティングの組み合わせによって、アフターデジタルにアジャストしたDX実現のサポートを開始しました。今後、日本でも間違いなくOMOというアプローチが注目されていくはずですが、そこでユーザーに真に価値あるエクスペリエンスを提供できなければ、どんな企業でも淘汰(とうた)されていくでしょう。中国や米国と異なる状況を持つ日本で、このアフターデジタルDXを成功させていくため、私たちもぜひ貢献していきたいと考えています。

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