神宮内でもっとも強力なパワースポット

 正門の鳥居をくぐると、左右は大都会の真ん中とは思えぬ深い森。参道はまっすぐ伸びている。両脇には由緒深い摂社が数々あるが、そちらへのお参りはのちほどとして、まずは本宮に向かって歩こう。

大楠 写真=PIXTA

 二つ目の鳥居をくぐると手水舎があり、その先にご神木の大楠がある。この神社には大きなクスノキが七本あり、「七本楠」と呼ばれている。しかし一般参拝客が立ち入れる場所にあるのはそのうち三本で、手水舎そばのこの大楠がもっとも見つけやすい。複雑に絡み合う幹のどこかに、神様の使いとされる白蛇が棲んでいると言われる。

信長塀 写真=アフロ

 さらに進むと、本殿など重要な建物を取り囲むような形の土塀がある。これは「信長塀」と呼ばれ、織田信長が桶狭間の戦いで勝利したお礼として奉納したものだ。右側の塀の内側に二番目の大楠もあるのでお見逃しなく。

拝殿 写真=PIXTA

 三番目の鳥居をくぐると、真正面に堂々たる本宮が姿を現わす。明治26年までは尾張造だったが、草薙神剣をご神体として天照大神を祀る神社にふさわしい格式をということで、伊勢神宮と同じ神明造に改められた。その宮は名古屋大空襲で焼け落ちたが、昭和30年に再建された。尾張造とは、本殿、祭文殿、拝殿の三つの建物を回廊で繋いだ左右対称の建築様式で、愛知県内の神社で今もよく見られる。神明造は切妻屋根、平入、屋根の上に並ぶ鰹木、天高く伸びる千木などを特徴とする。

 お参りを終えたら、本宮の裏側をぐるりと一周する「こころの小径」に行ってみよう。本殿左側の祈祷殿の脇からも入れるが、今回は、右側の神楽殿の脇から入る。このエリアは神域で、2012年まで一般の立ち入りが禁じられていた。今も写真撮影や飲食は禁止。大声も出さぬよう、心を静めて歩こう。

 まずは左手に土用殿。明治26年の本殿改造まではこちらに草薙神剣が奉安されていた。続いて罔象女神という水の女神が祀られている清水社。三番目の大楠もこの近くにある。この社の奥には湧き水があり、その中に三角の石がある。柄杓を使ってこの石に3回水をかけると願い事が叶うと言われ、参拝者が絶えない。

清水社 写真=PIXTA

 実はこの石は、楊貴妃の墓と言われている。いつのころからか、熱田神宮には「蓬莱伝説」というものが伝わってきた。蓬莱とは中国の仙人たちが棲む楽園のことで、ここ熱田の地がその蓬莱と信じられたのだ。そして楊貴妃は熱田大神の化身なのだという。

 さらに進むと、右手奥に驚愕のスポットが出現する。第二次世界大戦の際の防空壕だ。名古屋は何度も激しい空襲に見舞われ、ご神体の草薙神剣も、一時この防空壕に避難していたのだ。本当にご無事でよかった。引き続き本宮の裏側にさしかかる。ここがご神体に一番近い場所なので、再度お参りしておこう。

一之御前神社 写真=PIXTA

 次は熱田神宮の中でももっとも強力なパワースポットと言われる一之御前神社。熱田大神、すなわち天照大神の荒魂を祀る社だ。荒魂とは神の荒ぶる側面を表す魂のことなので、失礼のないようにきっちりお参りしよう。

 こころの小径散歩を終えたら、くさなぎ広場で一休みはいかがだろうか。こちらは2021年にオープンしたくつろぎスペースで、名古屋飯の代表である宮きしめんも食べられるし、売店では名古屋一の和菓子「きよめ餅」も買える。数々の武将たちが奉納した名刀を鑑賞できる「剣の宝庫 草薙館」というミュージアムもおすすめだ。くさなぎ広場の向かい側には文化殿(宝物館)もあり、こちらでも刀剣をはじめとする宝物を見ることができる。

 正門への帰り道沿いにもお参りしたい摂社が点在しているが、ここでは代表的な三社を紹介しておこう。まずは徹社。こちらは先ほどの一之御前神社に対して天照大神の優しく穏やかな一面である和魂を祀る社なので、併せてお参りしておきたい。

別宮八剣宮 写真=アフロ

 正門手前には本宮に準じる格式の別宮八剣宮がある。祭神も本宮と同じ熱田大神と五柱の相殿神で、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康など尾張にゆかりの深い武将たちの厚い崇敬を受けた。その隣には上知我麻神社。日本武尊の妃、宮簀媛命の父親である乎止與命を祀っている。両脇に大国主社と事代主社(恵比寿さん)を併祀するため、初えびすが盛大に行われ、商売繁盛の神として人気だ。また「知恵の文殊さま」とも呼ばれ、赤ちゃんの命名や学業成就のご利益もある。

 最後のおすすめはあつた蓬莱軒である。正門を出てすぐのところにあるひつまぶし発祥の店で、先に書いた蓬莱伝説が店名の由来である。確実にひつまぶしを食べたい人は、お参りより前に店に並んで整理券をもらい、待ち時間にお参りに行く。それが正しい熱田さん詣での手順である。