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事件を「解決」に導くDNA型鑑定とその進歩

新技術で外見的特徴まで明らかに? 科学捜査の最前線を追う

個人識別の手だての一つ「DNA型鑑定」。刑事事件の被疑者特定、冤罪の救済、身元不明者の特定など、社会の重要な場面で役立てられており、その技術は日々進歩している。DNA型鑑定について、事件解決の事例、新技術の現状、活用をめぐる取り組みを追った。

未解決事件を解決に向かわせる

「5年以上前の事件が大きく動きました。DNA型鑑定によって」

元警視庁警部補の稲村 悠氏は、自身が解決に携わった事件のことを振り返る。マンション内で女性が傷を負った凶悪事件で、防犯カメラなどから被疑者の男性Aを逮捕した。この被疑者の口腔内から採取した細胞のDNA型と、未解決だった5年以上前の同様の凶悪事件で資料※として採取されていた体液のDNA型が一致したのだ。これを受け、稲村氏らは、この5年以上前の事件の女性被害者にも協力を得ながら慎重に捜査を進め、男性Aをこの事件の容疑でも再逮捕することができた。

「被疑者を検挙できたことを伝えられるだけで、被害者にとっては安心につながると思います。自分としては、未解決事件を解決できて純粋によかった」(稲村氏)

一般社団法人 日本刑事技術協会 稲村 悠 氏
元警視庁警部補。2013年より約7年間、警視庁の刑事課や公安部などで勤務。多数の強行犯捜査などに従事してきた。

事件現場の資料や被疑者から得られたDNA型が、警察が保管している過去の事件に関するDNA型データベースと照合され、一致したことで事件解決につながる例はあとを絶たない。警察庁は2010年頃より、DNA型鑑定やDNA型データベースの効果的活用を方針として打ち出し、捜査力の強化を図ってきた。「捜査では防犯カメラ映像など多くの情報を用いますが、DNA型はそのDNAの持ち主が間違いなくそこにいた、あるいはそこでの行為に関与したという決定的な裏付になりうるとされている点で、証拠として最優先されます」(稲村氏)

※資料:血液や唾液など、鑑定の対象となるもの。

冤罪救済や身元不明者の特定などにも貢献

DNA型鑑定の用途は被疑者特定だけにとどまらない。犯行現場資料と被告のDNA型が“不一致“となれば冤罪救済にもつながる。米国などでは、DNA型鑑定で冤罪証明を行う「イノセンス・プロジェクト」が同名の非営利組織により実施されており、これまで米国の受刑者約300人の潔白が証明されるなどしている。

ほかにも、死亡から時間の経った身元不明者の身元を特定して遺族に返すことや、送り付けられた匿名脅迫文に付着した皮脂から筆者を特定して事件解決につなげることにもDNA型鑑定が実用されている。様々な場面にDNA型鑑定の出番がある。

識別能力は「565京人に1人」に。処理量の性能向上も

刑事事件で資料からDNA型を鑑定するのは、主に科学捜査研究所(科捜研)の仕事だ。作業では、DNAの「抽出」、抽出DNAの「定量」、DNAの「増幅」、そして増幅されたDNAからのDNA型の「検出・解析」といった手順を踏む。

基本的な手順は導入当初から変わらない一方、性能は向上しつづけている。「565京人に1人」。これは、日本の警察で用いられているDNA型鑑定における同じDNA型の出現頻度だ(2022年1月現在)。自分とは全く血縁関係のない赤の他人が偶然同じDNA型となる確率が565京分の1という識別能力の高さを意味する。20年前は「1100万人に1人」だった。

関心は識別能力に集まりがちだが、ほかの点でもDNA型鑑定技術の性能向上が見られる。スループットと呼ばれる一定時間あたりの処理量の増加はその一つだ。当初はDNA型の検出をキャピラリーという毛細管1本でおこなっていたが、最新装置では24本となった。一度に数多くの資料を鑑定できるようになり、警察のDNA型鑑定活用の需要増に対応することができている。

また、感度向上に寄与する蛍光検出の分解能は、1世代前の装置の3.75倍となった。装置と試薬の性能の向上により、接触痕のような微量な資料、複数人物のDNAが混合している資料、腐敗などによる劣化資料など、従来は鑑定が困難だったものが扱えるようになっている。

外見的特徴や人種を特定するMPSの時代へ

「次世代の手法も確立されています。われわれ研究者がその有効性を実証していけば、実用化は進むことでしょう。世界では、DNA資料から、そのDNAの持ち主がどんな髪・瞳・皮膚の色なのか、どんな顔貌なのかなどを明らかにしようとする取り組みもあります」

こう話すのは、関西医科大学で法遺伝学を研究する橋谷田 真樹准教授だ。DNA型を用いた次世代技術の国内導入を視野に研究をしている。

橋谷田准教授の話から、技術は確実に次のステップへ向かっていることがうかがえる。今、研究者らDNA型鑑定に携わる人たちのホットトピックとなっているのが、「超並列シーケンシング」(MPS:Massively Parallel Sequencing)の警察捜査への応用だ。従来の検出部位とは異なる一塩基多型(SNPs:Single Nucleotide Polymorphism)と呼ばれる部位を数百カ所にわたり解析することなどで、橋谷田准教授の言うような外見的特徴のほか、そのDNAの持ち主の人種・祖先までも見当をつけることができる。警察が適切な捜査方針を立てるための支援となるのだ。

橋谷田 真樹

橋谷田 真樹氏

法医学者、博士(医学)。関西医科大学医学部法医学講座准教授。専門は法遺伝学。山形大学工学部高分子化学科卒、東北大学大学院医学系研究科助教などを経て、関西医科大学法医学講座講師。2015年より現職。次世代のDNA型鑑定技術の利用に向けた研究のほか、鑑定人としてDNA型鑑定を引き受けるなど実務でも貢献する。

科学的根拠をもって鑑定結果の信頼性を保証する

サーモフィッシャーサイエンティフィック
ヒト個人識別ビジネス開発マネージャー
本間 武聖 氏

先端技術を使う際は、社会で受容されるよう「使い方」も考え、定めていく必要がある。有罪・無罪に直結し、人生に重大な影響を与えうるDNA型鑑定のような技術であればなおさらだ。

DNA型鑑定装置などの科学ソリューションを提供する、サーモフィッシャーサイエンティフィックの本間 武聖氏は、国際的な科捜研の取り組み事例として、「バリデーション(検証)」を挙げる。

「これは各機関が行う鑑定結果の信頼性を保証するためのものです。科学的根拠に基づいて、確信をもって鑑定結果を報告することが可能となるわけです」(本間氏)

ごく微量な資料からDNA型鑑定の結果を出せたとしても、それが根拠ある正しいものであると言えないかぎり、その鑑定の質は保証されない。「法科学者としてDNA証拠から得られる情報を最大限に高めるために最善を尽くす、という科捜研の担当者たちの信念が、バリデーションの根底にはあります」(本間氏)

技術への関心が安全・安心な社会の実現につながる

刑事事件解決などの無数の事例が、DNA型鑑定の存在の大きさを語る。「それが誰であるか」を見分けるための非常に強力な手段を私たちは持っている。有用であればこそ社会ニーズは高まり、それに呼応する技術も高まっていく。

進歩する技術に人々が関心を持ち続けることも、より安心・安全な社会の実現を担う一端につながるのではないだろうか。

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