Healthcare&Medical

ワクチン接種が進んでもPCR検査が必要な理由

検査体制の拡充は不可欠、検査をしなければ実態がつかめない

JBpress|2021.11.22

写真:上 昌広

上 昌広(かみ まさひろ)

内科医、医学博士。専門は医療ガバナンス論、血液内科、
真菌感染症学。1993年:東京大学医学部医学科卒、
1993–95年:東京大学医学部附属病院 内科研修医、
2010年7月~2016年3月:東京大学医科学研究所 特任教授、2015年12月~現在:星槎大学、
帝京大学客員教授、2016年4月:現職

日本国内での新型コロナウイルスの感染拡大から時間がたち、感染症に対するさまざまな課題が浮き彫りになった。ワクチン開発の先進国だった日本が今では世界の中で開発競争に出遅れていること、ベッド数は多いが感染症が広まると一気に医療体制がひっ迫するなどだ。PCR検査の拡充もずっと叫ばれてきた一方で、ワクチン接種も進み、2回の接種を終えた人は6割超、これはアメリカの接種完了率より高い数字だ。だが、接種率が上がってもPCR検査は必要になる。それはなぜか、医療ガバナンス研究所の上昌広理事長に話を聞いた。

PCR検査は飲み薬のためにも必要

長い間、PCR検査の拡充が求められているにもかかわらず、依然として十分とは言い切れない状況だ。この点に関して、医療ガバナンス研究所の上昌広理事長は「社会活動を再開すれば感染者の増加は必至なので、その中心となる検査体制を拡充させないといけないからです。感染症対策の基本は、早期診断、早期治療と隔離です。検査をしなければ、実態がつかめないのです」と説明する。

「PCR検査の1000人当たりの数ですが、日本はイギリスの25分の1、インドの約半分です。台湾は水際対策に成功し感染者が少なかったので日本より検査数が少なかったのですが、2021年5月にアルファ株が入ってきてPCR検査能力を一気に引き上げ2週間かからずに日本を抜きました」と上氏。もし民間にも多く検査を委託し、検査機器をさらに導入すれば、物理的に検査数が増えるわけであり、迅速に対応できるようになるというわけだ。

1000人当たりのPCR検査能力。イギリスの12.43人に対して日本はわずか0.47人。
出典:Our World in Data

拡充のための課題を聞くと、「2000年代に検査は、保健所と国立感染症研究所(感染研)でやることが感染症法で決まりましたが、無症状感染を想定しておらず、今回の感染拡大は保健所の処理能力を大幅に超えてしまいました」と上氏。

PCR検査能力の伸び。イギリス、香港、シンガポールは伸び続けているが、日本の伸びは横ばいに近いことが分かる。
出典:Our World in Data

上氏はPCR検査の拡充は開発中の飲み薬にも関係すると言う。「アメリカの製薬会社メルクが年内に『モルヌピラビル』という飲み薬を年末までに1000万回分、製造する予定です。経口薬を処方するには、普通の感染症の診断に準じ、早期診断、早期治療が必要です。検査体制の充実は欠かせません」と今後、経口薬ができてくるからこそ、診断・治療するためのPCR検査が重要であると上氏は語る。

一方、コストが安く、短時間で感染しているかが分かる抗原検査については「現場で検査ができるメリットはありますが、特に無症状感染者への抗原検査はPCR検査の約半分しか検出しないので精度が劣ります」と上氏。「ただし、学校で毎日、抗原検査をするならば、隔離はする必要はありません」と抗原検査の意義を強調する。オックスフォード大学がイングランドの201校を対象にクラスター無作為化試験を行ったところ、生徒や先生を毎日抗原検査することは隔離に替わる方法として通用することが示されたと、医学雑誌『ランセット』のオンライン版に掲載されている(9月14日付け)。これをうまく使えば、学校のみならず、ほかの業界でも応用ができるかもしれない。

また、ラムダ株、ミュー株については「怖いですよ。昨年イギリスで流行したアルファ株が2021年春に日本で広がりました。デルタ株もインドで広がった後、時間をおいて夏に世界で広がりましたから、この2つの株がこの冬に感染拡大する可能性は十分にあります」と上氏は言う。

早く取り組むべき3回目の
ワクチン接種

というのは、「ワクチンを打ったから、もう安心だ。普通の生活に戻れる」と勘違いをしている日本人が少なくないからだ。実際、2回目の接種を終えた後に感染するブレークスルー感染が少なくない。「ワクチンは完全ではありません。しかし、打てば重症化は防げるのです」と接種の効果を説明する上氏。重症化しなければ緊急事態宣言発令の理由になった医療のひっ迫が防げる。

そうした中、3回目の接種を行うブースターショットをイスラエルが8月から始めた。「イスラエルのワクチン接種完了率は6割ですが、この夏の100万人当たりで計算した新規感染者のピークは日本の6倍となるなど大流行しました。致死率も約1割に達したので、急いで3回目のワクチン接種を始めたのです。その結果、接種後12日以上経過した人を見ると感染リスクを10分の1に、重症化リスクを20分の1、致死率を約0.5%にまで下げました」と大きな効果があったことを上氏は説明する。

100万人当たりの新規感染者数。ワクチン接種の進んでいたイスラエルが日本と比べても大流行したことが分かる。
出典:Our World in Data

日本における追加接種だが、堀内詔子ワクチン接種推進担当大臣が「12月の開始を想定している」と語っている。

こうした状況について、上氏は「冬場の流行は10月末ぐらいから始まりますが、イスラエルのケースを見ると今年の冬の感染は大きなものになるかもしれません」と警鐘を鳴らす。

命か、経済活動か。
今こそ議論が必要

今後はPCR検査をどう活用して、経済活動を取り戻していけばいいのだろうか?
「やはり規制緩和ですね。たくさんPCR検査をして、陽性者は隔離をする。陰性の人は経済活動をする。ワクチンについても、接種または追加接種を行っていくということに尽きます」と上氏は言う。

空気感染の話も出ているが、経営者にとってはどういった対策をするべきなのか、悩む人も多いことだろう。

これに対して、上氏は「CO2モニターが換気のバロメーターになります。換気の評価をするためにも導入することに尽きます」と言う。建築基準法で二酸化炭素濃度(CO2濃度)を1000ppm以下に抑えるよう定められているが、基準を守るための必要な換気量は部屋の大きさと人数によって変わるだけに、CO2モニターの設置が欠かせないというのだ。

ワクチンを接種するための休暇制度を設けることも「どんどんした方がいいと思います」と上氏。世界では接種を義務化する企業も出てきているが、「例えば、テーマパークなど接客を伴うような業種はするべきでしょう」と業種により変えるべきという見解だ。

ワクチンパスポートの導入に関しては、ワクチン接種をしている人、していない人による差別も気になるところだが、「イスラエルの追加接種では接種後12日以上経過した人に効果が出たということもあり、『世界ではワクチンを打つしかない』という方向になっていて、差別はあまり起こっていないはずです」と心配の必要を否定する。そして、「そうした議論が起こるのは、副反応を含めた正確な情報が国民にちゃんと伝えられていないという面があるので、(差別を防ぐためにも)、正しい情報を提供するというのは大事です」と上氏。

その上で上氏は「命かお金かと問われたら誰でも命が大事です。感染するかお金(=経済)かといわれると社会によって価値観が異なるので一律に議論できません」と語る。

つまり、日本としてどうするべきか、今、議論を深めるべきということなのだ。

「ワクチン接種とPCR検査」
拡充後の社会

日本ではPCR検査の拡充には課題が多いが、仮に進んだ場合、社会はどのようになるのだろうか?

「今のイギリスやアメリカのような普通の生活が待っている感じになっていくでしょう。日常を取り戻すためにイギリスはPCR検査の能力を引き上げて日本の25倍以上にし、追加接種も始めたわけですから」と上氏。

また、「モルヌピラビルの有効性が最近、メルク社から報告されましたが、量産化されれば、家族内での予防投与も検証されるでしょう。これができれば『ワクチンを打って、経口薬を飲む』という形になるので、新型コロナウイルスは感覚的にはインフルエンザに近いものになっていくでしょう。うまくいけば、この冬で新型コロナがほぼ終わるかもしれません」と上氏は語る。

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