Environment

海に大気に!知っていますか?「マイクロプラスチック問題」

顕微鏡と分析技術が、深刻なマイクロプラスチック問題の解決を加速する

JBpress|2021.12.3

マイクロプラスチックは「なんとなく知っているけど、解決に向かっているのでは」と思いがちな問題のひとつではないだろうか。千葉工業大学 亀田 豊准教授は「問題が明らかになるのはこれからです」と警鐘を鳴らす。亀田准教授は、水環境中の微量汚染物質(農薬、ウィルス、マイクロプラスチック等)の調査分析方法の開発及びその結果を用いた生態リスク評価をテーマに研究を行っている。亀田准教授にマイクロプラスチック問題について詳しく聞いてみた。

マイクロプラスチック問題とは

マイクロプラスチックとは、一般的には5ミリ(ミリメートル)以下のプラスチックのカケラのこと。プラスチックはポリマーを必須構成成分とするもので、ポリエチレンやポリスチレンなど様々な種類があるが、プラスチックが壊れて細かくなったものがマイクロプラスチックと言われている。

現在、マスコミでしばしば取り上げられているマイクロプラスチックはミリ単位のプラスチックで、魚や鳥が摂取してしまうと、器官が詰まって死んでしまうというものである。「しかし、実はこうした事故は非常にまれで、人間が交通事故に遭う確率より低いという研究結果が出ています」と亀田准教授は話す。

それよりも危惧されているのが、1ミリ以下のマイクロプラスチックだ。このまま増え続けると海中のマイクロプラスチックの濃度が上がり、2060年頃には何かしら大きな生物影響が出ると報告されている。ただし、どのような生物にどのような影響を与えるかは、未知の状態だという。

それでも危険な濃度には近づきつつあるため懸念は大きく、ヨーロッパを中心に議論されている。動物実験でも、マイクロプラスチックを混ぜた食べ物を与えると、大きなものはそのまま排泄されるが、20ミクロン以下の小さいものはそのまま吸収されて心臓や脳に達することが解っている。

人間においても、マイクロプラスチックを摂取した魚を食べる可能性がある。また、マイクロプラスチックは水中だけにあるとは限らない。空気中に浮遊しているマイクロプラスチックを吸いこみ、肺から吸収する可能性もある。

このように、マイクロプラスチックは海中、大気中など様々な場所にあり、地球規模の問題といえる。回収することも難しいため、これ以上増やさないことが現状での最善策となっている。

マイクロプラスチックに対する規制

マイクロプラスチックに対する規制は、2015年にアメリカのオバマ大統領(当時)が成立させたマイクロビーズ除去海域法が最初となる。マイクロビーズは、直径数ミクロンから数百ミクロンの真球状のプラスチックで、化粧品や洗剤の効果を上げるために意図的に作られたものだが、この法律によりアメリカでは2017年以降、マイクロビーズが配合された製品の製造や輸入が禁止された。

その後、いくつかの国でも法律はできたものの、規制というよりは自粛を呼びかけるレベルにとどまっていた。しかし、2022年3月に決定される予定のEUにおける化学品規則「化学物質の登録、評価、認可及び制限に関する規則(REACH)」の改正では、マイクロプラスチックの使用禁止が盛り込まれ、罰則も規定される運びとなっている。これが世界初の本格的なマイクロプラスチック規制法となる。

写真:上 昌広

亀田 豊(かめだ ゆたか)

北海道大学大学院博士後期課程修了。工学博士。自然環境中の微量汚染物質について、その分析方法および評価ソフトの開発、それらを用いた環境中挙動や生態影響評価を研究している。

「こうした対応は、ヨーロッパが最も進んでおり、しっかりと検討を重ねた上で規制を行おうとしています。これに日本も追従することになります」(亀田准教授)

以前に比べれば罰則もあり厳しくなっているが、規制としてはまだまだゆるいと亀田准教授は指摘する。「それでも、これまで同じような規制でダイオキシンなどの有害物質の濃度は確実に下がってきました。マイクロプラスチックも同様に減少していくでしょう」

「ただ、その予測もこれからなので。行政側の入口規制に加え、民間の協力も必須になる」と亀田准教授は言う。「例えば、民間企業が代替物質を開発して、利用を促進していくような取り組みが必要になるでしょう。マイクロプラスチックの現状が明らかになれば、そこから新しい技術や産業も生まれてきて、方向性も変わっていくと思います」

マイクロプラスチック問題における顕微鏡の活躍

マイクロプラスチックの測定は、1970年代から行われている。10年ほど前までは、海水をプランクトンネットで集め、その中にあるプラスチックをピンセットなどでつまんで、その材質がプラスチックかどうかをFTIR(赤外分光光度計)で判断して測定していた。FTIRとは、対象に赤外線を照射し、そのスペクトルによって材質を判断する機器だ。

「人の手でつまむには限界があって、0.3ミリ以下だと見えにくいし、つまめないんですね。そこで、つままずに小さい粒が見えて、かつプラスチックのみを数えられる顕微鏡が必要ということで、サーモフィッシャーサイエンティフィック(以下、サーモフィッシャー)さんと一緒に開発したのが、顕微FTIRを活用した当研究室独自の分析法です」(亀田准教授)

10ミクロンのマイクロプラスチックを測定できる顕微鏡は、世界に2つの機種しかないというが、サーモフィッシャーの顕微鏡は測定速度が非常に速い。しかも測定結果は電子データとしてパソコンに保存できることも大きなメリットであると亀田准教授は話す。

サーモフィッシャーでは、検出器をパワーアップさせて数ミクロンまで見ることができる顕微鏡「顕微ラマン」を開発している。「顕微ラマンを使えば、数ミクロンのマイクロプラスチックを測定できます。水中や地中だけでなく大気中も測定できるので、そもそもマイクロプラスチックがどのくらい存在しているのか、人の血液をはじめとする人体内にどのくらいあるのかが明らかになります」(亀田准教授)

今後数年で顕微ラマンによる調査が進み、マイクロプラスチックの本当の存在実態が明らかになる。また、亀田准教授の研究室では顕微ラマンによる新たな分析方法が完成し、世界的に論文を発表する予定であるという。これによりマイクロプラスチックの正確な測定が可能になり、現状を把握できる。「正確な情報を得ることで、対策も進みます。これでまずは一段落するでしょう」と亀田准教授は言う。

何も対策しないままでは2060年に顕著な生物影響が発生してしまう。政府などの規制が十分な効果を発揮するまでには10年はかかるという。すると、2050年には大々的なアクションが必要となる。やっと今、マイクロプラスチックの現状を正確に知ることができるようになったので、今後調査し提言できるまでに10年、そして規制が始まるまでに7~8年と考えると、ギリギリで間に合う計算となる。

2021、2022年は大きな変化の年に

これまで現状を把握できなかったことで有効な対策を打ち出すことができなかったマイクロプラスチック問題が、顕微ラマンの登場と亀田准教授の研究室による分析方法の確立により、やっと進展することになる。

「マイクロプラスチック問題は、一部の有識者が頑張って行政にプッシュしている最中です。その甲斐あって2021年、2022年が一つの区切りとなって、マイクロプラスチックの研究や規制が、大きく変わるターニングポイントになると感じています」(亀田准教授)

研究や分析技術の進展、そして行政の動きからも、これから一気に変わっていくことは事実と考えられる。世界全体の、人間を含むすべての生き物の未来のためにも、今後の展開に注目していきたい。

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