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大人になってからの食物アレルギーに迫る、魚介類を食べた後のアレルギーはあの寄生虫が原因?

JBpress|2023.10.4

たとえば、大好きだった食べ物なのに、ある日突然アレルギーになって食べられなくなってしまった……このように、大人になってからアレルギーを経験する人がいる。大人のアレルギーの中には、意外なものが原因になることがある。ある患者さんの体験談をもとに、大人のアレルギーの特徴や検査方法を紹介する。

寿司を食べてアレルギー反応…しかし魚介類のアレルギーではなかった

今から約10年前、佐々木さん(仮名)は寿司屋で夕食の時間を過ごし、帰宅してお風呂から出ると、腕から足まで全身真っ赤になっていることに気づいた。寿司と一緒にビールを1杯飲んだが、アルコールで体が赤くなるのとは明らかに違う。かゆみが強く、やがて息苦しさも感じるようになった。

ただごとではないと思った佐々木さんは救急相談センター(♯7119)に電話。「すぐに病院に行ったほうがいい」と言われ、家から近い病院にタクシーで向かった。そのまま緊急入院になったが、点滴治療を受けると症状が回復し、翌日の昼前には無事に退院できたという。

およそ2週間後、佐々木さんは改めて病院を訪れ、アレルギーの血液検査を受けた。その結果、佐々木さんは、寿司から想像される魚アレルギーや甲殻類アレルギーではなく、「アニサキスアレルギー」であることが判明した。

アニサキスとは、魚介類に生息する寄生虫。生きたアニサキスを食べてしまうとアニサキスが胃壁に侵入して、激しい痛みや吐き気をもたらす食中毒の原因生物として知られている。これは「胃アニサキス症」と呼ばれている。

一方、佐々木さんが診断された「アニサキスアレルギー」とは、小麦アレルギーや卵アレルギーのような食物アレルギーと間違われやすい、食物関連アレルギーの一つである。人体には、ウイルスや細菌、がん細胞などの異物を排除するための免疫機能が備わっている。ところが、花粉や食品に含まれる通常は無害な物質に対しても免疫系が過剰に反応してしまうことがある。これが花粉症や食物アレルギーだ。

アニサキスアレルギーはアニサキスそのもの、正確にはアニサキスに含まれるアレルギー原因物質「アレルゲン」に免疫系が過剰に反応する現象である。アニサキスアレルギーはアニサキスが生きているかどうかは関係なく、アレルゲンが含まれているかどうかが問題となる。食中毒の胃アニサキス症は、十分な加熱や冷凍などによってアニサキスを死滅させれば予防できるが、アニサキスアレルギーは加熱や冷凍では予防できない。胃アニサキス症は激痛や嘔吐が特徴であるのに対して、アニサキスアレルギーはほとんどの場合で発疹などの皮膚粘膜症状が生じ、唇や舌が腫れる、息切れや動悸を感じるという症状の違いもある。ただし、胃アニサキス症でみられる激しい腹痛のメカニズムとして、その潜在的なアニサキスアレルギーの存在が関与している可能性も指摘されている1)

アニサキス(正確にはアニサキス幼虫)は魚介類、特にサバやアジなどの青魚やイカに多く寄生している2)。そのため、佐々木さんはアニサキスアレルギーを発症して以来、青魚やイカを避けるようにしている。佐々木さんは、「もともと青魚が好きだったのですが、(牛肉や豚肉などの)肉中心の食事になってしまいました。どうしても魚が食べたいときには、アニサキスがあまりいないとされているマグロの赤身を食べるようにしています3) *」と、食事の内容が変わったことを話す。

*マグロでもアレルギーを起こす可能性はあります。

また、アニサキスアレルギーのことを周囲の人に説明するときにも一苦労するという。「アニサキスというと、どうしても胃アニサキス症のほうが有名で、『加熱や冷凍すれば大丈夫でしょ?』と言われることが多くあります。『食品としてのエビは生きていないけどエビアレルギーの人はチャーハンを食べるとアレルギー症状が出るよね』と話すと納得してくれます」(佐々木さん)

大人になってから発症するアレルギー

食物アレルギーというと子どもに多いという印象を持つかもしれない。しかし実際には、大人になってから初めて発症する、成人の食物アレルギーも決して少なくはない。佐々木さんを診察した、横浜市立みなと赤十字病院アレルギーセンターの中村陽一先生は、「花粉症のように、生まれたときにはアレルギーがなくても、毎年、ある季節に花粉への暴露が繰り返されることでその花粉に対するアレルギーの準備状態が完成します」と話す。また、花粉の吸いこみや特定の食物を繰り返して食べるだけではなく、慢性的な湿疹を持つ人が繰り返して食物に触れることにより、皮膚からアレルゲンが吸収されてその食物に対するアレルギーを発症することもある4)

消費者庁『令和3年度 食物アレルギーに関連する食品表示に関する調査研究事業報告書』より5)

思春期から成人で新規に発症するアレルギーの原因食物には、甲殻類や魚類が多い。しかし、日本アレルギー学会の『アナフィラキシーガイドライン2022』6)の中には、「特定された誘因としては海産食料品そのものによるアレルギーよりも、寄生虫Anisakis spp.によるアレルギー(アニサキスアレルギー)の方が多い」という記載があり、アニサキスアレルギーの人は報告されている数字以上に多いことが示されている。つまり、「魚アレルギー」と診断されている人の中には、実はアニサキスアレルギーの人も多く含まれているということである。このガイドラインによると、アレルギー反応の中でも重篤なアナフィラキシー症例のうち、約15%がアニサキスアレルギーによるものだったという。

また、魚を食べた後にアレルギー反応が出たからといって、必ずしも魚アレルギーやアニサキスアレルギーであるとは限らない。鮮度が低下した魚には「ヒスタミン」という物質が多く含まれている。ヒスタミンは、魚に含まれるヒスチジンというアミノ酸がヒスタミン産生菌によって産生されるものだ。実はヒスタミンは、人体の免疫細胞の一つである「マスト細胞(肥満細胞)」が放出するもので、発疹、目や唇の腫れ、息苦しさ、下痢、重症の場合はショックなどのアレルギー反応を引き起こす。つまり、鮮度が低下して、ヒスタミンを多く含む魚を食べるということは、アレルギーで見られるような症状を引き起こす有害物質を摂取するということだ。これは「ヒスタミン中毒」と呼ばれ、食中毒に分類される7)。ヒスタミン中毒は、食べた人がアレルギー体質かどうかに関係ないのも大きな特徴である。

アニサキスアレルギーの検査方法

アレルギー反応が出たときに原因アレルゲンは何なのか、もしくはそもそもアレルギーではなくヒスタミン中毒なのか、これを判断するのに参考となる検査がアレルギー検査である。一般的には、採血をして、その中に含まれている「特異的IgE抗体」の量を調べる。マスト細胞の表面で特異的IgE抗体と特異的なアレルゲンが結合するとマスト細胞がヒスタミンなどを放出し、アレルギー症状を引き起こす。卵白であれば卵白特異的IgE抗体、エビであればエビ特異的IgE抗体、そしてアニサキスに対するアニサキス特異的IgE抗体と、アレルゲンそれぞれに結合できる特異的IgE抗体がある。

血液検査では、複数の種類の特異的IgE抗体を同時に調べることで、どのアレルゲンに対するIgE抗体を持つかを一度に判定できる。結果はIgE抗体価と、IgE抗体価を0〜6の7段階に分類したクラスで示され、クラスの数字が大きいほどアレルギーの原因となっている確率が高い。ただし、数字が高いからといって必ずしも症状が出るとは限らない。佐々木さんの場合、アニサキスについてはクラス3と判定されたが、中村先生によると、たとえクラス4と判定されてもアニサキスアレルギーを発症していない人もいるという。「自分では気づいていなくても、検査をすればクラスが高いと判定される人がいます。そのため、アニサキスアレルギーも含めて何らかのアレルギー予備軍という人はかなり多いのではないでしょうか」(中村先生)

なお、血液検査のほかにも「プリックテスト」8)という検査方法がある。プリックテストでは、アレルゲンを含む溶液を皮膚に一滴落とした上から特殊な針を刺すことにより少量のアレルゲンを染み込ませて、皮膚の反応を診るというものだ。ただし、プリックテストは原因物質そのものを用意する必要があり、手軽に入手しにくいアニサキスについては通常プリックテストが行われていない。そのため、前述の特異的IgE抗体検査が有力な検査方法となる。しかし、中村先生は、「特異的IgE抗体検査では、複数のアレルゲンを同時に調べるスクリーニング的なセット検査が広く実施されていますが、その中にアニサキスは含まれておりません。魚介類の摂取によるアレルギー反応を疑う場合は、アニサキスに対する特異的IgE抗体の検査を追加する必要があります」と注意を促す。

アレルギーの人が日常生活で気をつけること

横浜市立みなと赤十字病院アレルギーセンター センター長 中村陽一先生

大人の食物アレルギーが自然に治ることはほとんどないというのが、中村先生の見解だ。また、一般に子どもよりも大人のほうが重症化する場合が多いため、より注意が必要だ。根本的な治療法は確立されておらず、その患者さんにとってのアレルゲンを含む食品を避けることが最大の自己防衛手段となる。

アニサキスアレルギーの人では、アニサキスが含まれる可能性のある青魚やイカなどを避ける必要がある。サバ缶などの加工品にもアニサキスアレルギーの原因となるアレルゲンが含まれており、食べるべきではない。中村先生は、「サバなどの青魚やイカを生で食べないようにするだけでアレルギー症状は出現しない人がいる一方で、いくら加熱調理しても症状が誘発され、わずかに含まれる出汁を味わっただけでもアレルギー症状が出現する人もいます。過敏性の程度にかなりの差があるのだと思います」と話す。中村先生は、アニサキスアレルギーと判明した患者さんには、アニサキスが多く含まれる食品や注意すべきことなどを独自にまとめたパンフレットを渡している。

注意をした上でもアレルギー症状が出てしまった場合、軽い症状であれば抗ヒスタミン薬を服用する。佐々木さんは、「アレルギーかどうかはっきり特定できなかったのですが、軽い息切れを感じたことが数回あり、そのときに抗ヒスタミン薬を服用しました」と振り返る。また、激しい症状が出たときには、それが致命的になることを防ぐために、アドレナリンの自己注射「エピペンⓇ」を使う。佐々木さんの場合、エピペンを使ったことは一度もないが、常に携帯している。エピペンの有効期限は1年のため、有効期限が切れるタイミングで医療機関を受診し、新しいエピペンを処方してもらっているとのこと。なお、エピペンは一時的に症状の進行を和らげるだけなので、注射後はすぐに救急車を呼ぶ必要がある9)

ところで、佐々木さんは定期的にアレルギー検査を受けていく中で、徐々にクラスが下がり、現在、特異的IgE検査結果はアニサキスアレルギークラス(0)と判定されている。発症から10年を経て、昨年から火を通したサバを体調に留意しながら少しずつ食べ始めているという。ただし、このように陰性になることはまれであり、「久しぶりに食べてみよう」という安易な自己判断は危険と、中村先生は考えている。

アニサキスアレルギーを含め、大人になってから急にアレルギーになることは珍しくない。心当たりがないのに発疹や息苦しさなどの症状が出たら、自己判断せずにアレルギーを専門とする医療機関を受診し、アレルギー検査を受けて医師の指示に従うことが大切だ。

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参考文献

  • 1)「日常診療に潜む臨床検査のピットフォールを回避せよ」画像検査 (Case 26.)生魚摂取後の心窩部痛,それって本当に胃アニサキス症?(解説)
    中島 浩一(安房地域医療センター), 常石 大輝
    Medicina(0025-7699)59巻8号 Page1324-1327(2022.07)
  • 2)厚生労働省HP「アニサキスによる食中毒(アニサキス症)について」
    https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000042953.html
  • 3)現代に蘇った寄生虫、その実態を探る マグロに寄生したアニサキスによる食中毒事例とマグロを中心とした魚類のアニサキスの寄生状況(原著論文)
    鈴木 淳(東京都健康安全研究センター 微生物部), 村田 理恵, 柳川 義勢
    Clinical Parasitology(1341-5190)18巻1号 Page18-20(2008.02)
  • 4)「外来で出会うアレルギー疾患-Total Allergist入門」アレルギー疾患診療において必要な知識 アレルギー疾患における経皮感作の重要性(解説)
    大矢 幸弘(国立成育医療研究センター アレルギーセンター)
    Medicina(0025-7699)58巻2号 Page258-261(2021.02)
    「小児のアレルギー性皮膚疾患 最近のトレンド」アトピー性皮膚炎と食物アレルギー 経皮感作とアレルギーマーチ(解説)
    梶田 直樹(東京都立小児総合医療センター アレルギー科), 成田 雅美
    皮膚病診療(0387-7531)42巻7号 Page554-559(2020.07)
  • 5)消費者庁『令和3年度 食物アレルギーに関連する食品表示に関する調査研究事業報告書』
    https://www.caa.go.jp/policies/policy/food_labeling/food_sanitation/allergy/#research
  • 6)日本アレルギー学会Anaphylaxis対策委員会「アナフィラキシーガイドライン 2022」
  • 7)消費者庁HP「ヒスタミン食中毒」
    https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_safety/food_safety/food_safety_portal/other/contents_001/
  • 8)一般社団法人 日本アレルギー学会HPより
    https://www.jsaweb.jp/modules/stwn/index.php?content_id=18
  • 9)Viatris Inc アナフィラキシー補助治療剤 - アドレナリン自己注射薬「エピペン」のサイトより
    https://www.epipen.jp/about-epipen/photo.html

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