文=酒井政人 

2024年5月3日、日本選手権、男子10000mで優勝した葛西潤 写真=アフロスポーツ

ダークホースが圧巻スパート

 今夏のパリ五輪代表選考会を兼ねた日本選手権10000m。静岡のナイター決戦は予想以上に熱かった。

 男子の主役になったのは、前日本記録保持者の相澤晃が「本当に強い。ヤバいですよ」と評価していた旭化成の後輩・葛西潤だった。

 葛西は軽快にレースを進めると、終盤は〝勝利〟を確信していた。

「優勝候補にまったく挙がっていなかったんですけど、狙えるかなと思っていたんです。残り1200mぐらいから、自分でリズムを作っていき、ラスト800mで仕掛ければ、逃げ切れるのかな、と。ラスト800~1000mぐらいで勝てる自信はありましたね。そこまで凄く楽につくことができましたから」

 レースはオープン参加の外国人選手を先頭に進み、5000mを13分42秒で通過。後半に入ると、有力選手が次々と脱落する。そのなかで葛西が残り3周からペースを上げていく。9000m付近でトップに立つと、残り2周で太田智樹(トヨタ自動車)を引き離し、ラスト1周で前田和摩(東農大)を突き放す。最後は後続に20mほどの差をつけて、日本歴代4位の27分17秒46で初優勝を飾った。

 葛西は創価大出身の社会人2年目。学生駅伝では度々、輝きを放ってきたが、故障で走れない日々が多かった選手だ。

「大学4年間はケガが多くて、半分ぐらいしか走ることができませんでした。その反省を生かして、社会人では練習量をかなり抑えてきたんです。1年目は秋まで5~6割くらい。そこから少しずつ上げてきました。正直、昨年はパリ五輪を見据えていなかったんですけど、自分でもびっくりするくらいの練習ができたので、上方修正しました」

 昨年11月の八王子ロングディスタンス10000mで27分36秒75をマーク。今年に入るとさらに調子を上げて、パリ五輪をターゲットに定めた。そして初出場した日本選手権で見事な快走を披露した。

 

前田がU20日本記録の27分21秒52

 葛西のラストスパートに対応できなかったが、前田和摩(東農大)の走りも素晴らしかった。

「タイムを気にすると自分は動きが固くなってしまうので、今日はひたすら先頭についていきました。粘って、粘って、最後まで押していくことができたかなと思います」

 前田は昨年11月に佐藤圭汰(駒大)が樹立したU20日本記録(27分28秒50)を塗り替える27分21秒52で3位に食い込んだ。このタイムは日本歴代でも5位にランクする。パリ五輪は現実的な目標ではないが、〝世界〟を目指せるレベルに到達したといえるだろう。

「最大限というか今日できるだけの走りができて、自分としては凄くうれしく思っています。正直、ゴールしてビックリした自分もいますね。周囲の視線も変わるかもしれませんが、これからもその時々で自分ができる限りのことをやっていこうと思っています。まずは10000mで、将来的にはマラソンでオリンピックなど世界大会を目指していきたい」

 

パリ五輪を目指すランナーたちの言葉

 19歳の前田を最後の直線でかわしたのが静岡出身の太田智樹(トヨタ自動車)だ。地元で意地を見せて、セカンドベストの27分20秒94をマーク。2年連続の2位を確保した。

「周囲から安定感があると評価していただきますが、勝負の世界なので優勝を目指さないといけない。チャンスがあったのに勝ちきれないのは自分の弱さ。でも多くの方が応援に来てくれて、凄く力になりました。パリ五輪に向けて、ポイントを稼ぐという点では3位以内に入れて、ひとつクリアできたのかなと思います」

 10000mの前日本記録保持者で前回3位の相澤晃(旭化成)は故障の影響で準備期間が少なかったという。8000m手前で先頭集団から引き離されたが、27分34秒53で5位に入った。

「序盤からきつかったんですけど、しっかり粘って、最後まであきらめずに走ろうと思っていました。想像以上に後半も粘ることができて、最後は篠原倖太朗君(駒大)に勝つことができたので、結果は悔しいですけど、自分の走りはできたかなと思います」

 連覇を目指した10000m日本記録保持者・塩尻和也(富士通)は6000m付近で先頭集団から脱落。27分54秒08の15位に終わった。

「凄く悔しいですし、申し訳ないです。金栗記念5000mでイメージ通りの走りができたんですけど、5000mから10000mに向けての調整のなかで、少し狂いがあったのかもしれません。スタートラインでは特に不安はなかったので、自分の気づかない部分で、うまくレースに合わせられなかったかなと思います」

 塩尻は6月末まで10000mの出走予定はなく、今後は5000mでパリ五輪のチャンスを探っていくことになるという。

 

パリ五輪代表の行方は!?

 パリ五輪10000mのターゲットナンバーは「27(枠)」。すでに男子は「24」が埋まっている。新たな参加標準記録(27分00秒00)の突破者が出なければ、残りはワールドランキング(Road to PARIS 24)での〝勝負〟となる。

 10000mのワールドランキングは期間内における2レースのパフォーマンススコア(記録と順位スコアの合計)の平均ポイントで順位がつく。日本選手権前のワールドランキング(Road to PARIS 24)は田澤廉(トヨタ自動車)が26番目、太田智樹(トヨタ自動車)が27番目。塩尻和也(富士通)が28番目の〝次点〟という状況だった。

 日本選手権の結果が加味された最新のワールドランキング(Road to PARIS 24)では、太田が日本人最上位の25番目(1249pt)、相澤も27番目(1228pt)に浮上。田澤は28番目(1221pt)となった。なお塩尻の平均ポイントは1216ptと変わらず、葛西は1213ptまで伸ばしている。

 旭化成コンビは5月18日に英国で開催されるNIGHT OF THE 10000M PB’Sにエントリーしており、葛西は「本当にイチかバチかですけど、せっかくなのでチャレンジしたい」と出場に意欲的だった。相澤も「体調不良がなければ出場したいなと思います」と話していたが、どんな結末が待っているのか。

 パリ五輪出場資格獲得の有効期限は6月30日まで。夢舞台をめぐる長距離ランナーたちの戦いはまだ終わらない。