文=松原孝臣 写真=積紫乃

小塚崇彦がスケート靴の「ブレード」を開発した理由(第1回)
スケートのブレードに革命を起こす山一ハガネの挑戦(第2回)

2020年12月26日、全日本フィギュアスケート選手権男子FS、「小塚ブレード」で滑る宇野昌磨。写真=西村尚己/アフロスポーツ

さまざまな選手が使い始めた「小塚ブレード」

 2018年4月24日、記者発表会を開き、「KOZUKA BLADES」(小塚ブレード)の発売を開始。あれから2年半余りが経った。

 発売されたあとの2018-2019シーズンから使用する選手が現れ、大会でその姿を見せてきた。

 今シーズンの大会でも、存在感を示す光景があった。2020年11月に全日本ジュニア選手権が行なわれた。男子は本田ルーカス剛史が優勝し、三浦佳生が2位、三宅星南が3位となったが、本田と三宅は、KOZUKA BLADESを使用していたのだ。

 本田は翌週のNHK杯にも出場し、シニアの選手もそろう中、3位と表彰台に上がった。

 シニアのスケーターの使用者としては、島田高志郎の名前も浮かぶ。島田は2018-2019シーズンから使用してきた。

 そして今シーズンから加わったのは、宇野昌磨だ。

 宇野は新型コロナウイルスの影響によりエントリーしていたフランス大会が中止になり、昨年12月の全日本選手権がシーズン初戦となった。この大会で宇野が靴につけていたのが、小塚ブレードであった。

 久々の実戦にもかかわらず、2位の成績をおさめるとともに、宇野は今年3月にスウェーデン・ストックホルムでの開催が予定されている世界選手権の日本代表のひとりに選出された。

「全日本選手権を観て、ほっとしました」

 さまざまな選手が使用するようになった小塚ブレード。石川は、選手からのフィードバックの特徴の1つとして、このように語る。

「皆さん、よく滑る、ひと蹴りでよく伸びると言っていますね」

 こうしてシーズンが全日本選手権まで終わった今、小塚は語る。

「全日本選手権を観て、ほっとしました。僕自身が試合で滑ってどうこうすることはできませんが、一緒に戦っている気持ちになりました。先生方と似たような気持ちなんだろうなと感じます。ジュニアの子たちもそうですが、ブレードを使ってくれて、成績も出して、それで喜んでいる姿を見るのがすごくうれしいですね」

 石川は、フィギュアスケートの見方に変化があったことを明かす。

「やっぱり変わりました。どうしてもブレードを見てしまいます。履いている選手には思い入れが生まれますし、それは社員もそうです」

 さらにこう続ける。

「はじめは小塚さんのために、というところから始まりました。今は、いいものを選手の皆さんに提供したいという思いでいますし、もっと広く、若い選手たち、ジュニアやジュニアの下の世代の子たちにも長く使っていただければという思いがあります。そのためにも、このブレードのよさをもっと発信していかなければいけないし、それが我々の使命です」

「小塚ブレード」は世界一

 以前、小塚は「このブレードは世界一だと思っています」と語っていた。今はどうか。

「変わることはありません。このブレードは、世界一です」

 だから、石川同様、より広く、国内に、世界に広がってほしいと考える。

「自分で声掛けしたりもしてきましたが、広がるのは、やっぱり使用した選手の感想であったり、言葉であったりするのだと思います。どちらかというと男子のスケーターで使う人が増えていって、女子はこれからというところですが、女子のスケーターにも、積極的に使っていただければ」

 選手のために、という思いから取り組んできた。思い入れがある。広がるためにも、使用する選手の活躍を祈る。

「毎回同じ品質の、精密なブレードを作り上げることができたと思っています。ゆがみに選手が合わせないといけないという問題は解消されました」

 だから、小塚の目は別の部分へと向かう。

「今まで、ブレードだけが問題だったわけではありません。ブレードが解決したからこそ、靴が問題になってきます」(続く)

小塚崇彦(こづか・たかひこ)現役時代は2010年のバンクーバーオリンピックに出場し8位入賞、2011年の世界選手権で銀メダル。2016年に引退。その後、多方面で活動。スケート教室を開催するなど普及にも力を入れている。